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【閑話】 オルグレンの酒場(後編)

大きな(さかずき)に、並々と注がれる果実酒。小柄な男は自分の倍はあろうかという体格の男と同じペースで、渡された酒杯を空けていった。


「……テメエ、中々やるじゃねえか」


10杯目の果実酒を飲み干して、エリックが(うめ)く。ヴィルマーは柔らかな笑みを浮かべて返した。


「君の方こそ、こんな勝負を持ちかけてくるだけはあるね。僕と互角に競えるなんて」


「ぬかせ。……ぬくぬくと育ったお貴族様が、こんな勝負に乗ってくるとは思わなかったぜ」


11杯目の酒杯を受け取って、エリックは心底感心したような声で言った。ヴィルマーが目を伏せて、小さな声で答える。


「……王宮の夜会には、酒の(たぐい)がつきものだ。それなりに、自信はあったからね。でも、誤算だったな。君も案外強いみたいだ」


彼の真っ白な顔は赤らみ、足も少し震えている。無理もないと、エリックは思った。彼の子供と、それほど年は変わらない。まだ酒を飲めるようになって間もない彼は、とうに限界を迎えていてもおかしくはないのだから。だというのに、彼は勝負を続けている。12杯目。13杯目。14杯目。15杯目――


「っ、あー、止めだ止め! 俺の負けでいいよ!」


ついにエリックは()を上げた。馴染みの客にからかわれることより、この場にいる母親たちからの不興(ふきょう)を買うことの方が、彼にとっては恐ろしかった。降参の宣言を聞いたヴィルマーは、フッと笑って倒れ込む。近くにいた女将が、慌ててその体を支えた。


「アンタ! 水!」


血相を変えた女将の声に急かされて、宿屋の主人は彼女に真水を渡した。彼女は心配そうな顔で、ヴィルマーに水を飲ませてやる。


「まったくもう、子供が無茶をしすぎだよ。いったいどうして、こんなになるまで……」


ブツブツと呟く女将の前で、ヴィルマーはニコニコと笑って言った。


「……その場の勢いで、陛下の名誉まで賭けてしまいましたから。ここで負けたら、お父様に殺されてしまうんです。……勝てて良かった」


その言葉と愛らしい笑顔に、酒場の女たちが同情の目を向けている。宿屋の主人が、エリックの方を見て言った。


「ちょっと強情だけど、いい子じゃないか。これなら心配いらないだろう」


彼が唐突に飲み比べの話を持ちかけた理由を、主人はとうに察している。突然来たよそ者が、村に馴染もうともせずに、黙って座っていたからだと。やり方は少し強引だったが、きっかけは作れた。これから少しずつ、彼らは村に溶け込んでいける。そんな思いを込めた主人の言葉に、エリックは何も返さなかった。ただ黙って、深いため息をついただけ。それが彼の精一杯なのだと知っている主人は、笑顔で彼に水を出した。

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