21. ポンコツラブストーリー
「アン、どうしたの?具合でも悪いの?」
フルーリリの髪をといている侍女のアンが、珍しく顔を曇らせている。いつも明るいアンが、初めて見せる暗い表情だ。心なしか顔色まで悪い気がする。
正面の鏡越しに見えるそのアンの様子に、フルーリリは心配になって声をかけた。
「…お嬢様。いいえ、どこも悪くはありません。ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません」
「謝らなくていいのよ。何かあったの?」
「実は…」
フルーリリの髪をといていた手を止めて、アンが話し出した。
「最近人気が出始めた新人作家さんの物語を読んでみたのですが、私には合わなかったようで…なんだかその内容に考えさせられてしまうのです」
「物語?それもラブストーリーなの?」
「はい。私の敬愛する作家様をしのぐ勢いと言われる、新人作家さんの代表作なんですけどね。なんというか…そう。ヒーローに魅力を感じられないのです。
顔良し性格良し家柄良しで完璧なヒーローなんですけど、少し周りに良い顔をしすぎている気がするのです」
はぁ、と憂鬱そうにアンはため息をつく。
周りに良い顔をしすぎるヒーロー。
それはつまり八方美人のヒーローという事だ。
「それはいただけないわね」
バッサリとヒーローを切り捨てる言葉に、アンはホッとした顔になる。
「聡明なお嬢様にそう言っていただけて安心しました。みんなはそのヒーローに夢中で、『これ以上にないくらい素敵だわ』と騒いでいるのですが…私にはその騒ぐ気持ちが分からなくて。ヒーローに魅力を感じられない私の方がおかしいのかと悩み落ち込んでいたのです」
流石はラブストーリー狂のアンだ。物語のヒーローにそこまで真剣に向き合えるとは。
『アン、可哀想に…』
夢見る少女の夢を壊す、そんな物語は世に出るべきではないだろう。
「あの、お嬢様。その物語をお嬢様も読んでいただけませんか?ぜひ感想を聞かせていただきたいのです」
アンの頼みに、フルーリリは快く頷いた。
「わかったわ。今から読むから持ってきてちょうだい」
アンを待っている間に、エリックが散歩に誘いに来てくれた。
「ごめんね。今からアンの本を借りて読むの。私の感想を聞きたい物語があるらしいのよ」
フルーリリは申し訳なさそうな顔をして、そうエリックに断りをいれた。
「ふうん。じゃあ僕も今日は一緒に本を読むよ」
そう言ってエリックも部屋から薬草学の本を持ってきて、フルーリリの隣に座った。そして今日という休日は一緒に本を読んで過ごす事にする。
2人は休日、一緒の時間を過ごす事が多いのだ。
アンから手渡された、噂の新鋭作家の物語。
――『こっちを向いて、ヒーロー様
〜私を不安にさせないで〜』
じっとタイトルを見るフルーリリ。
これは…タイトルが既に物語っている。気の多い浮気野郎の物語だと。
フルーリリは厳しい顔になって、黙って本のページをめくっていった。
出逢いは舞踏会だった。
ヒロイン、メリッサは引っ込み思案な少女である。
その運命の日、メリッサは姉について舞踏会会場を回っていたが、途中ではぐれて1人になってしまった。『こんな大勢の人混みの中、1人になるなんて』と、不安げな様子で立ち尽くすことしかできないメリッサ。
そんな彼女を見かけたヒーローのブライアンは、彼女を放っておく事など出来ず、一緒に姉を探そうと手を差し出した。
メリッサは彼の助けで姉を無事見つける事ができ、ホッと安心して微笑みを浮かべ、ブライアンにお礼を伝える。
『気にするな』と彼に微笑み返された瞬間――メリッサは恋に落ちた。
その後また別の舞踏会で2人は再会し、そこでメリッサはブライアンにダンスを申し込まれる。
共にダンスを踊る夢のような時間。優しく紳士なブライアンに恋心は深まってゆく。
―夢心地のメリッサ。
しかしその優しさは、自分だけのものではない。他の令嬢達にも、いつだって彼は優しく親切なのだ。
メリッサは心が締め付けられる。
ブライアンは身分も高く、顔も良い。更に性格も良く、皆に親切だ。彼は完璧なヒーローなのだ。彼を慕う令嬢は多く、いつも女性に囲まれている。
メリッサのちっぽけな思いなど届くはずがない。そう悲観して、毎夜枕を涙で濡らすヒロイン。
『もう彼を想うことを止めよう』そう何度も誓うのに、何か困った事が起きる度に颯爽と現れてメリッサを助けてくれるブライアンへの想いは止められない。
助けられる度に、彼の想いを期待してしまうのだ。
もしも彼の優しさが、自分だけに向けられたものならば――そう願ってしまう自身の醜い気持ちに自己嫌悪に陥るメリッサ。あんな素敵な彼が、自分なんかを見てくれるわけがないのに。
だが実は。ヒーローのブライアンもまた、ヒロインと初めて出逢った舞踏会で彼女に恋していた。
本当は彼の周りにいる令嬢など、彼の目には誰も映ってなどいない。ブライアンはメリッサと2人きりで話をしたいと望んでいるのに、誰も自分を離そうとしないだけだ。
なかなか思いが通じ合わない2人。
メリッサは、とうとう次の舞踏会で彼への想いを断ち切ろうと決心する。
『もう二度と彼の参加する場には行かないでおこう。彼を見ていても苦しいだけ。今夜を最後にするのよ』そんな決意で参加した最後の舞踏会で――なんとブライアンにプロポーズされる。
まさに急展開だ。
『これからは君と2人だけの時間を過ごしたい。皆に分かってもらえるよう、ここでプロポーズさせてほしい』
そんなブライアンの想いを伝える言葉に、涙が止まらないメリッサ。
「ええ、喜んで」
――そのヒロインの喜びの言葉でハッピーエンドを迎え、物語の幕は下ろされる。
〜 END 〜
「え…何コレ。このヒーローは無いわね。誰にでも優しいなんて、誰にでも良い顔を見せたいだけじゃない」
本を読み終わり、モヤモヤとした気持ちをアンに伝える。
「そんな八方美人は、友人としてはアリだけど、恋人としてはあり得ないわね。このヘタレヒーロー、2人で話したいなら、周りに断って2人で話せばいいじゃない。結局みんなに気を持たせようとする人は、いつ浮気するか分からないからダメね。こんなのヒーローとして認める事は出来ないわ。とんだポンコツラブストーリーね」
「お嬢様…!お嬢様はやっぱり分かってくださるのですね。そうです。ヒーローはヒロイン一筋だからこそ、ヒロインに取ってのヒーローと言えるのです」
フルーリリが本を読み終えるのを側で控えて待っていたアンは、安堵と感動で目を潤ませてフルーリリに伝えた。
隣で本を読んでいたエリックは、2人のやり取りと聞こえてくる会話で、フルーリリが読んだ物語の筋に見当がついた。
『恋人としてはあり得ない、皆に優しい八方美人のヒーロー』
――その言葉を聞いて思い浮かべる2人の男。
エリックはフッと冷ややかに笑った。




