四角いそれは
四角いそれに閉じ込められているのは、過去の『記録』に過ぎない。
だから、今を生きている自分には、それがどれほどの価値なのか分からない。
その時、俺が考えていたことは、これから犯罪を起こしたら刑罰が重くなるんだろうなぁということくらいだった。
何故、親が喜々としてそれを残そうとしたのか分からない。
わざわざ面倒だし、そんな記録を残すのも面倒だと思った。
「待て、敬介。すぐに済むから、大人しくしていろ」
「ええっ~。良いじゃあねぇか、こんなの残さなくても。これから俺達は飲み会で、武志達を待たせているんだからさぁ」
「いいから、少しだけだ」
「はぁ~。分かったよ、親父」
スマートフォンの機能を使い、私は息子の姿を記録に残す。
一枚の、四角いそれの中に。
「ほら、もう良いだろう! じゃあ、行ってくる。お袋、昨日も言ったように、晩飯はいらないからな」
息子は元気に走っていく。
その先には、沢山の友達の姿がある。
大学での勉強もきちんとしているようであり、生意気にも最近、彼女ができたと言っている息子。
私はスマートフォンに表示される、袴姿の息子の姿に感極まっていた。
「あらっ、涙ぐんじゃって」
そう言う妻は、私以上に涙ぐんで、目の端からそれを零していた。
ここまでやり遂げた大切なパートナーを、私は人目も憚らずに抱き寄せる。
私の時とは違い、成人年齢が十八歳に下げられても、うちの街ではこうして二十歳を祝う。
成人式という名称ではなくなってしまったが、旧前のそれに慣れている私達には、今日のこの日こそが一つの区切りだった。
カメラからスマートフォンに。
昔とは違う媒体になろうとも、この四角に収められたその姿は、そこに映し出されるものは『記録』であり、そして、『記憶』だった。
成人したての時には何も分からなかった自分も、今なら分かる。
人の親に成り、子供が大人になるまで育て上げたからこそ、あの時の両親の気持ちが理解できるのだ。
今日というハレの日をあの子が迎え、この一枚が今ここに存在するという事柄が、どれほど尊いのかが。
ここまで育てるまでの、長いようで短かった時間が蘇ってくるのだ。
(きっと、親父もこんな気持ちだったのだろうな……)
父は既に黒縁の四角に入ってしまったため確認はできないが、確信がある。
あの時、涙を零さんばかりに喜んでいた親父の顔を思い出すと、そうとしか思えないのだ。
きっと、息子には、敬介には、今日という日を収めたこの一枚は、まだ『記録』に過ぎないのだろう。
何故なら、年月を経て、その記録は『記憶』という深みを持つのだから。
今日はこの腕の中で声を抑えて泣く妻と一緒に、沢山の思い出が込められたアルバムを見ながら蘇らせようと思う。
息子の成長と、子育てに奮闘した私達の思い出の込められた、四角い、その記録と記憶の中でも、特に輝くこの一枚を加えて。