20. 王子様はヒロインを攫っていく
シェリーの出航の日がきた。
あの運命的な出逢いを果たした後、シェリーとセオドア王子はすぐ互いに強く惹かれあった。数日という短い間に心を通わせ、王子の帰国に合わせてシェリーも共にワロア国へ向かうこととなったのだ。
フルーリリは1人、港までシェリーを見送りに行った。
生徒会の役員達も見送りを検討したようだが、あまりにも片付けなければならない事が多く、時間が合わなかったようだ。
王子自体も見送りを遠慮した為、シェリーの親友であるフルーリリだけが見送りに訪れた。
「シェリー、セオドア様と本当に行っちゃうのね。2人で幸せにね。……寂しくなるわ」
フルーリリはシェリーの幸せを願っているが、いざ別れの時が来ると、とても寂しくて離れがたい想いがした。シェリーと繋いだ手を話せない。
寂しそうに自分を見ながら手を離そうとしないフルーリリに、シェリーは微笑む。
「いい?フルーリリ。ちゃんと自分の気持ちに向き合いなさい。貴女の答えはもう、貴女の中に既にあるはずよ。早く素直にならないと、せっかくの恋が逃げてしまうわよ。私はフルーリリにも幸せになってほしいのよ」
――私の答え?
シェリーの言葉に目を丸くするフルーリリを見て、シェリーは『しょうがない子ね』というように眉を下げる。
そしてフルーリリの頬に手を当てて、優しく微笑んだ。
「じゃあね、私の親友。フルーリリ、貴女のこと本当に大好きだったわ。国は離れるけど、きっとまた会えるわ」
「シェリー、私も貴女が大好きよ。また会える時を楽しみにしているわ」
フルーリリの言葉にシェリーは綺麗な笑顔を見せた後、王子様と一緒に船に乗り出航していった。
どんどん小さくなってゆく船を見て、フルーリリは大切な何かを失ってしまったかのような、大きな喪失感に襲われた。
それは胸を引き裂くような痛みで、その時やっとフルーリリは自分の気持ちに気づいた。
「私はシェリーが大好きだったんだわ…」
呟く自分の言葉が自身に刺さる。
今気がついた。
私はシェリーの事が大好きだった。
それはアンが日頃話すような「愛」なのかはよく分からないが、それに近いと確信できる。
私はこの先もずっと、彼女の側にいたかった。彼女だけは側にいてほしかったのだ。
シェリーはこの世界の物語のヒロインだ。
私はきっと彼女の攻略対象者だったのだろう。
それに気づく事が遅過ぎて、攻略されているにも関わらず、ヒロインを攻略するための努力を何もしてこなかった。
気づいた時には、ヒロインは王子様を攻略していたし、王子様もヒロインを攻略して連れ去ってしまった。
私は役立たずの当て馬に落ちていた。
もう二度と会えないとまででは言わないが、簡単に会える距離でも身分でもなくなった。
自分は気づくのが遅すぎたのだ。
「シェリー、行かないで…」
すでに小さくなった船に呼びかける。
もうヒロインはいない。涙が溢れて止まらない。
フルーリリは悲しくて、悲し過ぎて泣き出した。
溢れる涙を止めることは出来ないし、以前号泣した時に涙を拭いてくれたシェリーはもういない。
フルーリリは見えなくなっていく小さな船を見ながら、ただみっともなく1人で泣くことしか出来なかった。
ストーリーはエンディングをすでに迎えてしまったのだ。
『フルーリリ。ちゃんと自分の気持ちに向き合いなさい。貴女の答えはもう、貴女の中にすでにあるはずよ。早く素直にならないと、せっかくの恋が逃げてしまうわよ』
シェリーが別れ際の言葉が、心に刺さる。
『そうね、シェリー。流石ヒロインね。
貴女の言葉は正しかった。
私の恋は逃げてしまったみたい。今はまだ涙は止まらないけど、シェリーの幸せは願っているわ。
さようなら、シェリー』
そう心の中で、フルーリリはシェリーに最後の声をかけた。
ずいぶん泣いた後に学園に戻り、フルーリリは研究室のソファーに座っていた。
泣きすぎて腫れてしまった目で授業に出ることも出来ず、腫れた目を治してくれるシェリーもいない。
またフルーリリは1人になってしまったのだ。
1人でぼんやりとしていると、研究室の扉がバアァンと豪快に開いた。
そこにはシェリーの首元を掴んだダランソンが立っている。
「ダランソン先生?え?…シェリー?」
「おお!フルーリリ嬢、久しいのぅ。遊びに来てくれておったか」
嬉しそうにダランソンが声をかける。
「先生、お帰りなさい…?シェリー、セオドア様とワロア国に向かったんじゃなかったの?」
「聞いてよ、フルーリリ!みんな酷いのよ!」
シェリーが嘆く。
「ダランソン師匠ったら急に船に現れて、私の事男だってセオドアに言うのよ。……私はこんなに可愛い女の子なのに!
セオドアもセオドアで、戸籍が男だってだけで、私を捨てたのよ!信じられない。私を弄んだのね。あんなの男のクズよ!」
「お前…!!回復魔法を毎日届ける契約をしとるだろう!1人逃げようとしても無駄じゃ。とっとと作らんか!!お前のせいで大師匠が機嫌を悪くして暴れとるんじゃ!!」
ダランソンがこれまでになく怒りを見せている。
魔法使いにとって、契約は絶対だ。それは魔法を学んでいたフルーリリにも分かる。それにロンも怒らせたようだ。
『シェリー、今の任務が嫌だったのね。契約違反は重罪だから、王族に守ってもらおうとしたのね…』
フルーリリはシェリーの思惑に気づく。
泣きながら回復魔法を作るシェリーを見て、フルーリリは密かにホッとした。
こうやって落ち着くと、自分がシェリーにとっての攻略者だと思い込んだのは、間違いだった気がする。お別れの場面は、人を感傷的にするものだ。
ついうっかり雰囲気に流されてしまったようだ。
精神年齢100を越える私とした事が、情けない。
それでもシェリーは親友だ。ずっと側にいてほしいと思う。
また以前の毎日が戻ってくるような気がして、フルーリリは心を弾ませた。
胸元のネックレスの石は、今は冷たい。
その存在感を感じながら、フルーリリは服の上からそっと石を押さえた。