7. 姉の秘密
「えっ!!」
思わず声が出た。
「だから私は本当の6歳児じゃないのよ。エリックも2人でいる時なら、私のことおばあちゃんって呼んでもいいのよ」
おばあちゃん??
――転生者という言葉よりも衝撃的だった。
緩くカーブを描く、腰まで届く柔らかな淡い色合いの金髪。
垂れ目がちな、アクアマリンのような透明感のある薄い水色の瞳。
ミルク色の肌の頬はほんのりと桜色に染まっていて、小さな唇は瑞々しく愛らしい。
僕のことを天使と言ったフルーリリお姉様だけど、お姉様こそ天使のような非凡な可憐さを持っている。
―そんなお姉様におばあちゃん要素は見当たらない。
言葉が出ないエリックに、フルーリリは話を続ける。
「私が転生者ってことは、誰にも言っちゃダメよ。お父様にもお母様にも内緒にしてることなの。
2人だけの秘密よ」
「これはエリックだけに話す秘密よ。エリックだけは私の味方でいてほしいの」
僕にだけ。
その言葉は何だか特別な響きがした。
僕にだけ教えてくれた、フルーリリお姉様の秘密。
僕だけがお姉様の秘密を知っているなんて――それって僕がお姉様の特別な存在になったみたいに聞こえる。
お姉様の話は、正直なところ奇想天外すぎて理解することは出来ない。だけど僕はこの可憐なお姉様を好きになってしまったのだ。
お姉様が喜んでくれるなら、どんな話だって信じようと思う。
「僕はいつでも絶対フルーリリお姉様の味方でいるよ」
『ずっとお姉様の側にいて、必ず味方でいよう』そう自分に固く誓って、姉に僕の気持ちを伝えた。
『リリ姉さん』『リック』
愛称で呼び合おうというフルーリリの嬉しい提案に、2人はもっと近しい呼び方をし合うようになった。
エリックは、ふと思った事をフルーリリに尋ねる。
「前世でのリリ姉さんは、どんな名前だったの?」
僕にリックという愛称をくれた姉。その姉の前世の名前も気になってしまう。少しドキドキしながら聞いてみた。
「えーっと…?」
姉が可愛く首をひねって考えこむ。
うーんうーんと考えたあと、諦めたように答えた。
「不思議だけど、名前が思い出せないわ。結婚した人の名前も、子供の名前も。
でも分かるのよ。確かにみんなと一緒に過ごしてたって。」
そう言って寂しそうな顔になった姉を見て、慌てる。姉を悲しませたいわけじゃない
「今のリリ姉さんには僕がいるよ」
そう伝えると、姉が嬉しそうな顔になってくれてホッとする。
「ありがとう。嬉しいわ」
そうにっこり笑って、話を続ける。
「前世の名前は思い出せないけど。色々経験したことは覚えてるわ。実は私、接客のプロだったの」
急に自慢げな顔になる。
「私、どんなクレーマーだって上手に対処していたわ。クレーマーの言葉は、所詮相手が言いたいだけの、意味のない言葉よ。申し訳なさそうな顔で聞き流せるかどうかが勝負なのよ。
プロは『申し訳ございません』って謝りながら、『この店を出たとたん雨に降られて濡れネズミになるがいい』とか思う事が出来るのよ」
姉はそこで言葉を切って、暗くクククと小さく笑った。
クレーマー?濡れネズミ…?よく分からないけど、なんだか楽しそうだ。
そう思っているエリックに、姉が更に自慢げに話す。
「前世の聞き流しの能力を使って、お母様のお小言も聞き流すことができるのよ。
お母様が鬼のような顔で怒る説教のプロなら、私は聞き流しのプロよ。
――ただ、お母様の説教はいつまでも続くから、持久力戦になっちゃうし、勝負は五分五分ってところかしら」
少し恥ずかしそうに笑う。
聞き流す能力――聞いたことがない能力だ。
でも姉は嬉しそうだし、姉の不思議な言葉を聞き流すことも大事だろう。
こうして義弟エリックは、見た目天使で残念な姉の、予想もつかない言動に振り回される人生を歩んでいく。