処世術(前編)
そんな話をしているうちに、日はいつの間にか傾いていて。窓の向こうから、赤い日差しが差し込む時間になっていた。
「……もうこんな時間なのですね。お伝えしたいことは他にもありましたが……」
アドレイドは窓の方に視線を向けて、不安そうな声で言った。シェリルが楽しそうに笑って口を開く。
「アディはもう……そんなに心配しなくとも、ソフィア様なら大丈夫でしょう。前に開いたお茶会でも、しっかりとした受け答えをなさっていたもの。ねえ、ソフィア様?」
「え?! え、ええと……自信はありませんけれど、精一杯頑張ってみます!」
突然水を向けられたソフィアが、少し慌てた様子で頷く。そして彼女は、扉の方を確認した。アドレイドが閉めた後は、外から叩かれることもなかったけれど。
「……あの時にいらっしゃった方々は、今はどうしているのでしょうか」
その言葉を耳にして、シェリルは苦笑を浮かべた。おそらくは。
「ベラに追い払われて、そのまま自分の部屋に帰ったのでしょうね。彼女たちの父親は、最高位でも伯爵家。公爵家であるベラの家とは、比べることもできませんから」
その言葉に驚いて、ソフィアは目を見開いた。彼女の口から、震えた声が漏れ聞こえる。
「ベラさんが……公爵家……? いえ、それより……アドレイド様は、あの場にいた方々全員の名前と顔を覚えていらっしゃるのですか」
アドレイドが困ったような顔をする。彼女はシェリルに、同意を求めるような視線を向けた。
「だってそれは、ねえ……? 私達には、印象深い方々でしょう?」
「ええそうね。ジルがアディをエスコートする度に、内心の不満を隠して優雅に振る舞っていらしたもの。よく覚えているわ」
シェリルは万感の思いを込めて頷いた。彼女たちは昔から、同じような苦労をしてきた仲である。
「中心人物のディアナ様は、クラム男爵の1人娘。その美貌は並ぶ者が無いと言われたほどだけど、レイラ様が社交界にいらしてからは比較されることが多くなって、本人も気にしていたわ。当のレイラ様は大商人であるグラッセ・アドラムの娘で、父親が爵位を持っていないこともあって表面上はディアナ様を立てていたけれど。内心では、自分の方が優れていると思っていたでしょうね」
そこまで一息に言いきって、シェリルは深いため息をついた。ソフィアは呆気にとられていたが、しばらくしてから遠慮がちに問いかけた。
「……その。もしもご迷惑でなければ、社交界のことをもっと教えてはいただけませんか?」