それはまるで、何かがあった後のような
ソフィアは椅子に座って、ボンヤリとしていた。
「ソフィ。どうかしたのか」
ジルヴェストの声を耳にして、彼女はパッとそちらを見る。
「……ジル。お仕事は、もういいの? やらなければならないことがあるのなら、私には構わないで」
少し元気がないように見えるが、それ以外はいつもと同じ。そんな彼女の姿を見て、ジルヴェストはようやく安堵する。
「……今回は、後宮で問題が起きたからな。俺自身がここに残って、対処しなければならない。他の仕事は後回しだ」
「そう。でもそれなら、余計に私に構っている暇はないんじゃない。誰かが殺されかけたんでしょう。……その人の側に、付いていてあげて」
その言葉に、ジルヴェストは不審そうな顔をした。
「何故、お前がそんなことを知っている」
「申し訳ありません、陛下。私が口を滑らせました」
返答は意外な所から聞こえた。ベラが彼に向かって頭を下げて、淡々と先程あったことを伝える。ソフィアに暗殺未遂事件のことを見抜かれたこと。誰が殺されかけたかは伝えていないこと。ジルを見送ったソフィアは、軽い湯浴みをしてから服を着替えて、ずっと物思いに耽っていたこと――
「……ベラ。お前の目から見て、ソフィアの様子はどうだ。いつもと違う所はあるか」
報告を聞き終えた皇帝は、騎士に向かってそんな問いを投げかけた。騎士は真顔で首を振る。
「いいえ。特に変わったところがあるようには見えませんでした。……その。ソフィア様が何も話さないのは、いつものことなのです。私も、自分から積極的に話しかけるようなことはしませんし……ソフィア様の故郷の話は、後宮にお越しになった時に、ほとんど聞いてしまいましたから」
ベラは主人に嘘をつかない。それが分かっていたから、ジルヴェストは内心の疑問を飲み込んで頷いた。
「……そうか。お前がそう言うのなら、何も問題はないのだろう」
彼はそんな言葉を溢して、再びソフィアに視線を向けた。そしてゆっくりと彼女に近づいて、その横に立つ。
「ソフィア。暗殺者は、訓練を受けているわけでもない孤児だ。傷も浅く、医師の見立てによれば明日には意識を取り戻すそうだから……俺の力は必要ない。彼女の看病は、召使いと医師に任せて……俺はここで、ユミルの報告を待つ。本格的に動くのはその後だ」
彼の言葉を、彼女は真剣な顔で聞いている。そして。話が終わった後で、少女は遠い目をして呟いた。
「……でも。アドレイド様や、シェリル様なら……それも受け入れてくださるのかもしれないけれど。……もし、殺されかけたのがカトカ様なら。きっととても不安で、寂しく思っているのではないかしら。ジルが側にいてあげたら、その気持ちも……」
「ソフィア。それ以上のことは、言うな」
ジルヴェストが低い声を出す。ソフィアは悲しそうな表情で、口を閉じた。そんな彼女に向かって、皇帝はハッキリと告げる。
「俺はお前以外の妃に、気を配るつもりはない。それがたとえ、正妃であっても」