戦いの日(中編)
その均衡を破ったのは、ディアナと同じように、派手な格好をしている美女だった。
「初めまして、ソフィア様。私はレイラ。大商人アドラムの娘であり、この場で最も地位が低い女ですわ」
「……っ、は、はい! 初めまして……!」
ソフィアは慌てて、口の中に入れていた料理を飲み込んだ。そして気を引き締めて、彼女を見返す。自信満々のその顔を見なくとも、彼女の言葉を無条件に信じてはいけないことはソフィアにも分かっていた。
(アドラムさんは、オルグレンでも有名だったもの)
無論悪い意味ではない。王都の珍しい物をオルグレンに持ち込んで、オルグレンで品物を仕入れていく好々爺。彼を悪く言う者は、民の中には居なかった。彼の娘であるレイラも、ディアナのように悪意を顔に出すことはなく、華やかな笑みを浮かべて立っている。
「それにしても、まさか後宮でソフィア様とお会いできる日が来るなんて。私、夢にも思いませんでしたわ」
「……あら。私、レイラ様とお会いするのは初めてですわ。お父様から、日に焼けてはいけないからと気遣われていて……馬車の外にお出になったことなんて、無かったでしょう?」
「まあお恥ずかしい。お父様の過保護さを、ソフィア様に知られていたなんて。……ええ、そうなのです。確かに私はずっと、馬車に乗せられておりました。どんなに頼んでも、外には出してもらえなくて。私は本当は、ソフィア様のように外で遊び回りたかったのですが」
笑顔で話す言葉の中に、さり気なく混ぜられる嘘。ソフィアはそれを、聞き逃さなかった。彼女は外に興味はない。分厚い日除け布が掛けられた、その馬車の窓が開けられたことは。ソフィアが知る限り、ただの1度も無かったから。
「……そうでしたの。それはどうもありがとうございます。機会があれば、是非ご一緒に遊びましょうね」
嘘は指摘しなくていい。そう、アドレイドから教わった。
『その程度の嘘で騙せると思われているのなら、それは相手がソフィア様の実力を見誤っているということです。本当の実力に気付かれない内は、分かりやすい嘘で固めてくれるでしょうから……相手が気付くまで、放っておけばよろしいわ』
正妃の言葉は正しかった。レイラはソフィアと仲良くなれたと思いこんで、彼女に嘘をつき続けている。
「ええ、是非! そうだ、せっかくですから2人で一緒に歩きませんこと? 誰の邪魔も入らない場所で、お話したいことがあるのです」
「まあ素敵。是非……と申したいところなのですが、私の護衛は決して私から離れてくださらないのです」
ソフィアがベラに困ったような視線を向ける。ベラは即座に彼女の意図を察して、真剣な顔で頷いた。
「申し訳ありませんが、私にとっては陛下の命が第一です。いつ何時も、ソフィア様から離れぬようにと。そう命じられたからには、私の全力をもって果たさなければなりません。ですのでどこかに行かれるのなら、必ず私も付いて行きます。それが私の使命ですから」