8. 破滅しかない未来のために
秘密を打ち明けた後、私達は本当に仲良くなり、いつも一緒にいるようになった。
私の話を信じると言ってくれたエリックに、ここが乙女ゲームの世界であり、私が悪役令嬢取り巻き(もしくはただのエキストラ)の可能性がある事も打ち明けた。
もちろん他の可能性もあると考え、お菓子作りをした事や魔法の習得に真剣に取り組んだ、この1年間の出来事も全てエリックに説明した。
「結局私は食の伝道師にはなれなかったし、救世主でもなかったわ。
でもいいの。私が革命を起こさなくてもお菓子は美味しいし、野宿がしたかったわけじゃないもの」
そう言いながらも顔は残念そうだ。
「やっぱり悪役令嬢取り巻きなのかしら…」
そう小さく呟く姉が、とても悲しそうな顔になったので、慌ててエリックは慰める。
「リリ姉さんなら、ヒロインだっけ? そう主役のヒロインにだってなれるよ。
だってリリ姉さんは誰よりも可愛いし。父様も母様も使用人達だって皆、リリ姉さんは眩しい天使だって言ってるじゃないか。
きっとこれから出会う人みんな、リリ姉さんのこと大好きになるはずだよ」
そう言いながら、他の誰かもまた姉を好きになってしまうことに胸がツキリと痛む。
そんな僕を見て、姉はフゥとため息をついた。そして諭すように話しかける。
「リック。家族の言葉を鵜呑みにしてはいけないわ。
冷静に見るのよ。私は確かに不細工ではないかもしれないけど、所詮は平凡レベルよ。
本気の美人は違うのよ。ヒロインの美貌レベルは、国境の山脈より高いの。首を痛める高さに、見上げることも出来ない程のレベルなのよ。そんな危険を含む激しいくらいの美貌に立ち向かえる者なんていないわ。私が太刀打ちすることなんて不可能もいいとこよ。」
言ってることはよく分からないけど。
確実なのは、姉は平凡を越えた非凡レベルの可憐さだ。冷静に見なければいけないのは姉の方だ。
そう懸命に伝えるけれども、深刻な顔をして考え込む姉に声は届かない。
「悪役令嬢と取り巻き達の断罪後は、処刑か国外追放もしくは平民堕ちが相場よ。
今のうちから追放先の可能性のある国々を調べて、どこの国でも平民として生きる力を付けておいた方がよさそうだわ…」
なんだか不穏なことを言い出した。
「決めたわ。私は地理や社会情勢や外国語、そして平民の生活を学ぶわ!お父様に優秀な家庭教師を付けてもらうようお願いしなくちゃ。
あぁそうだ。平民に接するには、手っ取り早く慈善事業に関わるべきね。やることは山積みね。忙しくなるわ!」
そう高らかに宣言すると、止めるのも聞かずに父様の執務室へ走っていってしまった。
執務室に飛び込んできた娘と、申し訳なさそうに後に続く息子を見て、父は驚きながらも2人をソファに座らせた。
使用人にお茶を用意させて、娘の話を聞く。
勉強がしたい。地理を、社会情勢を知りたい。近隣の国々の言葉を学びたい。慈善事業に関わりたい。もちろん魔法の勉強も続けたい。
学びへの意欲を、瞳をキラキラと輝かせて懸命に話す娘を微笑ましく見つめる父。興味を持つこと、学ぶことは良いことだと、早速それぞれの先生を探すことを約束した。慈善事業も、母親に付いて学べばいいと。
息子のエリックも共に学ぶという。
子供達の嬉しいお願いに頬を緩ませ、2人のためにカスティル家特製のチーズケーキを用意させた。
「良かったわね。これで破滅しかない未来にも道が開けるわ。リック、一緒に頑張りましょう!
仮令国外追放されても、平民になっても、学があればより良い暮らしが出来るはずよ」
――勉強しなさい。知識は人生を豊かにするんだよ。
そう優しく口ぐせのように話していた、前世のおじいちゃん。
見てておじいちゃん、私頑張るわ。
エリックは思った。自分が近くで見守らなければ、姉は思いもつかない思想でどこかへ行ってしまう。僕も学ぼう。学んで、姉の良きストッパーにならなくては。
フルーリリとエリックは、これから降りかかるであろう将来の不安要素を払拭する力をつけるために、新たな決意に燃え上がった。