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18.周りにいない弱ったみんな


ケネスのくれたネックレスの石は、その時々で変化を見せる物だった。冷たくなる時もあれば、温かくなる時もある。

魔力で作られたチェーンは肌触りが良く、控えめな石は邪魔にならない物だったので、フルーリリは眠る時もずっと身につけていた。


今まで、目の前にいない誰かを想うような事が無かったフルーリリだが、身に付けた石が少しだけ変化を見せる度にケネスの事を思い出した。

もうあれから何日も経つが、連れて行かれた3人もバイロンも戻ってきていないし、エリックは相変わらず忙しそうで、フルーリリは1人だった。


そっと服の上から石に触れる。

『早く帰って来ないかしら』

そんな事を考えながらフルーリリはため息をついた。




1人で過ごす日々が続くある朝、フルーリリは朝食を取ろうと部屋を出た時にエリックと顔を合わせた。

いつもフルーリリが起床する頃には家を出ているようなので、エリックの登校時間にしては今日はかなり遅い時間になる。

遅いと言っても、学園の門が開く時間でもなく、一般学生が登校するような時間ではないのだが。



「リックおはよう。今日は少し遅いのね」

「……おはようリリ姉さん。今日はどうしても起きれなくてね。少し寝坊したんだ」

そう話すエリックの顔は、朝だというのに疲れが出ている。声にも生気がない。


以前は朝食も登校も一緒だったが、エリックが生徒会役員の仕事に忙しくなってからは、顔を合わせる事がほぼ無くなっていた。

学園からの帰宅も遅く、深夜を回る時もあるらしい。深夜どころか、そのまま誰かの屋敷に移って徹夜になる事もあるようだ。

これはカスティル家の執事から聞いた話で、フルーリリが直接聞いた話ではない。もうずいぶん顔を合わせてもいないので、お互いの話が出来ていなかった。

こんな事は、2人が姉弟となってから初めての事だった。



エリックの顔をじっと見つめる。

顔色が悪く、見るからに疲れているようで心配になる。

「リック、大丈夫?とても疲れた顔をしてるわよ。生徒会のお仕事はまだ落ち着かないの?」


「ああ…近くシノヴァ国に、ワロア国から使節団が来るだろう?その時学園にワロア国の貴賓を招待する事になったんだ。『我が学園をぜひ知ってもらいたい』とミリアム嬢が学園長に掛け合ってたみたいで、それが通ってしまってね。貴賓を迎える準備に忙殺されて、もう最悪なんだ…」

ウンザリした顔で吐き捨てるように話すエリックに、以前の余裕が見られなかった。

きっと相当に大変な思いをしているのだろう。


「そう…。それは大変ね。リックはワロア語が話せるから、通訳者に任命されそうね」

「そうなんだ。僕が通訳者で、生徒会役員の皆で学園を案内する事になったんだ。案内するルートから生徒会活動内容の説明まで、用意する事が多すぎて終わりが見えないよ…」

エリックの話す声に力が無い。

どうやら本当に疲れ切っているようだ。


フルーリリは優しくエリックの背を撫で、玄関まで彼を見送った。

「リック、行ってらっしゃい。あまり無理しないでね」

弱々しく微笑んで、エリックは馬車に乗り込んでいった。






放課後、研究室で1人フルーリリはソファーに座っていた。


研究室の扉を開ける時は、いつも期待してしまう。

扉を開けたら、迷惑そうにこちらを見る顔が、今日こそは見れるのではないかと思ってしまうのだ。

だけど今日もまた研究室には誰もいなかった。


研究室に来る前に保健室にも寄ってみたが、そこにシェリーもいなかった。

以前当たり前のように側にいた人達は皆、どこか遠いところにいるのだ。

エリックも側にいない。



身に付けている石が冷たくなった。

変化する石に、どこかにいるケネスを思い出す。

『お仕事はいつまでかかるのかしら。お菓子を届けたいけど、魔法の袋もケネスに渡しているし、届けてくれる人もいないわ』


ソファーに座りながら、そんな事をボンヤリと考える。





どのくらい時間が経っただろうか。

研究室の扉が静かに開き、シェリーがヨロヨロと入ってきた。


「シェリー!」

シェリーの姿を見た途端、シェリーに駆け寄る。


「お帰りなさい!会えて嬉しいわ。…酷い顔ね、疲れてるのね。お菓子を用意してるわよ。早く甘いものを食べて元気を出してね」

嬉しそうに話しかけるフルーリリに、シェリーが弱々しく微笑む。


「フルーリリ、久しぶりね。…本当に散々だわ。私は討伐から一時的に抜けたけど、こらからも大量の回復液を作って毎日届かないといけないのよ。とりあえず甘いものをいただくわ…」


シェリーも今は疲れ果てているようだ。

蜂蜜たっぷりの甘いミルクティーを淹れて、たくさんのお菓子をシェリーの前に並べた。


シェリーは黙々とお菓子を食べ続けて、やがて落ち着くと、ケネスに渡していた魔法の袋を取り出し、フルーリリに預けた。


「ねえ、フルーリリ。回復液を届けるついでに、貴女のお菓子をケネス達に届けてあげるわ。あの子達、本当に大変な場所にいるのよ。手紙も書いてあげると元気が出るかもしれないわよ」


「分かったわ。すぐに用意するわね!シェリー、ここで休んで待っていて」

張り切って部屋を出ていくフルーリリを見ながら、シェリーは少し休むために目を閉じる。


本当は自分もまだ、あの地獄のような場所から抜けられなかった。『毎日回復薬を大量に届ける』という条件で、ケネスが自分をダリルから解放してくれたのだ。

それはシェリーを想っての事ではない。

ダリルの動きを用心したケネスが、フルーリリの身が危なくないよう付いておけと魔法で契約を結ばせたのだ。


あの場から抜けられるなら、異存はない。

『抜け出させてくれた事に感謝するわ。あの子のお菓子と手紙は、私からの餞別よ。感謝しなさい』

――とりあえず今は少し眠ろう。

目を瞑ると同時に、シェリーは深い眠りに落ちた。



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