5.フルーリリの見つけた居場所
学園生活は思っていた以上に平穏だった。
授業内容は昔勉強した事のおさらいばかりだったし、課題も簡単なものだ。
相変わらずヒロイン候補は見つからないし、ヒロインがいないから悪役令嬢も現れない。
拍子抜けするくらい穏やかな毎日だった。
平穏すぎる日々が流れてゆく。
初めての環境に浮き足だった新入生達も皆、落ち着いた様子を見せて日常に馴染んでいった。
フルーリリももちろん皆と同じく学園に馴染んでいたが、皆とは違うことがあった。
――それはフルーリリに友人がいないことだった。
そう。フルーリリはクラスで浮いた存在だった。
皆は遠巻きにフルーリリを眺めるだけで、声をかける者はいない。
フレドリック公爵子息と、スヴィン宰相子息。
この2人はフルーリリに声をかけようとするが、皆にとても人気がある2人なので、休憩時などにはすぐに大勢の生徒に囲まれてしまう。
2人がフルーリリと話したいと思っても、周りの生徒に遠慮してフルーリリはどこかへ席を外してしまう。
だからフルーリリはいつも1人だった。
フルーリリ自身は、友人がいない事については、あまり気にする事なく受け入れていた。
フレドリックとスヴィンが声をかけようとしてくれる事に実は気づいていたが、周りの令嬢達に2人を譲っていた。
2人のイケメンがフルーリリに話しかける時は、誰もこちらへ来ようとしない。皆が2人と話したいと思っている事を知っているし、フルーリリは1人に慣れていて、大勢の中に入りたいとは思えない。賑やか過ぎる事を好まない自分は、逃げるが勝ちだといつも素早く教室を離れていた。
――まぁね。私はみんなと100年近い年齢差があるもの。
世代が違うと話しにくいのは当然だわ。話題が見つからなくて、気を遣わせるだけだもの。
若者は年長者に構われることを厭うものだ。あとはお若い者同士で、と譲るのが大人の対応と言えるだろう。元々人付き合いをしてこなかったので、寂しいとも思わない。
そうやってフルーリリは、1人でいる事を気にする事なく受け入れている。
それでも時間を持て余す時はあるので、そういう時は魔法科のトーマス・ダランソン先生の研究室へ遊びに行っていた。
ダランソン先生は、フルーリリが5歳の時から魔法を教えてくれている先生だ。
学園の教授なのだが、カスティル家との古くからの付き合いもあって、個人で空いた時間に魔法の授業をしてくれていた。この学園に入学する前に個人授業はなくなったが、学園でいつでも教えてあげようと声をかけてもらっている。
ダランソン先生のことは子供の頃から慕っていたので、遠慮なく魔法科へ足を運んでいるのだ。
「お前、また来たのか」
ダランソン先生の研究室に入ると、先生の助手であるケネスが嫌そうな顔をした。
「いつでもおいで、ってダランソン先生が言ってくれてるもの。今日は人気のお店でお菓子を買ってくるから、一緒に食べようって誘ってもらったのよ。」
ふふとフルーリリが笑うと、ケネスは顔を歪める。
このケネスという男。私のふたつ上で、ダランソン先生をとても慕っている。友人がいないようで、いつもダランソン先生と2人でいたがるのだ。
ケネスは私より歳上だが、私はケネスに対して敬語を使わない。ケネスは平民だから敬語を使わない、という訳ではなく、彼が私に対して敬語を使わないからだ。
タメ口にはタメ口を――私の基本方針だ。(※ただし私より身分が上の者を除く)
私は空気の読める大人なので、上位貴族以外にはタメ口返しを適用している。
ケネスは、同世代の友達がいなくてきっと寂しいのだろう。優しいダランソン先生にすがってしまうのも無理はない。
可哀想ね…
フルーリリはケネスを不憫に思い、ケネスのためにも度々顔を出してあげているのだ。それが子供の心を守る大人の対応というものだからだ。
「お前また何か失礼な事考えてるだろう!本当に腹の立つ奴だな!」
腹を立てるケネスに、フルーリリは『大丈夫よ、あなたにもきっといつか友達ができるわ』という思いを込めて微笑んだ。その同情するような目が、さらにケネスをイライラさせる事にフルーリリは気づかない。
ケネスはフルーリリが嫌いだった。
ダランソン先生は魔法の偉大な師である。
尊敬する師匠に少しでも近づきたくて、日々師匠の元で、魔法研究の助手として師匠に食らいついてきた。ピリピリとした緊迫感あるここでの時間が、自分を磨いていく。そう自分を奮い立たせてここまできたのだ。
なのに。この女は入学してからずっと、この部屋に入り浸るようになった。研究の邪魔になるだけでも忌々しいのに、こいつの俺を見る、憐れみを含んだ目が本当に腹ただしいのだ。
憐れむ――俺を?
最初は頭脳明晰と噂の女が、俺の頭の出来を見下しているのかと思った。だが魔法の才がない女に見下されるいわれはない。
では平民という俺の身分が、伯爵家のお嬢様の哀れみを誘うのかと、貴族を疎ましく思ったがそうでも無いらしい。
どうやらこの女、俺が1人でこの部屋で研究をしている事を憐れんでいるらしい。友人がいないから師匠にまとわりついている、と思い込んでいるようだ。
友人がいないのは確かだが、それは必要ないから作らないだけだ。友人1人出来ず、ここに入り浸るしかないコイツにだけは言われたくない。
しかも魔法を冒涜するかのような願いで、師匠に魔法を使わせる。
「先生。このお砂糖をかけたプリンに、火の魔法をお願いします。キャラメル色になったら止めてくださいね」
「先生。このジュースを、氷の魔法で凍らせてから風の魔法で粉砕してください。今日は暑いのでかき氷にしましょう」
とか言う発言に、あろうことか師匠まで頬を緩ませて応えている。冷酷だと評される師匠なのに見ていられない。
この女は本当に嫌いだ。
「そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫よ。きっとダランソン先生は、ケネスの分も買ってきてくれるわ」
そう声をかけ、安心してというかのように慈愛の表情を向けてくるフルーリリに、ますますケネスはイライラと苛立ちを募らせていった。




