5. 出会ってからの姉弟
義弟が来た翌日から、姉であるフルーリリは張り切ってエリックにかまい倒した。
「朝食のあとは一緒にお勉強しましょう」
「庭園を散歩しましょう」
「図書室に行って一緒に本を読みましょう」
誘う度にエリックは戸惑うような表情を見せ、おずおずと付いて歩く。
フルーリリより小柄な、キラキラした弟が大人しく付いてきてくれるのが嬉しくてたまらない。
フルーリリは毎日毎日元気に誘いたおした。エリックは毎回毎回戸惑う様子を見せながら付いてくる。
庭園を散歩中の今も、どこか不安げな様子で隣を歩いている。緊張しているかのように固く結ばれた唇。
そんな義弟を、横目でそっと見つめる。
この戸惑いようは…とフルーリリはふと考える。
新しく、まだ慣れない家族への遠慮かもしれないけど、もしかしたら私の悪役令嬢取り巻きとしての、悪役成分のせいでは…と新たな可能性に気づき心臓が止まりそうになる。
優しく接してるつもりでも、悪役成分というものは滲み出てしまうものかもしれない。
天使の清らかさに、悪役成分は毒にしかならないだろう。
天使―それはエリックの美しさのレベルだ。
…あっ!!
ハッと息を飲む。
そうだ。この天使レベルの美しさを持つ彼は、きっと乙女ゲームの攻略者だ。
何故この少年を見た時に気づかなかったんだろう。
小さな頃から、悪役成分で自分を苦しめてきた義理の姉。
その義姉を、王子とか勇者とかみたいなイケメン達と共に、悪役令嬢とその取り巻き達としてまとめて断罪するに違いない。
残酷な未来に気づく。
突然突きつけられた絶望的な状況に、足取りが重くなる。涙で目の前の風景が滲む。
そんなつもりはなかったのに。
ただ姉として可愛い弟と仲良くしたかっただけなのに。苦しませるつもりはなかったのよ。
どう言い訳をするべきか、頭の中がぐるぐると渦巻く。
『そんなつもりはなかった、なんて。
そんな言い訳が通用するはずがないだろう。』
まだ見ぬイケメン攻略者達の幻聴が聞こえる。
急に黙り込んでしまった私に、エリックが静かに尋ねた。
「フルーリリお姉様は、僕の顔を見て何も感じないのですか…?」
え?
エリックの顔…?
断罪妄想から現実に帰り、急に話が飛んだようで戸惑うが、正直に答える。
「何も感じない、なんて。そんなわけないじゃない」
その言葉に、エリックの顔がサッと陰る。紅眼は不吉なものとして避けられる事が多いからだ。
カスティル家に来る前まで育った家では、家族から決してないがしろにされていた訳ではないが、常に距離は置かれていた。両親や兄弟達さえも、自分の眼を見て話すことはない。
自分に向けられる負の感情は、何も言われずとも感じ取ってしまうものだ。
養子の話が決まったとき――家族は皆、隠すことなく明らかにホッとした顔をしていた。
エリックの暗く沈んだ様子に気づくことなく、フルーリリは言葉を続ける。
「エリックは国宝級の美人だわ。初めて会った時は天使が舞い降りたかと思ったもの!髪の毛は月の光を集めたみたいにキラキラしてるし、紅いピピリー色の眼はすごく綺麗で美味しそうよね!
あ。ピピリーって知ってる?秋に実る果実で、ピカピカ光るような素敵な紅い色をしてて、宝石みたいに綺麗なの。甘酸っぱくて、そのまま食べても美味しいけど、ジャムにしたりピピリータルトにすると、もう本当に絶品なのよ!秋になったら一緒に食べましょう!
エリックは、自然から愛される色を持ってるよね!」
アクアマリンのような美しく澄んだ瞳で、エリックを見つめるフルーリリ。
嬉しそうにキラキラと光る眼差しと、紅眼を褒めたたえる言葉に、エリックはとても驚いた。それから姉の言葉を理解して、顔を真っ赤に染めあげる。
「…ありがとう」
そう小さな声で答えたエリックを、変わらずじっと見つめるフルーリリ。
フルーリリの熱を持った眼差しから、エリックは目を離すことが出来ず、見つめ合う2人。
フルーリリの、まばたきすらせず逸らされることのない、痛いくらいの視線。
熱く語られたピピリーへの情熱。
コクリと唾を飲み込んで動くミルク色の喉。
そして鳴るお腹。
ぐう〜
…これは捕食者の目だ…
可愛らしい姉は、どうやらお腹が空いているらしい。
美味しいピピリーのようだと褒め称えた自身の眼から、今なお視線を逸らすことのない姉に声をかける。
「フルーリリお姉様、そろそろ戻ってお茶にしませんか?」
「いいわね。今日のお菓子は何かしら!」
フフと笑って嬉しそうにスキップをし出す姉を見て、エリックはふんわりと温かくなった気持ちに涙が出そうになった。