2. 転生少女の立ち位置①
一度長い人生を全うした私の転生だ。
この世界に何かしらの意味を持って生まれたに違いない。
『乙女ゲームの悪役令嬢の取り巻き候補』
『もしくは通行人A』
…確かに疑わしい役どころだけど、もっと大きな夢を見てもいいんじゃない?
正統派美人ヒロインは無理でも、能力系ヒロインとか!
地味でも優れた能力があれば、主人公にのし上がることだって出来るはず。
明るい希望が見えてきて、浮き立つ思いに心が弾みだす。
この世界で活かすことの出来る能力。
何かあるはずだ。私は何かを持って生まれてきている。記憶のどこかに眠っているはず。どこだ。どこにあるのだ。
何か今世に役立つヒントが見つからないかと、少しずつ薄れていく記憶の中の前世を思い返してみる。
あ…そういえば。
――得意だったお菓子作りとパン作り。
これだ…!
ピシャーンと体に衝撃がはしる。
この世界に新しい食の文化をもたらせるために、天が私を遣わしたのでは…!!!
自分の溢れる可能性に興奮してドキドキと胸が高まる。
居ても立っても居られず厨房に向かい、料理人に頼み、記憶に残るお菓子の材料を揃えてもらう。
さぁ今から、皆がむせび泣くくらいの、インパクトのある素晴らしいお菓子をこの手で生み出すのよ。
屋敷中の人間達よ、覚悟するがいい!
フルーリリは鼻息荒く材料を確認する。
バター、砂糖、卵、小麦粉、膨らまし粉……膨らまし粉……膨らまし粉って何で出来てたっけ?
うーん…?
前人生、確かに色々作っていたけど。数あるレシピを全て覚えているわけではない。
当たり前のように使っていた材料が、この世界で何から作られたものか分からない物もある。
作る手順に見当がついても、材料量があやふやだ。前世で使っていた材料に変わるものが何なのか、見当もつかない。
こういうのってチート能力?みたいに、サクサク作れていくもんじゃないの?
材料不明、分量不明って、どうしたらいいの?なんか現実的すぎる問題が、地味すぎておかしくない?そんな能力系ヒロインって惜しすぎないだろうか…
戸惑いつつも、気を取り直して、まずはクッキーでもと思い立つ。しばらく材料を見つめながら、自身の能力の奇跡的な開花を待ったが、何も起こらなかった。
結局料理人に、クッキーレシピを教えてもらい、一緒にお菓子を作っていく。生地を作る道具も、焼くためのオーブンも、前世の物とは違っていた。
そうしてクッキーは、カスティル家料理人レシピとプロの腕をもって、失敗なく完成した。私が作ったというより、ほとんど料理人が作ってくれていた。
焼き上がったクッキーは、前世を上回る美味しさを持っている。サクサクでホロホロな、口の中でほどけていく、極上のクッキー。
カスティル家特製の、前世を上回る美味しいクッキーを目の前にして思う。
…前世を上回る美味しさがすでにあるなら、食の革命にならないわよね。多分きっと。
そういえば今朝の朝食で食べたパンも、いつもと変わらずフワフワしっとりで極上の味わいだった。こちらも前世に劣るようなレベルではない。
私の、『お菓子作りとパン作りが得意だった』という前世の記憶の必要性はどこに…?
どうやら私は、食の文化を築き上げるためにこの世界に転生したわけではないようだ。
食の伝道師にはなれなかった――
料理のチート能力がないことに悲しくなりながらも現実を受け入れることにした。
焼きたてのクッキーに齧りつく。
サクサクホロホロのカスティル家のクッキーレシピ。
完璧だ。
転生少女フルーリリ、5歳。
転生の事実に気づき、自分の可能性と立ち位置を模索中である。