3.脳内乙女ゲームの始まり②
壇上では、スラリと背の高い男子生徒が新入生の代表挨拶をしている。
肩までかかる、さらさらの濃紺の髪。涼しげな顔立ちの眼鏡男子。彼はスヴィン・クリスフォード伯爵家御子息――宰相の御子息様だ。
この新入生代表の挨拶は、入学試験で優秀な成績を収めた者が務める。
今回の試験の最高点を取ったのは、実はフルーリリだった。
しかしその代表依頼の案内状が家に届くと、カスティル夫人は震えた。
――学園の入学式という、シノヴァ国の重鎮達もが出席する場で、フルーリリが壇上に立ち、挨拶を述べる。
皆の前で注目されるフルーリリ―その場を想像するだけで身体が震える。恐怖以外の何ものでもない。その先に続くのはカスティル家の破滅しかないだろう。
そうしてフルーリリの失態を恐れた母によって、代表者依頼は丁重に辞退される事となり、フルーリリも面倒くさい役目を降りる事ができて喜んだ。
このような経過があって、2番目に優秀な成績を納めたクリスフォード宰相子息に代表挨拶の座が移ったのだ。
クリスフォード宰相子息の挨拶を聞きながら、フルーリリは感嘆した。
――クリスフォード宰相御子息様の挨拶は完璧だわ。
これからの学園生活への意気込みが、初々しいまでの健全な精神を持って美しい言葉で表されている。
精神年齢100歳を越える私には、遠い昔に枯れ果ててしまった精神だ。このような言葉は思いつくことも出来ない。彼の紡ぐ言葉で、心が浄化されそうなくらいだ。
やはり本物の15歳は違う。
若いとは、なんと美しく素晴らしいことか――未来ある若者を、フルーリリは年長者の目で温かく見守った。
入学式が終わり、新入生達は自分のクラスヘと移動する。
フルーリリは式で配られた、クラス分けの用紙を確認してAクラスに向かった。
Aクラス――クラスは入学テストの成績順で分かれていて、A→B→C→D→E→F 順の6クラスで1学年が編成されている。
フルーリリは学年トップの成績を収めていたため、当然特別クラスのAとなる。
クラスでの席は指定されていて、最前列の1番端だった。
ここも成績順らしい。
――最悪だ。
クラスでの席は、最後列の窓側が特等席と決まっている。授業に集中していなくても目立たないし、何ならボンヤリ窓の外を眺めて過ごすこともできる最高の特別席なのだ。
だというのに最前列席。とんだ罰ゲームだ。成績最優秀者に対して何たる仕打ち、とんだ所業だ。
前世の席順に対する知識で、今の席を憂いていると、隣に誰かが座った気配がした。
入学試験成績2番目の男、式の代表者挨拶を代わってくれたクリスフォード宰相子息だった。
「クリスフォード伯爵御子息様ですね。ごきげんよう。私はフルーリリ・カスティルと申します。お隣のお席ですね、これからよろしくお願いします」
「貴女はカスティル伯爵家のご令嬢ですね。カスティル嬢、私はスヴィン・クリスフォードです。……私を知っていてくれたのですね」
少し驚いた顔をしてクリスフォード宰相子息が答えた。
「もちろんです。クリスフォード様、先ほどの入学式でのご挨拶、とても素敵でした。背筋が伸びるようなお言葉に聞き入ってしまいましたわ」
フルーリリは、先ほどの挨拶での感動を素直に伝える。
お世辞ではないフルーリリの言葉に、クリスフォード宰相子息は恥ずかしそうに微笑んでお礼を伝えた。
「ありがとうございます。カスティル嬢、よろしければ私の事はスヴィンとお呼びください」
宰相御子息様に名前呼びを許された。
この世界の貴族の常識として、名前呼びは本人の許可がないと呼ぶことが出来ない。名前呼びが許されるということは、『あなたを受け入れますよ』という意味がある。
フルーリリは彼の言葉を少し意外に思った。
クリスフォード宰相子息の涼しげな顔立ちと知的そうな眼鏡に、人を簡単に寄せ付けなさそうなクールなイメージを持っていたからだ。
冷酷に、表情ひとつ変えず悪役令嬢を断罪する宰相子息――あの流行りの小説の登場人物。そこに重なるものを勝手に感じていた。
彼は『宰相子息』という立場だけど、あの小説の腰ギンチャク野郎とは違うのね。
脳内乙女ゲームのスタート日だったし、誤解していたわ。ごめんなさいね。
彼に心の中で謝って、フルーリリも彼の言葉に誠実に対応した。
「お名前呼びを許していただいてありがとうございます。スヴィン様、私のこともフルーリリとお呼びください」
「フルーリリ嬢、こちらこそ名前呼びのお許しをありがとうございます」
そう言って照れたように微笑むスヴィン様は、やっぱり小説の彼とは違うと改めて感じた。
確かに彼は宰相子息だし、頭脳明晰で、イケメンでもある。攻略対象者としての条件を確実に兼ね揃えている、乙女ゲームの世界では絶対に外せないキャラだ。
でも私が理想とするキャラクターではない。冷酷さが足りない。
フルーリリはうぅぅんと少し考え込んだ後に答えを出した。
彼は『性格のいい宰相子息で、聡明なイケメン』という役に決まりね。2人目のヒーローにしましょう。
もう考えるのを手放したような適当すぎる答えを出して、フルーリリはようやく自分の脳内乙女ゲーム設定に納得した。




