処世術(後編)
「さて。そういった諸々の事情から、エリアス帝国における爵位の扱いには気を配らなくてはなりません。ディアナ様が男爵家の出であるにも関わらず伯爵家や子爵家の方々を従えているのは、彼女の家が600年前から続く由緒正しい家系だからです。つい最近爵位が付与された男爵家であるソフィア様は、爵位のないレイラ様から見ても同格に近いことになり……社交界に出た経験がないことも合わせて、彼女たちからは下位の娘として扱われることでしょう。この辺りも、ディアナ様が調子に乗られている理由の1つですね」
アドレイドは表情を変えずに言い切った。ソフィアが真剣な顔になる。
「……それはつまり、お父様の地位が低いために、無理強いされる可能性があるかもしれないということですか」
「ええ。それだけではなく、慣れていないのをいいことに、ありもしない慣習を押し付けてくるかもしれません。彼女たちから何か言われたら、すぐには返事をしないこと。黙ってベラに頼りなさい。それが理不尽な要求であれば、彼女が跳ね除けてくれるでしょう」
「ベラに頼り切っていることを批判されたら、開き直って『私は田舎者ですから、何か失礼があったら悪いと思いまして』とでも言えばよろしくてよ。堂々としていれば、ディアナ様たちは黙るしかないでしょうから」
真顔で語るアドレイドの横から、悪戯な笑みを浮かべたシェリルが口を挟んでくる。2人の話を聞いたソフィアは、素直にその忠告を受け入れた。無言で頷く彼女を見て、アドレイドが優しく微笑む。
「服や髪型、アクセサリーについてはナディアに任せておけば間違いはないわ。ソフィア様にとっては初めてのパーティーですから、楽しむ余裕は無いかもしれませんが……後宮内で開かれるものは全て非公式で、外から覗くこともできません。あまり堅苦しく考えず、ある程度は気楽にしていても許されるでしょう」
「最初は皆様、自己紹介から入られるでしょうから……それぞれの方のお名前を覚えるのは、少し大変かもしれませんね。思い切って主催者であるディアナ様以外は家名だけを覚えておいて、一律でご令嬢様とお呼びしても良いのですよ。そのことで誰かに何か言われたら、私の名を出しても構いません」
シェリルも笑顔で言葉を添えた。真面目に話を聞いているソフィアは、彼女たちにとっては教えがいのある相手だ。それだけに、指導にも熱が入っていく。結局2人はジルヴェストが部屋の扉を叩くまでソフィアの部屋に居続けて、彼女に様々なことを教え込んだ。