暗殺未遂と、それに伴う策謀(後編)
「事情は分かった。お前をどうするかは、これから決める。ラルグとランドは、ここに残れ。この子供が逃げ出さないように見張っていろ。他の者は持ち場に戻れ」
皇帝が低い声で命令する。そして彼は踵を返して、部屋から出ていった。
(……さて。問題はこれからだ。カトカの命は助かっても、心は無事ではない可能性が高い。ソフィアには、何をどこまで話すべきか……)
思考しながら歩く彼は、眼前に注意を払っていなかった。そのせいで、前から来た人間とぶつかってしまう。
「……おっと。すまないな、注意が疎かになっていた」
反射的に謝ってから、彼は相手を確認する。その人間は、豪奢なドレスを着た女だった。
「……いいえ。私こそ、申し訳ありません。不注意で……」
柔らかく微笑んだ女の顔を、彼は知っている。彼女はレイラ・アドラム。大商人アドラムの娘だ。
「……いや。気にしなくていい。それよりお前は、こんな所で何をしている」
その姿を見た瞬間に、ジルヴェストは嫌な予感がした。レイラは艶やかな笑みを浮かべて告げる。
「……貴方は本当に、ソフィア様を大切になさっているのですね。彼女の負担になるようなことは耳に入れず、特別な護衛を置いて……。でも、知っていらっしゃいますか? ソフィア様は貴方の口から、真実を聞きたいと思っていらっしゃるのよ。それを分かっていらっしゃらないから、こうして私が動いてさしあげたのです。ソフィア様のために」
その言葉を聞いて、ジルヴェストが目を細める。彼は冷ややかな声で言葉を返した。
「お前たちが何を言おうと、ソフィアの耳には届かない。無論、俺の耳にもな」
レイラが意味深な笑みを浮かべる。彼女はスッとジルヴェストの横をすり抜けて、そのまま歩き去っていった。ジルヴェストは嫌な予感を抱えたまま、ソフィアの部屋を目指して歩く。部屋の扉の前に立っていたナディアが、ジルヴェストの姿を認めて横に避ける。彼はすぐに部屋に入らずに、彼女に向かって問いかけた。
「ここにレイラが来なかったか?」
「いらっしゃいました。ですが私がこの扉の前におりましたので、ソフィア様とは顔を合わせていないはずです。レイラ様が、何か……?」
ナディアが真剣な表情で答える。ジルヴェストはその答えを聞いて考え込んだ。
「……いや。お前がそう言うのなら、何もなかったということだろう」
そう口にしつつも、彼の心には疑念が広がる。レイラがソフィアに余計なことを吹き込んでいるのではないかという思いが。
(……これはもう、本人に聞くしかないか)
彼はそんな風に考えて、ソフィアの部屋の扉を開けた。