21.彼こそがヒーロー
「フルーリリ様、お待ちになってください。お話ししたい事がございます」
久しぶりに呼び出しを受けたようだ。
フルーリリは立ち止まって振り返る。
そこには生徒会役員のミリアム嬢が立っていて、フルーリリにとって意外な人物に思えた。
『はて?』とフルーリリは首をかしげる。
呼び出しとはヒーロー絡みが必然だ。
だけどミリアムは生徒会役員の男達を既に攻略し終えているし、ミリアムにとってのヒーロー達とは、もうずっと話していない。
もちろんフレドリックとスヴィンは同じクラスで席も近いが、最近の彼らはいつも疲れ切っていて、長い間挨拶程度の仲なのだ。
黙って自分の思考の中に入っているフルーリリに、ミリアムが苛だったように声をかける。
「フルーリリ嬢、いい加減にしていただけませんか?
先日のセオドア王子の来訪まで邪魔をして、恥ずかしいとは思わないのですか?ワロア国の王族の来訪に、生徒会がどれだけ力を入れてきたか…!
セオドア王子の話すワロア語を、生徒会の皆に通訳する事もせず、自分1人だけの名誉にするなんて、本当に最低ですわ!」
『ヒーロー絡みではなく、王子絡みだったのね。面倒くさい事を言い出したわ…』
フルーリリは心の中でため息をつく。早く話を終わらせて、研究室に行こう。
「王子の案内は、私が望んだ事ではないですし…。ワロア語を理解したいのであれば、ミリアム様もワロア語を学んでみたらいかがでしょう。では失礼しますね」
フルーリリがそう静かに話し、場を離れようとする様子を見せると、ミリアムの声のトーンが変わる。
「貴女はいつもそう。私達が苦労して用意してきたものを、いつもそんな涼しい顔でメチャクチャにしていくのよ。貴女は身勝手過ぎるわ。貴女がいなければ、私はもっと皆んなに認められているはずだったのに!」
ミリアムの目つきがおかしい。
どうやら生徒会の仕事の疲れでまともな判断が出来なくなっているようだ。
ポケットから出した手に、光る物が見える。
いきなりの急展開に驚くが、人は追い詰められると思いがけない行動に出るものだ。
『これはマズイわね。本気で私にいなくなってほしいと思っているようね』
そう冷静に目の前を判断するが、フルーリリは動くことが出来なかった。
悪口は対抗出来るが、暴力は無理だ。逃げるにも、運動神経が無さすぎる。
怠け者バンザイ、貴族バンザイで、身体を動かしてこなかったツケがここに回ってきたようだ。
向かってくるナイフは避けられないけど、ダランソン先生のお守りはある。
フルーリリはブローチに手を伸ばし、ボタンを押す。
だけどミリアムは止まらない。
『ああ、これはもう駄目ね。ここで人生が終わったら、次は何歳で目覚めるのかしら』
そんな場違いな事を考えながら、近づいてくるミリアムから逃げる事も出来ず、立ち尽くすしか無かった。
ナイフが届きそうになった瞬間、フルーリリの目の前にケネスが現れ、ミリアムが横に転がる。
目の前での一瞬の出来事が信じられず、フルーリリは目を丸くする。
「お前は何やってんだ!何ぼんやり突っ立ってるんだよ!馬鹿め!」
ケネスはそう怒鳴ると、力尽きたようにその場に座り込んだ。
「……え?ケネス、大丈夫?」
慌ててフルーリリが声をかけると、ケネスが力なく応える。
「テメェ…大丈夫な訳ねえだろうが。こっちは死にかけてるのに、転移までさせやがって。…クソッ、傷が開いた。おい!シェリー、そこにいんだろ!この役立たずめ!早く治療しろよ!」
ケネスの声にシェリーが瞬間移動で飛んでくる。
「しょうがないでしょう?私だって毎日回復薬作りで死にそうなのよ。見てよ、ここ!吹き出物ができたのよ!」
「……早くしろ」
ケネスの低い声に、ブツブツ言いながらシェリーが治療をする。
しばらくすると、ケネスがはぁと小さく息をついた。――どうやら傷が治ったらしい。
「ごめんね、ケネス。大丈夫?」
フルーリリがケネスの顔を覗き込むと、ケネスはじっとフルーリリを見つめた。
「……無事ならいい。そのために渡したネックレスだ」
「この石は、ケネスが来てくれる石だったのね。すごく不思議な石ね。冷たくなったり温かくなったりするのよ」
「………」
フルーリリの言葉に、ケネスは黙ってしまった。
シェリーがケネスの様子を面白がって口を挟む。
「あら、フルーリリったら知らないの?魔法使いが長い間身につけていた魔石は、その魔法使いそのものになるのよ。その石に温度があるなら、それはケネス自身よ。冷たい時は死にかけた時じゃないかしら?温かい時は―」
「黙れ」
シェリーにそう吐き捨てる。
「気持ち悪いなら外しとけ。近くに置いておくだけでも効果はある」
その顔は、いつもの反抗期のような不機嫌顔だ。
――石が冷たい時は死にかけている時。
さっきミリアムから庇ってくれて怒鳴られた時、石は熱かった。あれは怒りだろうか。
熱かった石は、今はとても冷たくなっている。だけど怪我の治療も済んだし、ケネスは元気そうだ。
この冷たさは、緊張――?
私の返事に緊張しているのかしら?
フルーリリはそこまで考えて、素直に今の気持ちを伝える事にした。
「気持ち悪いはずがないわ。これからもずっと身につけておくつもりよ。来てくれてありがとう、ケネス」
――石が温かくなる。
目の前のケネスの表情は変わらない。不機嫌な顔のままだ。
だけどこの石がケネスの気持ちなのだろう。
『私はケネスが好きだわ』
自分の気持ちがストンと心に落ちる。
あまりに自然に受け入れられた自分の気持ちに驚くほどだ。
座りこんだまま、しばらく黙っていたケネスが、立ち上がってフルーリリの前に立つ。
「おい、この左耳のお前のイヤリング。左耳に付ける石は、忠誠を誓う石だ。……お前が無事でいないと、俺は仕事をしてても落ち着かねえ。
俺はお前に忠誠を誓うよ。俺を側に置いてくれないか。一生側でお前を守らせてくれ」
――石が熱を持つ。
これは怒りではない。きっと強い願いだ。
こんなに強く自分を守りたいという願いは、忠誠ではないはず。それなら答えは決まっている。
「ケネス、忠誠はお断りするわ」
――石が冷たくなる。
「私は忠誠じゃなくて、ケネスの愛を望むわ。愛を誓って、私を愛する想いで一生側にいて欲しいの。
ケネス、好きよ。私、貴方のこと愛しちゃったみたいね」
瞬間ケネスに抱きしめられる
「……誓う。俺はお前に愛を誓うよ。一生お前を愛して、一生お前の側で守ってやる」
耳元で囁くケネスの声が震えている。
――石も熱く震える。
フルーリリの心も熱く震えていた。
ケネスの腕の中で、自分がずっと探していた場所はここだったと理解する。
フルーリリはやっと答えが見つかったのだ。
私の人生は、ケネスがヒーローの物語だった。
なかなか気づく事が出来なかったけど、ケネスにいつも会いに行ってしまっていたのは、ここに答えがあったからだ。
ネックレスの、小さな石の色にとても惹かれた。
気がつくといつも服の上から石に触れてしまう。
誰もいない研究室で1人ソファーに座り、『早く帰って来ないかしら』と思いながら待つのはケネスだった。
こんなにも想っていたのに、今までどうして気が付かなかったのだろう。
「ケネス、大好きよ。ずっと会いたかったの」
フルーリリも小さく囁いた。