親身的ラーメン店
「麺茹でまーーす!」
「「「茹でまーーす!」」」(店員一斉に)
ヤケにうるさいラーメン店だった。ひと昔前の美容院みたいだと思った。
でも雰囲気は良さそうで、美味しそうなラーメンの匂いが店内に漂っているからとりあえず我慢する。
俺はメニューをジーッと眺めた。
「30番のお客様。この後のご予定は、妻の跡を追うそうです。」
「「「追うそうでーす!」」」
……は?
俺は思わず30番のお客を凝視する。
70代ぐらいのお爺さんだ。最後の晩餐だからか嬉しそうにラーメンを頬張っている。
あのお爺さんが、この後、自殺をするのか?
いや、いや、声揃えて「追うそうでーす!」じゃねぇだろ。誰か止めてやれ。
そんな事を思っていると、店員たちがお爺さんの所に集まって来て何やら話している。お爺さんは涙を流しながら、店員に抱きついている。
説得をしているのだろうか。
席を立ったお爺さんは会計を済ませ、満面の笑みを浮かべながら店を後にした。
その背中に向け、店員たちは親指を上げている。
いい店だなぁと思い、目頭が熱くなった。
そそくさと厨房へと店員たちは帰っていく。そして、一人の店員が俺の元にやって来た。やっとオーダーを聞きに来たみたいだ。
「じゃあ、このお勧めの豚骨ラーメンで」
「はい!承知しました!お客様この後のご予定は?」
「え?あ、彼女とデートですが……」
「デートっすか!お熱いですね!じゃあニンニクは抜いておきますね!」
ウインクをしてほくそ笑む店員。
「あ、あぁ、お願いします」
「50番のお客様、豚骨ラーメン一丁!彼女とデートの為、ニンニク抜きで!!」
「「「デートの為ニンニク抜きで!」」」
周りのお客が一斉に俺に振り返る。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。お客たちは失笑している様子。
「お待たせしました!」
ラーメンを持って来た店員が何故か俺の前へと座る。
「食べながらでいいんで、彼女との馴れ初め教えて下さい!」
「は?」
そんな事聞いて、お客の前でうるさく言うんじゃないのか?また赤恥をかいてしまうじゃないか。
キラキラした目で俺を見てくるから、口止めを約束し、つい色々と話してしまった。
「へぇ、彼女甘え上手なんすね!可愛いっすね!」
「そうなんだよなーへへへっ」
「じゃあもうそろそろ結婚考えてるんすか?」
「あぁ、そうだなー結婚はしたいなと思う」
「今日あたりどうすか?プロポーズでも?」
「え……今日?!」
「いいと思いますけどねーサプライズって女の人みんな好きみたいですし」
「そっかー全然そんな話してないんだけど、サプライズでプロポーズしたら喜んでくれるかなぁ?」
「大丈夫ですって!何ならお勧めの言葉知ってますよ?」
俺は決意を胸に、席を立ち会計を済ませた。
店員みんな、俺に向けて親指を上げている。
「ありがとう!」
みんなに向かってそう呟き、店を後にした。
彼女との待ち合わせ場所へと走り出す。
ラーメン店に来た時より、足取りは軽やかだ。
あのラーメン店に行って良かったなと思う。
親身になって話を聞いてくれて。アドバイスもくれて。
今夜、彼女にプロポーズをする!
早る気持ちで走っていた時、横目に救急車が見えた。誰かが倒れている様だ。頭から血を流している。このビルから飛び降りたのだろうか。
チラッと顔が見えた。
さっきの30番のお爺さんだった。
死んでんじゃねぇか!と心で叫んだ。
俺のプロポーズが成功したかどうかは……
言うまでもない。
end