23. 剣術大会で得るもの
フルーリリはふと思い出して、隣の席のスヴィンに声をかけた。
「そういえばスヴィン様、先日の剣術大会で入賞されたそうですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます。…と言っても、ギリギリの入賞でお恥ずかしいです」
そう言ってスヴィンは、はにかむような笑顔を見せた。
恥ずかしそうに微笑する、眼鏡男子のスヴィン。
その貴重な微笑みを見たクラスの女生徒達は、溢れ出るスヴィンの色気に息を飲み、食い入るような視線をスヴィンに向けた。その多くの熱い視線は痛いくらいだ。
――流石ヒーロー。
照れた微笑ひとつで女生徒達を虜にしてしまう。
背が高く、顔も頭も良く、皆に優しく、剣術にも長けていて、さらに色気もあるなんて。全てが揃い過ぎだろう。
改めてスヴィンがヒーローである事を確信させられる。
『素晴らしいヒーロー資質を持った子だわ。貴方ならヒーローとして偉大な功績を挙げると信じてるわ』
そんな思いを込めてスヴィンに伝える。
「入賞することが出来るのも、ほんの一握りの生徒ではありませんか。スヴィン様は十分に素晴らしいですし、素敵ですよ」
そこにもう1人のヒーロー、フレドリックが颯爽と現れた。彼もまた完璧な見た目と人格を持つ上に、今回の剣術大会の優勝者だ。非の打ち所のない、ヒーローの中のヒーローである。
「楽しそうだな。何の話をしているんだ?」
「剣術大会の入賞をフルーリリ嬢が褒めてくれたんですよ。…優勝者のフレドリックに並ばれると、分が悪いだけですが」
スヴィンの苦笑に、フレドリックが爽やかに言葉を返す。
「スヴィンの腕もなかなかだったじゃないか。君には成績で勝てた事がないからな。何かひとつくらい君に勝つものがあってもいいだろう?」
「フレドリックこそ、成績は悪くないでしょう?あと少しで追い抜かれそうで、いつも戦々恐々としてますよ」
爽やかな会話に、教室の中の空気が浄化されるようだ。そんな心洗われるような会話をする2人の姿は、まるで絵画から出てきたかのように美しい。
――お似合いの2人ね。
2人の姿を見ながら、そう自然に感じたフルーリリはハッとする。
―まさか。
心臓がドクンと跳ねる。
まさか2人は、2人のヒーローなどではなく、2人で始めるストーリーを持つのでは。
――それはBのL。
前世で聞いたことがある。そんな世界があることを。
可能性は否めない。2人は紛れなくお似合いの2人なのだ。
鼓動が早くなる。
バクバクと波打つ心臓が痛いくらいだ。
『それは駄目よ。私はその世界の事をよく知らないのよ』
そんな知らない世界へ流れていかれたら、2人を見失ってしまう。流される先が遠すぎて、自分は傍観者にさえなれないだろう。そんな悲劇は許されない。
そう考えて、フルーリリはBLの可能性を捨てることにした。大きな危険は避けるべきなのだ。
やはり完璧なヒーロー2人でいいだろう。
フルーリリが自分の思考の中から戻ってきてもまだ、2人の剣術大会での爽やかな会話は続いていた。
―そしてその姿に、変わらず皆が魅入られている。
ヒソヒソと聞こえるクラスメイトの会話。
「フレドリック様が剣を振るう姿は、神々しいまででしたわね」
「男の俺でも見惚れたよ」
「フレドリック様はもちろんですが、スヴィン様の剣術も優雅で、舞を舞うようでしたわ」
「あぁ本当に素敵なお二人だわ…」
クラスメイトの様子をそっと伺うと、皆が2人を熱く見つめ、熱に浮かされたように口々に賞賛の言葉を述べている。
フルーリリはこの状況を冷静に分析した。
――剣よ。これは剣が、いえ剣術が人を魅了したのよ。
剣術大会の話題がでたとたん、明らかに皆の視線の熱さが変わった。最初からBのLなどではなかった。
剣が鍵となったに違いない。
もともと完璧な上に、剣術まで長けるヒーロー。そしてその剣術で皆を魅了する2人。
『凄いとしか言いようがないわ』
フルーリリはただただ2人のハイスペックヒーローぶりに感銘を受けるだけだった。少し目頭が熱くなるほどに。
2人に心からの賛辞を送る。
「フレドリック様も、スヴィン様も、本当に素晴らしいですね。…お二人にはいつも感心させられてしまいます」
少し潤んだ瞳で賛辞を述べるフルーリリに、2人のヒーローは激しく心を揺さぶられた。
――勿論フルーリリがそれに気づく事はない。
「ケネス、魔剣を作ったらどうかしら?」
「はあ?」
放課後に用もないのにやってきた女は、またおかしな事を言い出した。
ソファーに座って、珍しく何か考え込んでいる様子を見せてるなと思っていたが、気にかける必要など全くなかった。ケネスはチッと舌打ちをする。
「魔法を使える剣を作りましょう。ケネス、次の剣術大会に出場するわよ。大会では魔剣を使って、相手を会場外へ吹き飛ばして、ぶっち切りで優勝を狙うの」
「お前…」
呆れて言葉も出なかった。
それはもう剣術ですらないだろう。
「私、気づいたのよ」
真剣な顔をして、内緒話を打ち明けるように密やかな声で伝える。
「いい?ケネス。全ての答えは剣が持っているのよ。剣術大会に出て優勝するべきなの」
ケネスはウンザリして言葉を返した。
「お前…学園で攻撃魔法の使用は禁止されてんだよ。そんなんで勝っても捕まるだけじゃねえか。
だいたい魔法は、剣みたいな物理攻撃じゃなくて、詠唱攻撃だろが。わざわざ魔剣なんて作ったところで、俺だと手に持つ飾りになるだけで、使う必要もねえんだよ。意味が分からん事を言うな。馬鹿め」
「剣は必要よ。剣術大会は剣を持たないと出場できないもの。勿論ただの剣でも出場はできるけど、そんな剣では本当に飾りになっちゃうでしょう?そんなの魔法使いらしくないわ。どうせなら魔法攻撃できる、ケネスらしい魔剣の方が良いと思うの。魔法攻撃がバレない魔剣で、剣術大会での優勝を目指すのよ」
『分かったかな?』と小さな子に言い聞かせるように話すフルーリリに、ケネスはイラッとする。
「剣術大会に何があるってんだよ」
全く分かっていなさそうなケネスに、フルーリリは『しょうがない子ね』という目を向けた。
「ケネス。剣術大会に優勝すれば、お友達がたくさん出来るのよ」
その言葉にケネスの額に青筋が立つ。
コイツ…コイツは本当に腹立だしい女だ。
「お前が友達作れよ」
ケネスはフルーリリにそう吐き捨てた。




