SORA プロローグⅠ
エピソードα そらのうた
春の柔らか日差しを浴びて、少年は草原歩いていた。すぐそばの川から水の音がするが、少年の耳には届いていないようだ。
少年の背丈よりも高い草花が辺り一面に生えている。少年はその草原を歩き、家で飼っているカナヘビの餌を探していた。
近頃の少年の日課は、餌となるバッタやイナゴを虫かごいっぱいに捕まえて家に帰ることだ。
大抵、少年のお母さんや姉はいい顔をしない。「うわあ、それ、絶対に家の中で逃がさないでね。」と姉にきつく言われるのは、いつものことだ。
いつも餌を探す草原は、家から自転車で10分ほど走ったところにある。まあまあ大きな川があり、川から少し地面の上がったところには大きな公園がある。その公園は、平日はお年寄りたちが東屋の下で談笑をし、休日は子供連れの夫婦や地元の少年たちが、遊具やグラウンドで思い思いの楽しみ方をする。
公園から河原にかけて続く大きな石段に、少年は腰を下ろした。肩にかけていた虫かごを目の高さまで持ち上げて、「今日も大漁、大漁。」と満足そうにうなずいた。
西の空には夕日が輝いていた。目の前を流れる川がキラキラと夕やけ色に輝いている。
この公園は最近建てられた建売住宅に囲まれている。耳を澄ますと、赤ん坊の泣き声が遠くから聞こえてきた。草原を揺らす風からカレーの匂いがする。少年の腹の虫がぐうと鳴った。
そろそろ帰ろうと思って少年が立ち上がると、川の方から人の声が聞こえた。女の子の声だ。
少年はそろり、そろりと川の方へ歩み寄った。女の子の姿は背丈の大きな草に隠されていて見えない。声のする方へ近づいていくと、女の子は歌っているらしいことが分かった。
少年は立ち止まり、女の子の歌声に耳を澄ませた。
「こわくないね ふたりはいつも いっしょだからね 」
女の子は一人だった。少年の聞いたことのないメロディーだ。すると、
「違うよ。ふたりはずっと、だよ。アヤは歌詞を間違っているよ。」と女の子が静かに言った。すると、再び女の子が
「そうなの?セナはきおくりょくがいいんだねえ。」と言った。先ほどとは違って、おっとりとした口調で。
少年がこっそり女の子の方へ近づき、彼女の姿を捉えた。河原の浅瀬にある足ぐらいの大きさの石の上を一人で歩いていた。綱渡りでもしているかのように両手を広げ、軽やかなステップで無造作に並んだ石を踏む。そして女の子は再び歌い始めた。
遠くでお寺の鐘の音が聞こえ、少年ははっとした。もう六時だ、はやく帰らないとお母さんに叱られてしまう。少年は女の子をもう一瞥して、河原を離れた。
帰路につき、自転車を飛ばしているときに少年はさっきのことを思い返した。一人で歌っていた不思議な女の子は、ここらへんに引っ越してきた子なのだろうか。もしそうなら、明日学校で会えるかもしれない。
少年は期待に胸を膨らませて家に帰り、そして悉く母と姉に叱られたのであった。