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うでのとれたクマのぬいぐるみ

作者: ゆずさくら

「きらいよ!」

 もこちゃんは言いました。

「もこちゃん」

 もじゃもじゃ髪の毛の、パパが言います。

「もこちゃんは、新しいぬいぐるみが欲しいんだね。だけど、こんなことしちゃ『くまくん』かわいそうだよ」

 もじゃもじゃしたパパの髪の毛が、揺れました。

「嫌いったら、キライ」

 もこちゃんはパパを力一杯、押しました。

 押されたパパは、『くまくん』を持ったまま、部屋をでます。

 いままでずっと、もこちゃんと一緒にいてくれた『くまくん』は腕が取れていました。

 パパは自分の部屋に戻ると、机の上に『くまくん』を置きました。

「『くまくん』ずいぶん汚れているなぁ」

 パパはそう言うと、何かを探して、部屋を離れていきました。




『いてて』

 クマのぬいぐるみは、言いました。

 取れてしまった、右腕をみました。

『もこちゃん、ひどいよ』

 右腕と、右腕がついていた場所から、綿が出ていました。

『僕の右腕、治るかな』

 その時、風が吹きました。

 強い風に、くまくんは、目を閉じます。

『いてて、目にゴミが入ったよ』

 目のゴミが取れて、くまくんが目を開けると、右腕がなくなっていました。

『僕の右腕』

 くまくんは立ち上がりました。

『探さなきゃ』

 机の近く、窓が開いています。

『右腕は、窓から、外へ飛んでいったのかもしれない』

 くまくんは窓からそとへでました。

 辺りを探しますが、右腕はありません。

 くまくんが、探しながら外を歩いていると、ねずみに出会いました。

『ねずみくん、僕の右腕を見なかった?』

 ねずみは、首を横に振ります。

『君の右腕は、見なかったな。けど、代わりなるものは持っているよ』

 ねずみは鉄で出来た、強そうな腕を持っていました。

『強そうな “腕“ だね。それ、僕におくれよ』

 くまくんは、綿が出ている、右腕の付け根を見て、そういいました。

『いいけど、代わりにチーズをおくれよ』

『僕、チーズなんて持ってないよ』

 くまくんは、チーズを食べたことがありません。

『お家の冷蔵庫にあるよ』

『お家の冷蔵庫に?』

『ねぇ、取ってきておくれよ』

 くまくんは、頷きました。

『わかった』

 くまくんは、お家に戻ります。

 お家に戻ると、くまくんは鏡に映った自分の姿を見ました。

 鏡の姿に、強そうな、鉄の右腕をつけた姿を想像します。

『どうだ、もこちゃん、僕は強いんだぞ』

 くまくんは、首を傾げました。

『そうだ、チーズだ』

 くまくんは、お家の冷蔵庫にいきました。

 冷蔵庫は、高くて、引き出しや扉がたくさんありました。

『どこにチーズがあるんだろう』

 くまくんは、一番下の引き出しを開けました。

 ありません。

 くまくんは引き出しに上がると、その上の引き出しを開けます。

 そこにも、ありません。

『寒いよ、早くしないと』

 冷蔵庫から冷たい風が吹き出しています。

 次の引き出しに上がると、冷蔵庫の扉を開きました。

 なかには、たくさんのたながありました。

 上から二段目の棚に、チーズと書かれた箱をみつけました。

 くまくんは、片腕で頑張って上ると、チーズの棚にたどりつきました。

『やった! チーズだ』

 くまくんはチーズを持ち上げると、チーズの重さでよろけてしまいました。

『うわっ、おちる!』

 棚を踏み外したくまくんは、冷蔵庫の高い棚から、落ちていきます。

 落ちていくと、冷蔵庫の引き出しにぶつかりました。

『いてっ!』

 引き出しにぶつかり、くまくんは跳ねました。

 更に落ちていきます。

『いてっ、いててっ!』

 くまくんは、落ちていく途中で、チーズの箱を手放してしまいました。

 チーズはあちこちに飛んでいってしまいます。

『チーズ、チーズが!』

 くまくんは、落ちて床に倒れてしまいました。

 体のあちこちを、引き出しにぶつけたせいで、中の綿が、飛び出しています。

 くまくんは、辺りを探し回ると、床に落ちたチーズをひとつ、見つけました。

『よかった』




 ねずみにチーズを見せると、言いました。

『たった一つかい』

『チーズと交換。そう約束したよ』

 ねずみは何個欲しいとは言っていません。

 ねずみは、仕方なく、強そうな、鉄の腕をくまくんに渡しました。

 くまくんは、嬉しそうに強そうな鉄の腕を、右肩につけました。

『どうだ強そうだろう』

 右腕は硬くて、重くて、叩かれたら痛そうです。

『強いクマのぬいぐるみ。もこちゃん喜ぶぞ』

 ねずみがそう言うと、くまくんは首を傾げました。

『僕、強ければ良いのかな』

『そんなの知らないよ』

 ねずみはそう言うと、チーズを持っていなくなってしまいました。

『やっぱり違う気がするぞ』

 くまくんは、風が吹く方へと歩き出しました。

 右腕は、風に飛ばされたと思っているからです。

 歩いていると、今度はイヌと出会いました。

 イヌは散歩の途中で、柱におしっこしていました。

『イヌくん。僕の右腕見なかった?』

『強そうな右腕があるじゃないか』

『これはねずみくんから交換してもらったものなんだ。僕の右腕を探しているんだよ』

 イヌは、くまくんの右腕に噛みつきました。

『何するの!』

『この右腕をくれ』

『いやだよ、助けて』

 イヌはくまくんを咥えたまま、走り出しました。

 公園までくまくんを連れてくると、腕をはなしました。

『代わりの右腕と交換しよう』

『代わりの右腕?』

 イヌは木のそばにいって、土を掘り始めました。

 掘ったところから出てきたものを咥えて、くまくんのところに戻ってきます。

『どうだ。とっておきの骨だ。軽くて丈夫だぞ』

 くまくんは悩みました。

『分かった。交換しよう』

 くまくんは強そうな右腕を取り、イヌに渡します。

 イヌは、咥えてきた骨を、くまくんにつけてあげます。

『うん。軽いし、歩きやすい』

 くまくんは、骨の右腕を振ってイヌと別れました。




 くまくんは、お家に向かって歩いていると、後をつけてくるものに気がつきました。

 足音がないので、くまくんは振り返らずに立ち止まりました。

『ねこくんだね?』

『バレたか』

 ねこは塀の陰から、パッと降りてきました。

『くまくん、その右腕、僕にくれないか?』

『いやだよ、軽くて動きやすいんだ』

『イヌくんから逃げる時、その “骨“ があると便利なんだよ』

 くまくんは考えますが、右腕が無いと歩きにくいし、綿がどんどん出てしまいます。

 ねこはキラキラ光る板の前に、くまくんを連れていきます。

『ほら、見てみなよ、その右腕、くまくんには似合わないよ』

 板は鏡のように、くまくんの姿を映します。

 右腕は、左腕のほど長くなく、丈夫で硬いけれど、曲がりません。

 板の中に、ねこの顔が見えました。

 ねこはニヤリと口を動かします。

『ね?』

 くまくんは悩みます。

『ほら、僕の背中に乗って、代わりの右腕の隠し場所に連れていくから』

 ねこはお腹をつけて、背中を低くします。

 くまくんは、悩みながら、ねこの背中に乗りました。

『しっかりつかまって』

 そう言うと、ねこは、勢いよく塀に飛び乗りました。

 そのまま細い塀の上を走ります。

 くまくんは、振り落とされないように、しがみついています。

『高いよ、怖い』

『大丈夫』

 ねこは塀を降りました。

 しばらく歩くと、知らない家のすみっこに、ダンボール箱がありました。

『待ってて』

 くまくんは、ねこの背中を下りました。

 ねこはダンボールの中に入り、ガサゴソと音がした後、戻ってきました。

 咥えているのは、鳥の羽がいっぱいついた紐でした。

『えっ……』

 骨の右腕と、ねこの持ってきた羽がついた紐を交換しました。

 ねこは言います。

『ピッタリだよ。似合うよ』

 右腕はフニャフニャで、思うように動きません。

 ねこは言います。

『回してみてよ』

 くまくんは、色々と考えながら、右腕を回します。

 羽が、飛ぶようにぐるぐる回ります。

 くまくんは楽しくなってきました。

『面白いね、これ』

 もこちゃんが喜ぶかもしれない、くまくんは思いました。

 ねこは、くまくんの羽を目で追っています。

 ねこの目の玉が、右、左、右、左、と動きます。

 体も羽を追いかけるように、立ち上がってきました。

『痛い!』

 ねこが、くまくんの右腕、手の先の羽を引っ掻いたのです。

『ごめん、ごめん。こんなに楽しいんだから、この右腕でいいよね』

『……』

 ねこは、嬉しそうに骨を咥えてダンボール箱に入っていきました。




 くまくんは、ねこのように塀を越えられないので、グルグルと大回りして塀の外に出ました。

 お家に帰ろうと道を歩いていると、カラスの夫婦が目の前に降りてきました。

『くまくん、それはどうしたの?』

 くまくんは何のことかわかりません。

 もう一羽のカラスが言います。

『くまくん、それは私たちのものよ』

『もしかして、この右腕のこと?』

『そうよ、いつの間にか無くなっていたの』

 くまくんは、右腕は猫と交換して手に入れた話をしました。

『ねこ…… そうか、やっぱり、ねこが取って行ったんだわ』

『返してくれ』

 カラスの夫は、クチバシでくまくんの右腕をつかんできます。

『右腕が無いと僕も困るよ、ねこくんが取ったんだから、ねこくんに話してよ』

『これはもともと、私たちの巣に置いたクッションだったのよ』

『いやだよ』

 カラスは羽を広げました。

 その姿は、くまくんより大きく、強そうに見えます。

『いいから返せ、他人のモノを勝手に右腕にするなら、君も泥棒だぞ』

『やめて!』

 右腕を咥えたカラスは、そのまま羽ばたきました。

 くまくんも一緒に、空へ上がっていきます。

『返してよ!』

 紐を咥えていないカラスの妻は、そう言うと、くまくんに、爪を向けて来ました。

『痛い!』

『返してってば!』

 カラスの鉤爪で体をつかまれ、強く引っ張られると、くまくんの右腕は取れてしまいました。

 カラスは、そのままくまくんをつかんでいた爪を放します。

 下にはたくさんのお家の屋根が見えます。

 翼のないくまくんは、空から落ちていきました。

 同時に、右腕の付け根から綿が抜けていきます。

 もうだめだ、くまくんは目を閉じました。




 もじゃもじゃ髪のパパは、家の外で『くまくん』を見つけました。

 見上げると、パパのお部屋の窓が見えます。

「あそこから落ちたんだな」

 パパはくまくんを拾い上げると、お家の中に入れました。

 お部屋に戻ると、机の上にあった右腕を当ててみます。

 そうです。

 右腕は部屋にあったのです。

「うん。こんな感じかな」

 くまくんの体に綿を足して、針と糸を取り出すと、右腕を縫い合わせました。

「そうだ」

 もじゃもじゃ髪のパパは、くまくんをお風呂に連れていきます。

 洗剤を入れた桶で、くまくんを洗うと、水を切って吊るしました。

「かわくまで、そこで待っててね」

 お風呂場で干され、乾いたくまくんは、再びパパに連れられていきました。

「……寝てるな」

 部屋の中にはもこちゃんがいました。

 もこちゃんは、ベッドの上で寝ています。

 パパは、もこちゃんのベッドに、くまくんを置きました。




 もじゃもじゃ髪のパパは、お部屋を出ていきました。

 くまくんは、それを見て立ち上がりました。

『パパさん、ありがとう』

 くまくんは、パパの出ていった方にお辞儀しました。

 しばらく頭を下げた後、今度は、もこちゃんの顔をみました。

『ねぇ、もこちゃん。なんで僕の腕を千切ったんだい?』

 もこちゃんが呼吸をしている口と鼻に寄っていきます。

『もこちゃん。僕、すごく痛かったんだよ』

 まだ少し湿気っている僕の体で、この鼻と口を塞げば……

『もこちゃん…… 僕はもう、もこちゃんと一緒に暮らせないの?』

「くまくん……」

 もこちゃんは言いました。

 起きていたのか、と思い、くまくんは慌てて “ぬいぐるみ“ に戻りました。

「くまくん…… ごめんなさい」

 もこちゃんは、夢の中でくまくんに謝っていたのです。

 閉じた目の端から、涙がつたい、こぼれました。

 再び、くまくんは立ち上がりました。

『……そんな』

 くまくんは自分の両手を見つめます。

 この手が何をするためのものか、考えました。

 強い鉄の腕。

 軽くて丈夫な骨の腕。

 くるくる回って、楽しい羽の腕。

 どれも素敵だったけど…… くまくんは、何かが違う気がしていました。

 そうだったのか。

 くまくんは、何かを思いました。

 ゆっくりと、もこちゃんに近づいていきました。

『もこちゃん。ありがとう。それと…… ごめんなさい』

 くまくんは、右手でそっと、もこちゃんの頬に触れました。

「くまくん……」

 もこちゃんの手が、くまくんを抱きしめます。

 くまくんは、それからもずっと、もこちゃんと一緒に暮らしました。




 おしまい




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― 新着の感想 ―
[良い点] ぬいぐるみの修理ができるパパさん、かっこいいです。 この後で万一のことがあっても、直してくれそう。 くまくんは、ずっともこちゃんといられますね。
[一言] わらしべ長者、とはいきませんでしたね。 くまくん腕が戻って良かったです。 これからは大切にしてもらってね。
2022/12/17 13:13 退会済み
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