第九話 修行という名の暴力
「ぎぃゃぁぁああああああ!!」
『大丈夫だから、ほら戦うわよ!』
「どう考えても、こんなの無理だろ!!」
俺は後ろにいる熊モドキに背を向け、全力で逃走を図っていた。
この熊モドキ、昨日追いかけられたあの熊と同じ種族に属するモンスターだ。
え、何?
何で逃げるのかって?
いやいやいや、待ってほしい。
俺は昨日、コイツの仲間に追いかけられたんだぞ。
そりゃあもう一生癒えることのないほどのトラウマを植え付けられたんだぞ!!
『逃げちゃったらレベル上げにならないわよ』
分かってるよ!!
次は戦う、ちゃんと戦うよ!!
けど…ねぇ………やっぱ初めてだし、倒せるわけないじゃん。
そう考えたら自然と体が逃亡を始めると言うか……
『ふーん………ま、いいわ。とりあえずさっさと殺りに行くわよ』
だからそれが無理だって言ってんだろ!!
俺みたいな人間が出来ることじゃないってこんなの!!
ナニが『さっさと殺りに行くわよ』だ。
そんな簡単に出来たらこの世の誰もが苦労しねぇよ!!
『それは言い過ぎでしょ』
いいや、言い過ぎじゃない。
契約するとき自分を圧倒的上位の存在だとか言っていたが、そういうヤツには分かんないんだよ、俺たち人間が如何に弱いか。
『まぁ確かに、人間と話すのはあなたが初めてだから人間のことはよく分からないわ』
えっ、お前人間と話したことないの?
なのにあんな偉そうに俺に命令してたのか!?
もっと人間と関わったほうがいいぞ、どれだけ俺らが弱いかが分かる。肉体的にも、精神的にも。
『いや、まあよく知らないのは事実だけど、あんたは別よ。天使と契約してるんだから』
言っただろ、精神的にも弱いって。
どれだけ強い力を持っていたとしても、結局のところ心は人間のままなんだよ。
まあ、もちろん例外もいるけど。
『ふーん』
納得してくれたか?
誰もが簡単に生き物を殺せるわけじゃねーんだよ。
俺も血を見るの好きじゃないし……
『そんなこと言ってるような場合じゃないでしょ。あなた、死ぬかもしれないのよ』
ですよねー……
まあ、とりあえず試してみるからちょっと見てて。
『ちょっと見ててって……あんたねぇ、戦闘経験一切無いんでしょ』
うん、そだよ。
『だったら動きとか知らないんなら、ズタボロにされて御陀仏ってのがオチよ』
………間違ってはないけどなんかムカつく。
じゃあどうすればいい?
その動きを教えてくれる人とかも、ここにはいないぞ?
『いるじゃない』
どこに?
『ここに』
まさか……お前のことじゃないよな?
『いや、私だけど』
…………
大丈夫なのか?
自慢じゃないが、俺は人から説明を受けるくらいじゃそういう動きとかは覚えられないぞ?
『私もあまり説明するのは得意じゃないわ』
じゃあどうするんだよ。
『こうする』
セフィアがそう答えた瞬間、俺の足元の影が動きだし、まるで鏡を見ているかのように俺の姿へと形成されていく。
とても立体的で、もう一人自分がいるみたいだ。
………で、なにこれ?
『〈分身体〉っていうスキルよ。んじゃ、早速始めましょ』
俺の分身(?)がビクリと震える。
分身体が閉じていた目を開くと同時に、右手を俺の顔面めがけて突きだしてきた。
「おわ!!」
超スレッスレで避ける。
しかし分身体の攻撃はこれだけにとどまらず、更に左脚をおれの顔面目掛けて突き上げてきた。
それを全力のバックステップで回避する。
「あっぶね、超ギリギリだった………」
おい、これはどういうことだ?
『こういうのは実戦が一番なの。ほら、さっさと構えなさい』
構えろって言われても……
俺はその構えを知らんのだが。
『そんなん適当よ適当』
適当って………
おい待て、人が考えてる最中に殴ってくんな!!
少しくらい待て。
『モンスターはそんなこと言っても待ってくれないわよ』
いや俺はそれ以前の問題だろ。
俺は殺し合いの経験が皆無なんだよ。
だからその分身体を止めろ!!
『…はぁ、しょうがないわね。ほら』
今まで動いていたのが嘘のように、動きをピタッと止めた。
『何ボケーッとしてんのよ。さっさとしなさい』
……うーん。
構え、ねぇ………
思いつくのは空手とか柔道とか、あとボクシングとか。
そんな感じの構えでやってみるか?
じゃあとりあえずボクシングから。
テレビとかだとこんな感じだったよな。
なんとなく構えてみる。
その直後、目の前で立ってただけの分身体が再び俺を襲ってきた。
「おいちょっと待て、まだ動きが分からないんだって!!」
『ほらほら、逃げてばかりじゃ勝てないわよ!!』
くっそ、どうやって戦う?
いや……ゲームの知識を利用しろ。
相手の予備動作とその後の動作を結びつける。
そうすれば………!!
『おお、以外とやれるじゃない』
いや結構キツいんですけど!?
まあ幸い、まだ一撃もくらっていない。
『じゃあもっとスピード速くしていいわね』
えっ?
と、呟いたころには時すでに遅し。
5,6メートル先にいたもう一人の俺は、人間では出すことのできない速度で俺の目の前まで接近し、気付けば体が地面と水平に飛んでいた。
頬がズキズキと痛む。
……ん!? ちょっと待ってくれ。
動きが目で追えなかったんだけど。
なんで本体より分身体のほうが強いんだよ、普通逆だろ。
背中で着地(というか激突)した。
………せき込みながら立ち上がると、目の前には俺の姿が。
「おい待っ!?」
『おおぉりゃぁぁぁああああああ!!』
「グッ………ぉわああああ!?」
更に俺の体が吹き飛ぶ。
壁に背中が衝突。
口内から俺の血が漏れ出る。
「ゲホッゲホッ………お前なにやってんだよ!? これはどう考えてもレベルが違いすぎるだろ!?」
『はぁ? なに言ってんの? あなたの分身体なんだからレベルはあなたより下よ』
「俺はそんな分身体みたいな超人でも、それ以上のバケモノでもないわ!!」
『もうそういうのはいいから続けるわよ!!』
更なる反論をぶつけようと口を開いたが、その時にはもう俺の姿はなく………後頭部に強い衝撃を受け、意識が遠くなるのを感じた。