17.出発の馬車の中から騒がしい
馬車はカスティル家の領地を目指していた。
フルーリリの隣にアンが座り、その横にはダランソンが座っている。向かいの席にはシェリー、ケネス、エリックの順で3人が座る。
出発時、この馬車の席はかなり揉めた。
いつものようにフルーリリの隣にエリックが座ると、その間にシェリーが割り込んできた。スッとエリックの太腿に手を置くシェリーに恐怖したエリックは、すぐさま席を立ち、向かいの席に移動する。
シェリーは、空いた席にダランソンを呼んだが、それを拒否してシェリーを向かいの席に追いやり、フリーリリに並んだ。
再びシェリーの隣になってしまったエリックは、間にケネスを挟むことにしたのだ。フルーリリの隣の真ん中の席も空いていたが、そんな場所にケネスを座らせる事を許せるはずがない。
出発時から問題しかないような雰囲気だったが、それを気にしているのはエリックとケネスだけのようだった。
「ダランソン先生、宿泊学習では一緒に遊べなかったけど、今回はたくさん遊びましょうね。トランプもチェスもオセロも持ったし、ワイン工場で試飲も出来ますよ。もちろん研究素材集めも手伝います。温泉もあるし、のんびりしましょうね!」
嬉しそうにダランソンに声をかけるフルーリリに、ダランソンは優しく微笑む。
「そうじゃの。宿泊学習は参加できんで残念じゃった。今度こそたくさん遊べるのぅ。本当に楽しみじゃ」
嬉しそうなダランソンに、艶然とした笑みを浮かべたシェリーが声をかける。
「ダランソン師匠、温泉ではお背中を流しますよ。うふふ、楽しみね」
ダランソンはその言葉に顔を曇らせて、鋭くシェリーを睨みつけた。
「結構じゃ。お前は若者同士、ケネスとエリックと温泉を楽しんだらいい。わしは1人でゆっくり浸かりたい派なんじゃ」
「僕も結構ですよ。僕も1人で浸かりたい派です。どうぞケネスさんとお二人で楽しんでくださいね」
「お前が一緒に入っとけよ!俺も絶対に嫌だ!」
賑やかな会話に、侍女のアンがふふふと笑う。
「お嬢様、みなさんとても仲がよろしいのですね。お嬢様にこんなにたくさんのお友達が出来て、アンは嬉しいです。本当に…」
涙目になって話すアンに、フルーリリはハンカチを渡す。
「アン、泣かないで。この子達は本当に仲良し組なのよ。学園でも毎日集まってお茶を飲むの。私も一緒に集まっているのよ。
だから安心して。アン、貴女も領地ではゆっくり休んでちょうだい。貴女の休みでもあるのだから。持ってきた物語を読んでもいいし、領地で何か王都にはない物語を探すのも楽しいかもしれないわ」
「お嬢様…本当にお嬢様はお優しいですね。…みなさん、お嬢様と仲良くしていただいてありがとうございます。最近は特にお嬢様が楽しそうなのも、皆さんが良くして下さっているからなのですね。こんなに可愛らしいご令嬢様までもお友達だなんて、私も鼻が高いです。シェリー様はとても可憐な方ですね」
ハンカチで涙を拭きながら、アンは皆にお礼を伝えた。
「まあ、貴女なんて正直で良い方なのかしら…!分かったわ。学園でのフルーリリの事は任せてちょうだい。私もフルーリリの親友だけど…この隣に座っている男が、フルーリリとは一番仲良くしている子なのよ」
「仲良くねえよ」
ケネスは念を押すようにアンにも声をかけておく。
「俺は仲良くない」
ケネスの言葉を気にする事なく、アンはケネスを見つめた。
――あら、この方は…
短い黒髪と灰色の瞳。顔は整っているが、その瞳はとても鋭い。他の者を簡単には寄せ付けない雰囲気を持つ男。座っているので正確には分からないが、おそらく背はかなり高いだろう。
アンはハッとする。
まさかこの方が、以前お嬢様が話していた『口の悪い男の子』では。まさかこの方がお嬢様のヒーローとなり得る方なの?
『素直じゃないけど、才能のある良い子』―確かそんな風な事を言っていた事がある。その時読んでいた物語のヒーローと被る言葉に、アンの中で印象強く残っていたフルーリリの言葉だ。
平民と聞いているが、魔法界の第一人者と言われるダランソンの唯一の弟子であり唯一の助手。その才能はお墨付きなのだろう。将来有望なこの方は、お嬢様のヒーローとしても相応しい。あの物語のように、今はお嬢様との距離を少しずつ詰めていっているのかもしれない。……私の推しヒーロー。
『お嬢様を宜しくお願いしますね』と、優しい視線でケネスを見つめた。
ケネスは、急に優しげな目で自分を見る、向かいの席の使用人に嫌な予感がした。この使用人の女も、腹立だしい女と同じ共通点を持つ。
――俺の話を全く聞いていない。
この領地訪問は気を引き締めておかないと、余計な事に巻き込まれるかもしれないとケネスは自分の先を危惧し出した。
エリックは、そんな2人の様子を見ながら、アンのケネスを見る目が何となく引っかかっていた。
アンはもともと優しく愛想のいい者だが、ケネスへの視線は、まるで以前から知っているかのような親しみのあるものだ。
姉に一番近い人物に取り入るとは、卑怯な奴。
冷たい目線で隣のケネスを静かに睨んだ。
馬車の中の、皆それぞれが醸し出す微妙な空気を感じて、シェリーはほくそ笑む。
ケネスと侍女。ここにも何か面白い事が待ち受けていそうな気配がある。この2人はエリックを刺激する何かを持っている。
この領地訪問は面白い事が起きそうねと、シェリーは期待に胸を弾ませた。




