第十四章 光
途中から、セフィア視点に変わります。
「レン、見つかったわよ、コップが」
『………そうっすか』
「…………? どうしたの?」
『いや、さっきからずっとステータスが変わり続けてて頭が追い付かなくてさ………』
「あら、ステータスを閲覧できるようになったのね」
よかったじゃない、と、検討外れなことを言ってくるセフィア。
いや、そこじゃないだろ。
俺が聞きたいのはそっちじゃなくて、ステータスが変わり続ける理由だよ。
『で、なんでステータスが変わり続けるんだ?』
「なんでって、魔物を倒してるからでしょ」
『え?』
「いやだから、魔物を倒したら経験値が入るでしょ? それでレベルアップしたんじゃないの?」
『そこには納得したから!! さっきの「え?」っていうのは、なんで探し物してるセフィアが魔物を倒しているのか、疑問に思ったからだよ!!』
「ああ、それはコップを探す仮定で魔物は全部吹き飛ばして来たからよ」
つーか、そもそもなんでコップなんかがあるんだ?
普通に考えてあり得ないだろ。
「今までにこのダンジョンに迷い混んだ人はどうなったと思う?」
『……っ!? まさかその人達の荷物から………?』
「ええ、そうよ。失望した?」
『………いや、この際自分が生き残るためだから、仕方ないと思う。けど……あんまりいい気分じゃないな』
「誰だってそうよ。現に私だって今嫌々荷物を漁ったんだし」
『………悪い』
「ああいや、そういうつもりで言ったわけじゃないから気にしなくていいわよ」
『でも、セフィアに死体漁りみたいなことをさせたのは事実だ。だから、謝らせてくれ。ごめん』
「………これでこの話は終わり。異論は認めないわ」
『ああ、分かった』
「じゃ、早速水を集めるわよ」
あ、ああ………
何をするんだ?
やっぱ、水をドバーッ!!だろうか。
しかし、俺の期待とは裏腹に、セフィアはコップを地面に置いて、何かを待っていた。
『………何してんの?』
「何って、水を集めてるのよ」
は?
「だからコップの内側を冷やして水を集めてるの」
コップを冷やして?
………ああ、結露か?
「正解」
なんか集め方がいちいち頭いいな………
いやでも結露だと、かなり時間がかからないか?
「そうね」
これを喉が渇く度にするのか?
「………それはいささか合理性に欠けるわね」
………こいつ、頭がいいのか悪いのかよく分からん。
でも、他に水を集める方法ってあるのか?
「あるけど………今のあなたじゃできないわよ?」
じゃあ俺ができるようになるまでの間、セフィアと代わればいいだろ。
「まあ……いいけど」
じゃ、決まりだな。
で、どうやって水を集めるんだ?
「こうやって」
そう答えながらセフィアが手を掲げると、そこに淡い光が灯り始めた。
その指先に、徐々に水が集まり始める。
ある程度集まったところで、水をコップへと移す。
コップの中で揺れる水面はキラキラと輝いており、水質も透明だった。
「終わったわよ」
セフィアがそう言うと淡い光は儚く消えていき、ダンジョンの薄暗さが戻った。
その光景をセフィアが使っている体を経由して見ていた。
とても……………神秘的で、幻想的な光景だった。
初めて魔法を見たから、という要因もあるだろうが、他にもそう感じた理由はいくつかあるだろう。
言葉にするのは難しいが、今後、このダンジョンを抜けるまでは、光を目にすることはないだろうと思っていた。
いや、実質諦めていた、と言ってもいいだろう。
このダンジョンに骨を埋めることになる可能性も考えたくらいだ。
当然、ここから抜け出すつもりではあるが、セフィアの『ここから抜け出した人間が皆無である』という話を聞いてしまうと、最悪の可能性まで考慮してしまう。
………だからだろう。
余計に、儚い灯りが綺麗に感じた。
今まで見た何よりも、綺麗だと思った。
……………気付けば、俺は元の状態に戻っており、体が自由に動かせるようになっていた。
それでも、俺は呆然と立ち尽くしたままだった。
『………レン?』
セフィアから呼ばれ、返答しようとするが、返事ができなかった。
そこで初めて、自分の瞳が霞んでいることに気が付いた。
頬に触れると、自分でも驚くほどに濡れていた。
そして、自分が泣いているということを理解した瞬間。
日本で起きた電車との衝突事故の苦痛、唯一の家族とも呼べる桜と会えないという孤独からの不安、周りには自分の命を狙ってくるモンスターだらけという生存危機からの恐怖、これら全てが蓋をしていた心の片隅から溢れてきた。
「ひっぅ……ッ…………あぁぁ……」
涙を止めようとしても止まず、更に溢れだしてくる。
「………うっ……ひぁぁ…………あぁ……うあぁぁあ…………ひぅッ!!」
『れ、レン!? どうしたの? だ、大丈夫……?』
「……あっぐ………ひぃ……あああぁぁッ!!」
泣いても泣いても止まない涙。
涙を流す度に、日本の友達、学校、そして唯一の家族である、桜との記憶が溢れてくる。
「うっ……ぅ……あぁぁぁぁ!!」
◇ ◇ ◇
今まで私は、レンのことを精神の強い人間だと思っていた。
何せ、いきなり別の世界に転移して、そこで死にかけるという理不尽な仕打ちを受けたというのに、それでも生きることを諦めずに足掻き続けているからだ。
いや、精神が強いということに変わりはない。
精神力が並みの人間であれば、見たこともない化け物から殺しかけられた直後に、そのダンジョン内を歩き回ろうとは思わないだろう。
それは、いくら天使と契約していたとしても、だ。
だから、レンの弱音を聞くことはないと思っていた。
それどころか、涙を流す姿を見ることになるとは、想像すらしていなかった。
レンの、元いた世界での友人や、唯一の家族とも呼べる妹との思い出が、私の頭の中へと流れ込んできた。
それは、とても暖かい記憶だった。
流れ込んでくる記憶を見ているだけの私も、暖まるほどに。
ズルい……………そう思った。
ただ……………
不思議と、憎悪の感情は抱かなかった。