回り回って自分のために
(どうして、こんなことになったんだろう)
ソフィアに後悔はない。それでも思うことはある。王宮に初めて訪れたあの日に。彼と出会わなければ、こんな事は起きなかったのだろうかと。
「……なんて。少し脅かしすぎてしまいましたかしら」
黙ったままの彼女を見て、何を思ったのか。シェリルは穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「大丈夫ですよ、ソフィア様。パーティといっても、所詮は後宮内で行われる些細な催しですから。あまりにも見苦しい振る舞いでなければ、眉を顰められることもないでしょう」
彼女の言葉を聞いたアドレイドが頷いて、横目で扉の方を見た。
「そうですね。参加する方々はほとんど、ディアナ様の取り巻きの方ばかりですが……ソフィア様には、好意的に接してくださるはずですわ。むしろお友達になって、自分の要望をそれとなく伝えてくるのではないかしら」
「……まさか、そんな。いくら相手が田舎者でも、そこまで舐められるようなことは……」
ソフィアの言葉を聞いて、アドレイドは無言で笑みを深めた。シェリルは苦笑を浮かべている。
「さあ、それはどうかしら。今のソフィア様は彼女たちにとって、正妃と第一側妃に抱き込まれたお人形にしか見えないでしょう。あなたが自分の意思で動くことができるなんて、考えもしないのではなくて?」
「……そうかもしれませんね」
ソフィアが困り顔でため息をつく。家を出る時に父親に言い含められた言葉が、ふと彼女の脳裏に浮かんだ。
「『どんなに侮られていても、決して怒ってはいけないよ。ニコニコ笑って受け流して、こっそり根に持っておくんだ。そうすることで、誰が本物の味方なのか見極めることができるからね』……これはお父様の言葉なのですが、案外的を射ているのかもしれません」
小さな声で彼女は呟く。その言葉を聞いたアドレイドは、少し驚いたような顔をした。
「まあ。ソフィア様のお父様は、流石ですね。そのようなことを仰ってくださる方であれば、オルグレン領はこの先も安泰ですわ」
媚びを売られる相手は、何もソフィアだけではない。彼女の父親の元にも、その内誘いが届くはずだ。娘と父は繋がっていて、どちらかを抱き込めばもう片方も意のままになる。それが帝国貴族の、基本的な考え方だ。もっとも。
(ソフィア様のお家には、その基本を当て嵌めることはできないのでしょうね)
シェリルは内心で、そんな風に思っていた。彼女はアドレイドと目線を交わして、言葉には出さずに意思疎通する。
(私は自室に帰ったら、お父様に手紙を送るわ。あなたもよ、アディ)
(ええ。分かっているわ)
ミルワードもコンドレンも、その常識に慣れきっている。帝国の両輪が焦って動くことは無いが、用心に越したことはない。2人はそんな風に考えていた。