皇帝の地雷(後編)
「……どうして、怒ってるの?」
ソフィアは戸惑いを顔に浮かべて、ジルヴェストを見つめた。
「ジルは貴族社会の柵に疲れていたんでしょう? だから私に、興味を持ってくれたのよね。だったらカトカ様にだって、きっと……」
彼女は本気で、それだけの理由だと思っている。そのことを察して、ジルヴェストは怒りに震えた。
「……っ、お前は……! 本当に、何も分かっていなかったんだな。確かにきっかけは、貴族らしくないその態度だったが……俺の心を捕らえて離さなかったのは、お前の……ソフィアの言葉と行動だ。断言してもいい。お前のような女は他にいない。…………頼むから、自分の価値を理解してくれ。お前は俺にとって、替えの利かない宝なんだ」
息苦しいと感じるほどに、強く抱きしめられて。耳元で、怒りと悲しみの混ざった言葉を聞く。それはソフィアにとって初めての体験だった。力では決して敵わない人に、心の底から求められる。そんな――
(……とても怖い。怖いこと、なのに。……私、喜んでる……?)
ジルヴェストはソフィアを抱え込んで、逃がさないようにしている。その必死さが、彼の腕を通して伝わってきて。彼女は、思わずその背に腕を回した。ゆっくりと。
「……ソフィア……?」
ジルヴェストが目を見開く。少女は顔を真っ赤にして、その細腕に精一杯の力を込めた。
「……あ、あの、あのね。私も、好きよ。……ジルが好きでいてくれる理由は分からないけど、その。私も、あなたのことが好き……!」
その時。ソフィアは初めて、恋愛感情を自覚した。彼女はギュッと目を閉じて、彼の胸板に頭を預け、上擦った声で言い募る。
「あなたには、他にも沢山の奥さんがいて。その中には、シェリル様やアドレイド様のような頭のいい人もいる。ディアナ様やレイラ様は世界一の美しさを持っているし、カトカ様はとても無邪気で可愛らしい方だったわ。……私みたいな、何の取り柄のない女の子なんて、すぐに飽きられると思ったのに。ジルはいつも、私の所に来てくれた。………嬉しかったの、私。あなたに毎日、会えることが。だから、だからね、ジル。私はあなたに何も返せないけど、それでもいいなら……。これからも、一緒に……」
それは彼女が初めて口にした、心からの願いだった。ジルヴェストは胸を撃ち抜かれたような思いで、彼女の想いを受け止める。
「……ああ、当然だ。俺は生涯、お前と共に生きると誓おう」
柔らかな声で、彼はソフィアに言葉を返す。彼女は心の底から安心したような様子で力を抜いて、彼に自分の体を預けた。
「……良かった……。約束よ……?」
そう言って、幸せそうにすり寄ってくるソフィアを見て。ジルヴェストは温かな笑みを浮かべていた。