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おねがい

作者: 泡盛もろみ

家から少し歩いたところにある長い長い階段。

それを上ると見えてくる神社。

そこに行けばいつもあの子に会える。


僕には幼馴染の女の子がいる。

神社に行くときは、いつでも遊んでくれる。

初めて会った時のことはもう記憶にない。

気がついたら一緒に遊んでいた。

昔の遊びをよく知っていて、僕に教えてくれることが多かった。

彼女は自称「神様の子供」だ。


この神社は恋愛成就の神様を祀っているらしい。

彼女にもその力の片鱗があって、人の「好き」「嫌い」の感情の強弱を少し操作できる。

彼女のおかげで僕はピーマン嫌いを克服できた。


ある年の11月、例年通り彼女の母親が遠くへ出かける時期。

そのとき、テストの点数が悪くてむしゃくしゃしていたこともあってか、僕は悪ふざけで彼女に提案してしまった。

「お母さんの代わりにみんなのお願いを叶えてあげたら?」


---


私のお母さんは神様で、恋愛を成就させてくれるって言われてる。

ずっと神社から出られないけど、最近はお友達が遊びに来てくれる。

私は私の使えるちょっとの力で、その子のピーマン嫌いをなおしてあげた。


彼ももう大きくなって高校生になったけど、たまにお話にきてくれる。

私が神様の子って最初は信じてくれなかったけど、打ち明けたとき、どおりでいつまでも同じ見た目だなって、気味悪がらないで笑い飛ばしてくれた。

外に出られない私に、学校での生活とか、お友達のおかしな話とか、色々教えてくれる。

昔は私がいろいろなことを教えてあげたのに、いつのまにか逆転しちゃった。


ある年の11月、毎年のようにお母さんが出雲へお出かけにいく1週間と少しの間のこと、彼が私にこう言った。

「お母さんの代わりにみんなのお願いを叶えてあげたら?」


私はいつも疑問だった。

お母さんくらいの力があれば誰かに誰かが好きになるよう気持ちを動かすことくらい簡単なはずのに、なんでそうしないのか。

神社にくる人のお願いを聞いても、全然力をつかわない。

たまに使ったかと思えば、もう両思いの人にだけ。

それって「恋愛成就」なのかな?

だから私はこの機会に、みんなを好きでいっぱいにして、好きな気持ちに困ってる人をなくして、お母さんに一泡吹かせてやるって気持ちになっちゃったんだ。



一人目の参拝者のお相手は、会社の同僚だった。

二人目の参拝者は部活の先輩、三人目はクラスメイト。

全部わたしがその気持ちを”成就"させてあげた。

私の力を使えばこのくらい簡単なのだ。えっへん。


願いを叶えてあげると、なんだか胸のあたりがポカポカとあったかくなる。

みんなもこんなふうにポカポカした気持ちだといいな。


何日かしたあと、彼のお友達っていう男の子がやってきた。

バスケ部の女の子が好きだけど、その子は他の男の子が好きなんだって。

何人かに力を使ってみてわかったのは、他の人が好きな人っていうのは、ちょっとお手伝いしただけじゃ気持ちを動かすのは難しい。

私にできるかなぁ?


---


女バスのエースのアイツが気になってる。

でもアイツは男バスの部長が好きらしい。

俺はアイツのバスケに一生懸命なところが好きだ。

朝練も、部活の後の自主練も、頑張りすぎてテストの点が低くて顧問の先生に怒られて、あわや親呼び出しからの部活禁止されそうになってるところも、そういうアイツの姿を見ているうちにいつのまにか惹かれていた。

男バスの部長が嫌なやつだったらよかったのに。

俺はアイツに振り向いてもらえるような人間である自信がない。部長にも勝てる気がしない。

そんなとき、友人の家の近所の神社の噂を聞いたんだ。

「お前の家、近所なんだろ?本当に効果あるのか?」

「ああ、最近頑張ってるみたいだよ」

頑張ってる?変なやつだな、今に始まったことじゃないけど。


学校から電車で20分ほど離れたところにその神社はあった。

昔ながらの神社って感じで長い階段があって、上りきった頃には運動部の俺でも少し息が切れていた。

あまり疲れを見せていない友人に誘われ、手水?を済まし、参拝の作法を教えてもらう。よく知ってるな、こいつは。

しかしいざ参拝するとなると、なんてお願いしたらいいんだ?気恥ずかしい。

二礼二拍手一礼だったか…?なんだか動きがぎこちなくなる。

(神様、お願いします。俺はアイツに好きになってもらいたい。俺はアイツが好きなんだ。アイツの頑張ってる姿をみてきた。元気をもらってきた。アイツと付き合えますように。)

ちょっと真剣に拝みすぎたか?なんて振り返ると友人がこっちをみて動画を撮りながら笑っていたのでコラァっと怒ってスマホを取り上げデータを消しておいた。



---



ご友人からの気合の入ったお願いももらったので、そのお願い、叶えてあげましょう!

よし、あの子だな。

どれどれー?あの子はそっちの子が好きなのね。

よしよし…ぐぬぬ…これは難しいですね…。

でも私にかかれば大丈夫!

グッと力をこめて、ホラっ!あの子はもうこの子のことが好き!

どうだ!みたか!私の力はすごいんだぞ!

きっと明日にはこの子とあの子がくっついて、胸のあたりがポッカポカ。


満足げにしている私に、友人を見送って戻ってきた彼が一言私に呟いた。

「あのさ、もし同じ人を好きな人が何人もきたら、お前はどうするわけ?」

「えっ…?」

頭が真っ白になるってこういう感じかな。全然考えてなかった。そうか、そういうこともあるんだ。

「えっとね、それはね。」

私が答えに悩んでいると

「わるい、意地悪だったな。ごめんな。」

彼はそういって帰っていった。

なんだったんだろう…。彼もあの子が好きだった…?



次の日、いくら待っても胸のポカポカはこなかった。

彼の昨日の言葉も気になる。

あの子はちゃんと友人のことを好きになっているはず。

その気持ちは見えているから大丈夫だと思うんだけど。


夕方、また彼とご友人がやってきた。

ご友人はなんだか悲しそうな顔をしている。

とぼとぼ歩いてきて呟いた。

「神様…。俺が悪かった。だからアイツを元に戻してくれ。」

そう言われて、私はびっくりした。

そしてさらにびっくりすることに、ご友人はその場で泣き崩れてしまった。


「アイツが、アイツが変わっちまってさ、ちがうんだよ、俺が好きになったのはあんなアイツじゃないんだよ。俺が、俺が自分で頑張らないですぐに神頼みなんかしたからバチが当たったのかな、ごめんよ神様、俺が悪かったよ、だからさ、戻してくれよ、アイツ、あんなのアイツじゃないんだよ」

その後も何分間か、泣きながら、私にはわからない何かを一生懸命伝えてきた。


なんで?両思いになって幸せポカポカじゃないの?

どうして?あの子は好きになってくれたんだよね?

わからない。何か悪いことをしてしまったのかな?


---


朝学校に行った俺は、ちょっとワクワクしていた。

あの神社、効き目あんのかな?

神様なんて普段信じちゃいないのに、我ながらこう言う時ばっかり都合がいいぜ。

朝練で見るアイツはいつも通り元気だなって、そう思おうとしたけど、なんかちょっと違った。

練習に身が入ってないな。

神様に何かされたせいで病気にでもなったか?もしそうなら許さねーぞ神様。

朝練終わり、アイツとクラスメイトの会話に耳を尖らせる。

「大丈夫?なんか調子悪い?練習集中できてなかったみたいだけど。」

「あ、うん…。なんか、なんで今までバスケ頑張ってたんだろうって、突然なんかよくわからなくなっちゃって。」

「えー?しっかりしてよ、エースなんだから。練習試合もあるのに風邪とかやめてよね。」

アイツがバスケに集中できない?バスケ馬鹿だったのに?

よいせっと自分の荷物をもって教室へ向かおうとすると、アイツと目があった。

「おう!」

神頼みのことを意識してか、いつもよりちょっと元気になってしまった挨拶に、アイツは顔を赤らめて目を逸らしながら答えた。

「おう…。」

ゲェッ…まさかそんな反応をされるとは…。

これが神頼みの効果か?もう出てるのか?

アイツ、こんな感じだったか…?


それからも、1日アイツの調子は悪そうだった。

何をするにも違和感があるみたいで、それをいちいち確かめているような、そんな感じだ。

毎日そんなにじっくりアイツのこと見てるわけじゃねーよ?今日は特別だ。

だってさ、なんかアイツ、いつもと違うんだ。

今日のアイツは、俺が今まで見てきたアイツじゃなかったんだ。


「おい、昨日の神社の話だけどよ、あれ本当に効果あんの?」

「何言ってんの?あるから今日のアイツ、あんなにおかしいんでしょ。誰が見たって何かあったってわかるレベルだよ。」

あまりに心配になって友人に尋ねると、ジトっとした目で見返され、深いため息をつかれてしまった。

「あのさぁ…。人の気持ちを変えるってどういうことかわかってる?」

「は?気が変わるとか?気分じゃねーの?」


そいつから答えを聞いた俺は、自分の軽はずみな行動に後悔しながら、すぐに神社へと走った。


簡単なことだと思ってたんだ。2つ並んだお菓子のどっちを選ぶかとか、そういうことだと思ってたんだ。

だから簡単に好きになって欲しいとか言えたんだ。

「でもさ、ちがったんだよな。好きって、自分の根っこにある経験とか、考え方とか、人格から滲み出てくるものだったんだよな。だからアイツ、変わっちまった。俺の全然知らない人間に変わっちまった。」

今の”好き”が変わるために、根っこから人間が変わっちまってたんだ。

俺の好きだったアイツって、アイツの好きな部長のために頑張ってる、そういうアイツだったんだ。

そうわかったとき、少し虚しくもあったけど、諦めがついたっていうか、アイツを一番輝かせられるのは俺じゃないんだなって思った。

「だから、お願いだ。元に戻してくれ。自己中で自分勝手なのはわかってる。それでもお願いだ。アイツを元に戻してくれ…。」


---


元に戻す?そんなことを言われても困る。そんなことできない。

人を好きにさせるって幸せなことじゃなかったの?

言われていることは全然ピンとこないけど、やっちゃいけないことをやっちゃったようなそんな気がした。


どうしよう、私はいったい何をしたんだろう。

私はあの子の"好き"をいじったとき、"何を好きになるか"だけ考えていて、そのために何を変えたかなんて覚えていない。

きっとあの子の中でのいろんな感情とか思いの結びつきとか、そういうものを引っ掻き回しちゃったんだ。

元に戻すってどうやるんだろう。

私は今までいったい何をしてきたのか、自分の力が怖くなってきた。


慌てふためく私に、突然お母さんの声が聞こえた。

「少し目を離すとすぐ悪さをして。やっぱりまだ子どもね。」

「お母さん?見てたの?助けて!私何かやっちゃったみたい!」

「”何か"…?もう少し反省して欲しいんだけど、自分が何をしちゃったのかわかる?」

お母さんは少し怒ってるみたいだった。

「私、この力のこと何にもわかってなかったみたい。人間の気持ちを変えるなんて簡単だと思ってた。ねぇお母さん、なんとかしてちょうだい!」

「大丈夫、あなたが反省してくれたのならなんとかしてあげる。」

そういってお母さんは私の頭を撫でてくれた。


「あなたね、これで2回目なのよ。」

「え?」

「そこにいる彼、彼のピーマン嫌いを治してあげた時のこと、覚えてる?多分あなたが初めて力を使ったのはあの時よね。」

「うん、ピーマン好きになったでしょ?」

「あの時、彼はピーマンが食べられるようになった代わりに、甘いものが食べられなくなって困っていたのよ。」

「え?!」

そんなこと聞いたことなかった。

「やっぱり聞いてなかったのね。彼なりの仕返しなのかしら。だとしても今回のはちょっと悪趣味ね。」

お母さんは一人で納得すると、彼と友人の方へと向かい、彼と何か話をしたあとで、友人の背中を慰めるように撫でながら、私があの子にしたことを”なかったこと"にしてくれた。

そしてもう一度私のところへきて言った。

「神様ってね、なんでもできちゃうの。だからなんにもしないのもお仕事なのよ。」


---


「おい、もう大丈夫だよ。治ったってさ。」

泣きながら神様にお願いする友人に、声を掛ける。

「は?なんでそんなことわかるんだよ。」

「大丈夫。もう大丈夫だよ。さっき泣いてるお前の後ろに神様が見えたんだ。」

「馬鹿か?お前。そういえばこないだも神様が見えるとかなんとか言ってたよな。やっぱ頭おかしのか?」

今回は僕も悪かったんだ。少しくらい汚名を被ろう。

「でもまぁ、言われてみりゃ少し背中があったかい気もするな。一回泣いたらスッキリしたわ。クソ恥ずかしいけど。」

「駅まで送るよ。明日もまだアイツがおかしかったら、治るように頭ぶん殴ってやろう。」

「んなことしたら俺がお前のことぶん殴るわ。」


一旦友人を駅まで送り、もう一度神社に戻ってきて神様に謝っておいた。

「さっきのこと、ごめんなさい。あの子はいつも楽しそうにしてて。テストの点が悪くてむしゃくしゃしてる時に、それがちょっとイラッとしちゃって。あなたがいないことをいいことに、けしかけちゃいました。」

「自分から謝れることはいいことよ、少年。」

神様は笑って許してくれた。

とても反省している。きっとあの子なら失敗するって、そう思ってたし。実際、何人もの気持ちをいじったところで、人の気持ちとか、人と人との交わりとか、そう言うものに興味をもった風にはみえなかったから。

「ところでピーマンの時の話、しなかったのね。」

「あの子に失敗だったって思わせたくなくて。でも伝えてあげてたら今回みたいなことにもならなかったんでしょうね。」

「そうね。わかったら次からはあの子の教育にもう少し力を貸してちょうだい。神様って人間からしたら本当になんでもできちゃうし、なんでもアリだから、人間のこと何にもわからないの。あの子はこれからそういうことをもっと知らなきゃいけないのよ。」

「僕はそのための教材ってわけですか。」

もしかしたら今回のこともわかっていて僕を泳がせたのかもしれない。

神様はにっこり笑うだけだった。


「そうだ、友人からアイツへの好意を少しくらい消してやったりしたんですか?失恋確定みたいだし。」

「そんなことしないわよ。重い失恋もいい思い出なんじゃないかしら?」

どっちが優しいんだろう?

失恋したことのない僕にはまだわからない問いだった。


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