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第2章 やられたらやり返してもいい 4

「なので改めて伺います。彼らに危険が及ばないかどうか確かめたいの。──追っ手が来ないなら、いったいなにが来るの?」

「──ヘイゼル」


 いつの間にか、彼の雑草を抜く手が止まっていた。ヘイゼルがレタスの葉を摘み取る手も。


「君は俺に直接質問をぶつける気になったわけだね。真実が知りたいと」

「そうよ」

「なら、ちゃんと俺の目を見て尋ねるべきだ。顔も見ないで相手の本音を聞きだそうなんて、無理だから」

「そうね……ごめんなさい」


 彼が言っていることは筋が通っていた。

 ヘイゼルは心の中で少しだけ覚悟を決めてから、隣にいる彼の顔を見上げる。


 滑らかな頬の線と鋭角なあごのラインは相変わらず美しい。黒く艶のある髪は斜めに頬に落ちて、目元に陰影を作っている。何度見ても、どきっとするほど力のある目元だった。


 彼は憤慨しているのかと思ったが、そうではなかった。真顔だけれど険しさはない。茶化すことなく真剣に受け止める表情だった。


「君が怒るのも道理だ。不審がらせてすまなかった。改めてご質問にお答えする。俺たちをかくまっていることで、どこかの追っ手が来ることはあり得ない。俺たちを追って誰かがここにやってくることも」

「そうなの?」

「そうだ。だからそこは安心してくれていい。──俺が保証するよ」


 あっ、とヘイゼルは思った。

 胸の中で張りつめていたものが、溶けていく気がする。まっすぐにぶつかっていけばこの人はまっすぐに応えてくれる人なのだ、そう思った。


「他にも、なんでも聞いてくれていいよ。できるだけ率直に答えるから」

「うん……」


「確かに俺は君たちにすべてを話していない。だがそれは隠しごとをするためというより……そうだな、俺自身迷っているから、なんだよね」

「なにを迷ってたの?」

「そうだねえ、どうするべきなのかと思ってね」

「どうするべき……」


 ヘイゼルが鸚鵡返しに言うと、アスランは自嘲気味にちょっと笑った。


「帰ったら、もう迷えないからね」


 それは答えになっていない、と思った。それからすぐに、答えにならないのはきっと彼自身、考えがまとまっていないからなのだと。


「あの、どうしたいのか言ってみたら?」


 アスランがけげんな顔になった。ヘイゼルは続ける。


「どうすべきかって言ったわよね。そうじゃなくて……本当はどうしたいと思っているのか言ってみてよ」


 アスランがまばたきをする。

 片方が琥珀の、もう片方は神秘的なグレーのきれいな瞳で。


 聞きたいことは本当はいくつもあった。どうしてそんなきれいな瞳の色なの。いつも私のことを見てやさしく甘く笑うのはなぜなの。あなたは一体どこから来たの、どう見ても農民には見えないのに、雑草を抜く手つきが慣れているのはどうして。ジャジャはああ見えて近衛の一族なの。月に一度王都へ行くのは、私のことを報告するのと、その対価に金銭を賜ってくるのと、王都でしか手に入らないものを買い求めるのと、その他に、剣の稽古をつけてもらうためでもあるのよ。そのジャジャと互角に打ち合えるあなたはいったい何者。


(あなたは、本当は誰なの)


 だけどそのどれもが些末なことで、一番大事なことではない気がしていた。

 だからヘイゼルは一番大事なことから先に口にした。


 一番大事なこと。それは、互いにとって最も優先順位の高いことだ。ヘイゼルの一番の疑問は先程彼が答えてくれた。それならば、彼にとってもっとも大切なことについて次は話すべきではないだろうか?


「もしあなたが迷っているなら……幸いここには私の他に誰もいないわ。誰にも聞こえない。だから、声に出して言ってみたら?」

「──声に」


「そうよ。声に出すとか、紙に書くって大事なことなのよ。自分の気持ちが整理できて、理解が深まるわ。私もよく、読んだ本のことをジャジャに話すの。本当は嫌がられてたってことは、この間知ったけど……」

「専門的すぎたからでしょ、内容が」

「そんなことはないって私は思うんだけど!」


 力を込めて言ったら、笑われた。


「じゃあ、今度は俺に話してみたら。聞いてみてあげるよ」


 その言い方ってなんかいや、とヘイゼルは唇を尖らせた。

 それはともかく、と再度話をもとに戻す。


「自分の本音を無視しているから、どれも選びたくないものばかりになって迷うんでしょ。まずは本音を言ってみたら?」

「うーん、俺の本音か。美しいうら若い女性の前で言うのはちょっとねえ」

「なによそれ」

「俺の本音は汚いから」


 さらりと言われて、その重みに気がつかないわけではなかったが、ヘイゼルも同じくらいさらりと返した。


「汚くてもいいじゃないの?」

「えっ?」


「汚い気持ちときれいな気持ち、そのどちらかしか人の心には存在しないのかしら? 存在してはいけないのかしら? ──私はそうじゃないと思うわ。聖人君子じゃないんだもの、生身の人間なんだもの、どちらもあって当然で、あったからといって責められるようなことでもなくて、だけどその片方しか認めまいとするから迷ったり、つらくなるのじゃないかしら」


 アスランは黙って聞いている。


「どちらにせよ、自分の本音がどれほど汚かろうと、ずるかろうと、それを否定したままではどこにも進めないんだもの。認めたうえで、そのうえでどうしたらいいかって考えないと、答えはいつまでも出ないんじゃないかと思うの」


「やり返したい」

 ヘイゼルが言うのをしばらく彼は聞いていて、やがてぽつりとそう言った。


「やり返す」

「そうだ。やられたことはきっちり倍にしてやり返すのが俺の望みだ。子供っぽいと言われようと、我慢が足りないと思われようと構わない。なによりも、相手が二度とあんなことを俺たちにしようと思わないように」


 そして言ってしまってからすぐ、ふっとため息をついた。


「だけど、それだと復讐だ」

「復讐、いけないこと?」

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