18. 精神年齢この世界最高齢を誇る姉は
フルーリリ 12歳
エリック 11歳
「あ、とうとう坊ちゃんの背がお嬢様を越えましたね。」
2人並んで窓辺に立っていたところに、執事長に声をかけられた。
姉には、僕が越える事を許さない絶対領域がある。
人を罵倒する時の言葉と――そして身長だ。
姉が懸念する国外追放、これに備えてシノヴァ近隣の国々の言葉を必死で学んできている。
学びのペースはほぼ同じだし、授業後に分からなかった所を聞き合う、というようなやり取りをした事はない。受けた授業は個々で理解してしまえる。
姉は授業が始まる前に、僕に必ず確認する。
「リック、次の授業に出されている宿題は終わってる?」
姉によると弟というものは、ギリギリまで宿題に手を付けず、泣きながら姉に手伝いを頼るものらしい。
「リリ姉さん、大丈夫だよ。ちゃんと済ませてるよ」
そう答える度に、姉は残念そうな顔をする。
いつまでも勉学で姉を頼ろうとしない僕にじれたのか、姉独自の分野を学び出したようだ。
語学の分野が主だ。
誰もが使う生活用語より、誰もが使う訳ではない言葉―酷い悪口―これならば僕が知るはずがないと、嬉々として調べ教えてくれる。まるで小さな子に勉強を教えるように。
そうして姉は各国の様々な悪口を習得していった。
『お前の母ちゃん、でべそ!』
『このヘタレ』
『少ない頭で考えろよ』
『溶けてなくなりやがれ』
『このシイタケ野郎』
次々と覚えた悪口を、誇らしげに僕に教えてくる。
僕が呆れた様子を少しでも見せると必ず諭してくる。
「リック、いい?悪口はとても大事よ。
国外での平民生活は、リックが想像するより苛烈なの。お上品にしてたら負けるだけよ。相手を激しく罵って、こっちの利益を守るのよ。
悪い言葉で強さを見せつけてやるの」
姉曰く。自分たちの命と利益を守るためには、悪口を言われたら悪口を返すのが当たり前。悪口を言われなくても悪口を言うことで自らを助けるらしい。
――どんな殺伐とした世界だ。
でもまぁそうして僕も各国の悪口を習得していった。
悪口は姉から教えられるもの。そうでなくてはいけないらしい。
その悪口と共に、軽々しく姉を超えてはいけないのが――身長だ。
「リック、ある程度の歳までは、女の子の方が成長が早いものなのよ。リックは早く大きくなりたいって言うけど。
…そうね、リックが12歳になるまでは、私を越える事は不可能ね。でも安心して。いつかはきっと私を越えて背が高くなるわ。ゆっくり大きくなりなさい」
諭すようにそう僕に教える姉は、僕が12歳になる前に身長を越すことはないと固く信じているようだ。
姉曰く12歳という歳は、前世では子供が学校を卒業する歳らしい。
なんだかよく分からないけど、その歳になるまでは身長の話題は避けた方が良さそうだと気をつけていた。
そんな中での執事長の爆弾発言だ。
「あ、とうとう坊ちゃんの背がお嬢様を越えましたね。」
その言葉に姉はビクリと震える。
驚いたように目を見開いた後、眉が下がり悲しげな表情に変わる。
そんな姉を見て、僕は執事長にサッと目線を送る。
「あぁ見間違えましたね。まだまだお嬢様の方が背が高いようですね」
急いで訂正を入れた言葉に、安心したように姉は強張った表情を解き、ホッと息を吐く。
それから僕を見て、可哀想にという目で気遣わしげに声をかける。
「ミルクをたくさん飲むと背が高くなるそうよ。大丈夫。きっとエリックも私を越える時が来るわ」
「ありがとうございます。僕がリリ姉さんを越える時はまだまだ先みたいだね」
そう言葉を返すと、満足そうにリリ姉さんは頷いた。
自称精神年齢この世界最高齢を誇る姉はとても繊細なのだ。
エリックがフルーリリの身長を越えるまで、あと一年。