4. 義弟との出会い
フルーリリ 6歳
エリック 5歳
今日はうちに弟がくる。
もうすぐ着くとの先ぶれが入り、ソワソワと落ち着かない様子をお母様に叱られていた私は、我慢が出来ずに部屋を飛び出し玄関へ急ぐ。
私が姉と呼ばれる立場になる。
可愛がれるような弟か妹が欲しい、そんな子供じみた思いは決してない。浮かれてなどいない。
精神年齢がこの世界で最年長になるかもしれない私が、そんな事に心揺さぶられるはずがない。
それでも家族が増えるなんて、私フルーリリ6年間の人生の中ではビックイベントだし、カスティル家にとっても祝うべきことだ。
弟になる子は5歳らしい。
私はこの世界年齢6歳だが、5歳の子供にとっての一年差はとても大きいはずだろう。私ですら大きな大人に見えるに違いない。
小さな子供に歓迎の意を表すのは、大人として当然のマナーだ。急いで向かわなくては。
廊下を走らない!と、遠くから怒るお母様の声が聞こえたような気はするが、弟を歓迎するという大人のマナーの方がはるかに優先されるべきことだ。
初めて顔を合わせた少年を、一目見て固まった。
――天使がいる!!
月の光のような涼しげな銀髪を背中に流し、紅の瞳に怯えを含みながら、小柄な身体を更に縮こませるように佇んでいる。
こちらを遠慮がちに見つめるその瞳の紅は、秋に実る甘酸っぱい果実ピピリーの色だ。
なんて美味しそうな――いや。なんて自然から愛された眼を持つ天使なんだろう!
あらゆる角度から天使を見るため、ぐるぐると少年の周りを走り回る。
硬直していた少年―エリックを庇うかのように母がスッと間に割って入る。
「リリ、ご挨拶なさい」
いつもより低い声でお母様が言う。
やばい。淑女の行動を咎められる。
お母様のお小言は必要以上に長いのだ。
危険を察知した私は、出来るだけ優雅に見えるよう礼をとる。
「こんにちは。はじめまして。カスティル家長女、フルーリリと申します。エリック、これからよろしくね。」
にっこりと笑いかけると、少し安心したようにエリックも礼を返す。
「エリックと申します。カスティル家に迎え入れていただけた事、光栄に思います。宜しくお願い致します」
5歳の天使が恥ずかしそうに、ぎこちない様子でささやかに微笑んだ。
この天使なエリックが、カスティル家の養子となった理由は。
昨年魔法を必死に学んでいる間、私に婚約者が出来たのだ。
婚約者のカール・バージェント。
彼は、伯爵家の長男でバージェント家の跡継ぎである。カスティル家のひとり娘の私が結婚して家を出ることで、他家より、優秀な跡継ぎ候補を養子として受け入れることになった。それがエリックだ。
カールと私は政略上での婚約ではあるが、カールは優しそうな子で不満はない。
まぁ精神年齢おばあちゃんを超えた私には、幼い少年との婚約は犯罪めいていて後ろ暗さはあるが。
しかし貴族というものは、自分で選べぬ道を進まなければならない時もある。
いちおうこの世界での年齢5歳(当時)。
だが見た目若くとも、精神年齢おばあちゃん超えである私をあてがわれるとは可哀想に…と不憫に思う眼差しをカールに送る。
丸くつぶらな瞳で見返されたが、子供だから厳しい現実が見えていなくてもしょうがない。
せめてお互いを尊重しつつ、互いに誠実であろうと、テレパシーを送っておく。