3. ヒロインが家にやってきた
「リック、紹介するわ。彼女が話していたシェリーよ。17歳でケネスと同じ歳なの。シェリー、弟のエリックよ。期間限定だけど、学園で薬草学教授をしてるのよ。14歳で、生徒として学園に入学するのは来年になるわ」
学園休みの日の朝、ピンク色の髪の美少女がカスティル家を訪れた。
会う約束をしていたわけではないが、近くを通ったからと寄ってくれたらしい。
もちろんフルーリリは、今最も注目する人物の突然の訪問を歓迎した。
ちょうどエリックとお茶を飲もうとしているところだったので、2人にお互いを紹介したところだ。
「はじめまして、シェリーさん。お話は姉から聞いてますよ」
「まあ!あなたがフルーリリの弟さんなのね。……あなた顔が良いわね。14歳かぁ…。うん。私は大丈夫よ」
シェリーは、バチンとエリックにウィンクを投げた。
「……」
姉がすごいものを連れてきた。
見た目は同世代の可憐な少女だが、ガトフリーが本名の51歳の男だという事だ。
エリックはかける言葉を見つけることが出来ず、ただ静かに微笑んでおくことにした。
「シェリー、うちの前を通ったって話してたけど、朝早くから出かけてたの?」
「違うわ。昨日の夜から飲んでたの。ここを通る場所に、馴染みの酒場があるのよ。ちょっと離れてるけど、ウォーキングはスタイルを保つには必要な事だしね。2時間くらい歩いて行くのよ」
「まあ!シェリーの美意識の高さに脱帽だわ。だから51歳でも17歳の抜群のスタイルを持つのね。さすが美の女神だわ」
「え〜もうやだぁ。フルーリリったら。褒め過ぎよ」
「本当のことよ」
きゃっきゃっと盛り上がる2人。
その楽しそうな声は扉の外まで響いていて、屋敷の使用人達はフルーリリの初の友人来訪に感激の涙を流していた。
「うふふ。フルーリリに聞きたかったの。フルーリリって婚約解消したんだって?今誰ともお付き合いしてないんでしょう?ねえ。ケネスはどう?あの子、口は悪いしぶっきらぼうだけど、根は良い子なのよ」
興味津々な様子で、ズバリと核心に迫る。
瞬間、射るような鋭い視線がシェリーを突く。
『…あら、この子』
その視線は、エリックからのものだった。
義理の弟だと聞いているが、その目が意味するものに気づく。
シェリーは、呪いを運ぶと言われるエリックの紅眼に、会った瞬間は『おや』と目に止まったが、それだけだった。
魔法使いは古い言葉に囚われがちだが、自分は17歳を名乗っても51歳の熟年魔法使いだ。
言い伝えに惑わされるような歳ではない。
しかしさすが忌み嫌われる眼を持つ男だ。その鋭い視線に背中が泡立った。
『なんて怖い眼をした子かしら―――素敵…』
シェリーはダランソン師匠のような、ゾクゾクとさせてくれる男に惹かれるのだ。勿論顔も体格も必須条件だが。
ケネスの目も鋭いが、まだまだ甘い子供だ。
目の前の子も14歳という、ケネスより更に子供だが、良い眼をしている。エリックもまた自分をゾクゾクとさせる男に成長するだろう。
『そうね。この子はあと2年は熟成させたいわね』
そして艶然とツヤのある視線をエリックに返す。
珍しくエリックは動揺する。
自分が睨むと、大概の者は怯え去って行く。余計な話題を振る、目の前の女もそうだろうと思ったが、逆に恐ろしい視線を返された。
『この女はヤバい』
――エリックの本能が語る。
あまりこの女の目につかないようにしなくては。
危険を素早く察知して、エリックは引く事にした。
「ケネス?ケネスは確かに良い子よね。ずっと友達がいないのを心配してたけど、最近は私たち3人も友達になったから、もうケネスも寂しくないわね。ケネスとは友達だから、お付き合いというのはないわね」
「まあ、そうなの?でも友達から始まる関係もあるのよ。貴女達の関係も変わるかもね」
「それならシェリーとケネスの関係も変わるかもしれないわね。ふふふ」
楽しそうに笑うフルーリリに、シェリーも楽しそうに笑い返す。
「確かにそうね。うふふ。私とケネスが恋人になっちゃうかも」
きゃっきゃっと楽しそうな女子トークは続いていく。
「ああ、そうだわ」
思い出したようにシェリーが話す。
「私、エターナル学園の保険医になったの。魔法学治癒科の教授でも良かったんだけど…保険医の方が素敵な出逢いがありそうでしょう?ほら。騎士科の男子とか治療に来るじゃない?良い身体の男達を治療する保険医なんて、最高のシチュエーションじゃない?キャッ!恥ずかしいわ!」
「まあ、そうなのね。シェリーが新しく保険医に就いたのね。宿泊学習をキッカケに、保険医の先生が辞めたみたいだけど、次の先生がなかなか来ないって噂になってたわ。
ふふ。シェリーが保険医なら、保健室の個室に特注品の私専用ベットを置かせてもらおうかしら。具合が悪くなってお昼寝し放題ね」
「まあ!それは良い考えね。そのまま泊まってパジャマパーティーだって出来るわね」
姉とシェリーはとても気が合うようだ。
自分はこの女に危険を感じるので、保健室に近づく事はないだろう。
姉に、あの忌々しい男のいる研究室に行かれるよりは、保健室でこの女といてくれた方が安心だ。
シェリーはゴトフリーという51歳の男だが、男要素は微塵も感じられない。
勘のいい自分は確信できる。彼は完全なる女だ。
『少し状況は良くなるかもしれない』
エリックはホッと小さく息をつき、これからの未来に期待した。




