12. もしや貴方は 〜これこそが運命〜
いつものように研究室の扉を開けると、研究室のソファーには、ダランソン先生と小さな男の子が座っていた。
ふわふわのピンク色の髪に紫の眼をした、天使のように可愛いらしい5歳くらいの小さな男の子だ。
誰かが部屋に入ってきたことに気が付いたその子が、フルーリリに視線を向ける。
そして目が合った。
――この子は…!
目が合った瞬間、フルーリリは今まで感じた事のないほどの強い衝撃を受けた。
身体が痺れたように固まり、動けない。
この、アメジストのような澄んだ紫の瞳を見れば分かる。自分だけには分かるのだ。
この子はただ可愛いだけの男の子ではない。
この子のその眼は。
その眼は―――年長者のそれだ。
私と同じ眼をしている。しかも、きっと同世代だ。
時が止まったかのようにフルーリリと少年は見つめ合い続けた。
「フルーリリ嬢、紹介しよう」
ダランソンの声で、2人は我に返る。彼もまた自分に何かを感じ取っているようだった。
そのままダランソンが言葉を続けようとしたところで、少年が口を挟んだ。
「いや、ワシから名乗ろう」
その少年の言葉にダランソンが目を見開く。
少年がソファーから立ち上がった。
「お主がフルーリリ・カスティル嬢か。噂は聞いておるぞ。ダランソンから魔法を学んでいたそうよな。ワシはシェリーの祖父のバイロンという者じゃ」
フルーリリは貴族の礼を取り、挨拶する。
「フルーリリ・カスティルと申します。バイロン様ですね。シェリーとはいつも仲良くさせていただいております」
バイロンは、同士を見るような目でフルーリリを見つめ、ほほと笑う。
「ダランソンとシェリーが気に入っとるという貴族の女は、どんな奴かと思っておったが。…なるほどのう」
フルーリリもまた、友を見るような目でバイロンを見つめる。
「ダランソン先生のお友達なのですね」
「いや、こいつはワシの弟子じゃ」
「まあ!先生の師匠なのですね!では私にとっても先生ですね」
嬉しそうに笑うフルーリリと、優しく微笑み返すバイロンは、出逢った瞬間から心の友となった。
『心惹かれる子が来たわ』と、浮き浮きしながらフルーリリがお茶の用意をしている時に、ケネスがシェリーを連れて戻ってきた。
「お帰りなさい。2人でお出かけしていたの?ふふ。仲良しね」
「違えよ」
「フルーリリ、聞いて。ケネスったら酷いのよ。ここに来たくないって言ってるのに、無理矢理私を連れて来たの。この男はケダモノよ」
「うるせえ」
ケネスは、フルーリリとシェリーに短く言葉を返す。
そしてそのままダランソンとバイロンの前に立ち、敬うように礼を取った。
「大変お待たせいたしました。お時間を取り申し訳ありません」
師に敬意を表すケネスの姿を見て、フルーリリがバイロンに話しかける。
「バイロン様は、ケネスの大先生でもあるのですね」
「バイロン様なんて他人行儀な呼び方はよしとくれ。バイロン――いや、ロンと呼んでくれるかの、フルーリリ嬢。ワシに敬語も不要じゃぞ」
その言葉に研究室の三人が驚愕の表情を浮かべて固まった。
そんな周りの様子に気づくことなく、フルーリリが満面の笑みで、ロンに言葉を返す。
「ではロン、と呼んでもいいかしら?私もリリと呼んでね」
「おおそれは良い呼び方じゃ。リリ、よろしゅうな」
嬉しそうに笑い合う2人は、すでに固い絆で結ばれた親友だ。
――固まる皆を置いたまま。
「そうなの?ロンは100歳越えなのね。ずっと若く見えるわね」
「124歳くらいになったかの。ワシの一族は若さにこだわるからな。ワシほどになると、こんなに若返る事ができるんじゃよ」
「とっても可愛いくて素敵よ。私もロンほどじゃないけど、若く見られるのよ」
「そうじゃの。16歳くらいに見えるの」
2人の会話が弾む。
「ロンは今日、シェリーに会いに来たの?シェリーはお孫さんになるものね」
「ああ、出来の悪い孫じゃ。コイツは最近仕事もろくにせんと、怠けとるみたいだからの。少し喝を入れてくれようかと会いに来たんじゃよ」
その言葉と共にバイロンから向けられた鋭い視線に、シェリーが顔を強張らせる。
シェリーは、バイロンがフルーリリと和やかに笑い合っている、目の前の光景が信じられなかった。
この男が和やかに笑うところなど今まで見た事が無い。
確かにシェリーは、バイロンにとっての孫に当たる。
だが、孫扱いなどされた事はなく、今まで散々な目に合わされてきた。
サイコパス。
この言葉ほど目の前の男を表す言葉はない。
この男は本当に厄介な男なのだ。『瞬時に相手の最も嫌がる事を掴む』という能力に長け、ただ楽しいというだけで相手を効果的に苦しませる。そこに理由などない。
その時そうしたいと思ったから。――ただそれだけで相手を嬲るのだ。
この男はほんの些細な事で残虐性を表し、魔物は勿論、仲間や弟子、血の繋がりのある家族でさえ、簡単に死の縁に追いやる。そしてそんな時は本当に楽しそうに暗く笑っている。
それは今目の前で見せるような、和やかな笑顔などでは勿論ない。
この男が自分に会いに来るとの知らせを聞いた瞬間、国を出ようとしたが、バイロンに命じられたケネスが自分を捕まえにきた。
ケネスも自分の命がかかっているから容赦はない。
そうして結局は捕まってしまい、ここへ引き摺り出されたという経緯だった
沈黙が広がる部屋の中、相変わらずバイロンとフルーリリが楽しげに話している。
「ロンは柔らかいお菓子が好きなのね」
「この歳になるとやっぱりの。この固いのはリリが食べとくれ」
「じゃあこれと交換しましょう?」
ほほほ、ふふふと2人は笑い合う。
『ロン』――バイロンの愛称?
そんな愛称は、孫の自分も聞いた事がない。
皆は彼を『大先生』『大師匠』と呼ぶのだ。
魔法使いは、自分を軽く見る者を嫌悪する。その傾向は実力に伴うほど強くなり、名前呼びを許す実力者はほぼいない。
許す者がいるとすれば、名前を呼んだ罪を被せて、いたぶろうとするイカれたサイコパス野郎だけだ。
そんなイかれた者はバイロンの他に1人しか知らない。
サイコパスな男が自ら名乗り、名前呼びどころか愛称呼び、さらには敬語なしでの会話まで許された女。
フルーリリ・カスティル
なんて恐ろしい子なの…
楽しげな2人の笑い声だけが研究室に響く。
シェリーは勿論、ダランソンもケネスも、目の前の状況が理解できず、ただ茫然と2人の姿を眺めることしか出来なかった。




