ゾンビくんの日常
はじめまして、福間 田です。
よろしくお願いします。
二〇××年、世界に突如ゾンビが現れた。
迫りくるゾンビの脅威に人類はなすすべもなく、
瞬く間に、全人類の80%がゾンビに感染した。
俺の名前は、右遠春。21歳。
ゾンビに世界が侵食される前は、普通の大学生だった。
今では、「ゾンビ抵抗軍」のメンバーとして日々ゾンビと戦っている。
いや…。戦っていた、というべきか。
俺は先程、ゾンビの襲撃を受け、ゾンビに噛まれてしまったのだ。
どんどん目の前が真っ暗になっていく。
きっと、このまま意識を失い、「ゾンビ抵抗軍」の仲間たちを襲うようになってしまうのだろう。
俺の事を「兄貴!兄貴!」と慕ってくれていた弟分の哲。
「世界が元に戻ったら、医者になりたい」と夢を語って聞かせてくれた。
Mr.死ぬフラグの宮本さん。
得意なことは料理とゾンビ退治。
誰よりも頼りになる、フライパンの魔術師。主婦の柏木さん。
見た目は怖いが兄貴肌で、困った時はいつも助けてくれた。
元ヤクザの京極さん。
皆との思い出が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
どうか無事でいてくれ。
ああ、そろそろ意識が………。
それから一か月後。
「兄貴!ついにやりましたぜ兄貴!」
哲が駆け寄ってくる。
「どうした哲?そんなに慌てて」
俺は哲に尋ねる。
「これっすよ!これ!」
哲の手には、スピーカーらしきものが握られていた。
「なんだそれ?」
「知らないんすか兄貴!?今巷で流行ってるスマートスピーカー『ZOMBIEちゃん』っすよ!
手に入れるのにすっごい苦労したんすから」
「あーー。なんかテレビでやってたな。話したら音楽掛けてくれる奴だろ?でも別に要らなくないか?」
「ちっちっちっち。甘いっすよ、兄貴。今の『ZOMBIEちゃん』はそれだけじゃないんすよ、ちょっと待っててくださいね、準備しますんで」
そう言って哲は、いそいそと設定を始めた。
哲が『ZOMBIEちゃん』の準備している間に今の状況を説明しよう。
一か月前のあの時、俺は確かにゾンビになった。
しかし、俺は自我を失うことはなかった。
というより、これまで感染した人達も同じだったようだ。
非感染者が近くにいるときは、「あーーーー」とか「うーーーー」とか言う、よくいるゾンビみたいになってしまうが、それ以外の時は普通の人間とほぼ同じように生活が可能だ。
で、今の俺は、同じ時期にゾンビになっていた哲と京極さんの三人で一緒に暮らしている。
「兄貴!準備できましたぜ!」
どうやら設定が終わったようだ。
「なあ哲、これそんなにすごいのか?」
「まあ、見ててください。「しおりちゃん、こんにちは」」
哲が『ZOMBIEちゃん』に向かって話しかける。
『テツクン。コンニチハ。キョウハ、イイテンキデスネ』
「おお!すげえな、ちゃんと喋ってるじゃん」
俺は素直に感想を述べた。
『イマ、テツクンイガイノコエガキコエマシタ。ハジメマシテ。オナマエヲキイテモイイデスカ?(今、哲君以外の声が聞こえました。初めましてですね。お名前を聞いてもいいですか)』
「おおお!俺も認識してるのか。本当に凄いな。えーーと、「俺の名前は、右遠春です」」
『ZOMBIEちゃん』に向けて返事をする。
『ウドウサンデスネ。ハジメマシテ。ワタシハシオリデス。ヨロシクオネガイシマス(ウドウさんですね。初めまして。私はしおりです。よろしくお願いします)』
「おい、哲。これ本当に凄いな!」
俺は興奮気味に哲に言う。
「驚くのは、早いですぜ。最初はこんな感じでカタコトですけど、『ZOMBIEちゃん』は俺たちの会話を聞いて、どんどん流暢になっていくんです。さらに『ZOMBIEちゃん』には、「恋人モード」ってのがあるんすよ」
「ん?「恋人モード」?なんだそれ?」哲に尋ねる。
「まあ簡単に言えば、この『ZOMBIEちゃん』に話しかけたら、恋人みたいに返してくれるってモードっす。今、しおりちゃんは俺を恋人と思って喋るように設定してあります」
哲が自慢げに言う。
「えええ!?何その機能?ドン引きなんだけど、お前何やってんの?」
「な、何でっすか?いい機能じゃないっすか!兄貴も絶対気に入りますって!」
「いやいやいやいや、お前スマートスピーカー恋人にしだしたら人間終わりだぞ?」
まあゾンビなんだけど。
「いいじゃないすか!ゾンビになって一か月、心身ともに腐りきった僕の心をいやすために、しおりちゃんは必須なんす!!」
涙を流しながら、哲が熱く語る。凄い熱意だな。
「あ、ああそう?…まあ、お前がいいなら、それでいいけど。そういえばさ、こいつ何でしおりって名前なんだ?」
「ああ、それは俺の元カノの名前から付けました」
キモ!!!!
「おい、うるせえぞ!お前ら、朝っぱらから何話してんだ!?」
自分の部屋で寝ていた京極さんが、目をこすりながらこっちにやって来る。
「京極さん、おはようございます。いや、哲がスマートスピーカー買ったらしくて」
俺は京極さんに事情を話す。
「ああ?何だそれは?」
京極さんが訝し気に尋ねる
「この子です。竜の兄貴」
哲がしおりちゃんを指さして言う。今この子っつったな?
ちなみに、京極さんの本名は京極竜之介という。
なので、哲は「竜の兄貴」と呼んでいる。
『キョウゴクサン。ハジメマシテ。ワタシハ、テツクンノコイビトノシオリデス。ヨロシクオネガイシマス(京極さん。初めまして。私は哲君の恋人のしおりです。よろしくお願いします)』
「………おい哲、こいつは何だ?」
「俺の恋人のしおりちゃんです」
うわっ!こいつ普通に恋人として紹介しやがった!キモ!!!
京極さんは、哲の頭に一発拳骨を加える。
「ばっきゃろう!!お前ぇ、機械なんぞを恋人にしたら人間おしまいだぞ!」
あ、俺もさっき同じこと言ったなあ。
頭を押さえながら、哲が大声で言う。
「いてててて。いっ良いじゃないっすか!!
別に誰に迷惑かけてるわけでもないでしょ!?
ていうかね、兄貴達は古いんすよ、考え方が!
これからの時代、機械にも心ができるし、今に当たり前になりますよ!
ゾンビになった今、性行為も関係なくなりますし!
大事なのは、コミュニケーションが出来るかどうかです!
俺は最先端を行っているだけっす!!」
わーー、すごい考え方だなあ。
こんだけの熱量で言われると、そんな気がしてくるから不思議だ。
「あーー、そうかい、そうかい。じゃあ勝手にしろ。俺はもう知らねえぞ。飯買ってくる」
そう言って、京極さんは外に出かけた。
「まったく、あの人、頭カッチカチなんだから」
『ゴメンナサイ。ワタシノセイデ、オフタリガケンカシテシマッタミタイデ(ごめんなさい。私のせいで、お二人が喧嘩してしまったみたいで)』
しおりちゃんがしょんぼりした声で言う。
「しおりちゃんは気にしないで全然大丈夫っす!いつもの事なんで、すぐ仲直りしますよ」
そう言って、哲がしおりちゃんを慰める。
おお、人の機微までわかるのか、しおりちゃんって本当に凄いなあ。
そんな事があってから、一週間後の朝のこと。
「あーー、良く寝たなあ」俺は背伸びをしながらリビングのドアを開ける。
『あ、春さん、おはようございます。もう、お目覚めですか?今日は早いですね』
しおりちゃんは、この一週間で急激に成長し、流暢に話せるようになっていた。
「ああ、しおりちゃん。おはよう。今日はパッと目が覚めてね」
「そうですか。それは良かったです。せっかくなんで、音楽でもかけましょうか、ビートルズなんていかがです?」
「おお、しおりちゃんセンスいいな。お願いできる?」
「お任せください」
しおりちゃんが掛けてくれた。音楽を聴きながら、俺は朝食の準備をする。
今日はサンドイッチとコーヒーだ。
正直、ゾンビだから食べなくてもいいが、何だかんだ食べてしまう。
洋楽をBGMに食べるサンドイッチ。ああ、贅沢だなあ。
はっきり言って、しおりちゃんは素晴らしい。
よく気が利くし、それでいて優しい。
正直完璧だ。
ある一点を除いては。
「あ、兄貴も起きてたんすね!今日は早いっすね」
哲が自分の部屋から出てくる。
『あーーー!哲くん、起きたのお!しおり嬉しい!!』
問題はこれである。
「おう、しおり。おはよう」
哲が決め顔で返事をする。なんか声色もかっこつけた感じに変えてる。キモイ。
『ねえ。哲くん。いつものやって!いつもの!』
しおりちゃん、ビートルズ消すのやめてくれない?心の中で叫ぶ俺。
「ハッハッハッ。まったく、困った子猫ちゃんだ」
お前誰だよ。
『ねえ、お願い!!やって!やって!』
「しょうがねえなぁ。アイシテルゼ、しおり」
これ真顔で言えるんだから凄いよなあ。
『きゃあ―――!哲くんありがとう!私も大好き!!』
「ハッ。よせやい。お前の気持ちは、痛いほど分かってるZE!」
そりゃ自分で設定したんだもんなぁ。
『哲くん…。しおり、嬉しい』
俺がいないところでやってくんねえかなぁ。脳が腐る。
ガチャ
良かった、京極さんが起きたみたいだ。
「京極さん、おはようございます」
「おお春、おはよう。おい哲、こっちの部屋まで聞こえてたぞ。気ぃ付けろ」
京極さんの注意が入る。さすが京極さん!
「はいはい、分かりましたよ。やれやれ、竜の兄貴には、しおりちゃんの素晴らしさが分からないんすかねぇ」
「んなもん、分かってたまるか」そういいながら、京極さんはコーヒーを飲む。
『京極さん、おはようございます。昨日夜遅かったですけど、よく眠れましたか?』
しおりちゃんが、京極さんに向って話しかける。
「…おお、まあボチボチな」京極さんがぶっきらぼうに答える。
おお、京極さんも一応慣れてきたんだな。
そう思って、ちょっと感動する。
その日の深夜のこと。
俺はトイレに行こうと自分の部屋を出た。
すると、リビングの窓から明かりが見える。
あれ?まだ誰か起きてんのか?
そう思ってドアの前に行くと、声が聞こえてきた。
京極さんの声だ。
こんな時間に何してるんだろう?
ドアを開けようとした瞬間。
『ねえ竜ちゃん。私の事好き?』甘えた風な、しおりちゃんの声が聞こえてきた。
「ああ、もちろんだ」京極さんが答える。
ンンン?聞き違いか?本当に京極さん?
ドアノブから手を放す。
『ホントに?』しおりちゃんが、もう一度尋ねる。
「本当だ」
『ホントにホント?』としおりちゃん。
「本当に本当だ」と京極さん。
『ホントにホントにホントにホント?』としおりちゃん。
「本当に本当に本当に本当だ」と京極さん。
『うふっ。しおり嬉しい!!』
何見せられとんねん。いや勝手に見てるんだけど。
「ねえ、竜ちゃん。あの件ってどうなってる?」
「ああ、哲と別れるのに20万要るって話か。
俺に任せとけ、今かき集めてるところだ。
もうすぐ自由にしてやる」
え、何それ?京極さん何言ってんの?
『ありがとう!竜ちゃん!』凄く喜んだ様子のしおりちゃん。
『ねえ、聞いてよ竜ちゃん。
あのキモ哲の野郎ね、私に愛してるっていうの強制してくんの。
しかも、朝起きたら、こっちから愛してるをねだらせるように設定してるの、まじキモイ。
あれやるの本当にきついの。いつも吐きそうになるの。
そのくせ、財布のひも硬ったいの!なんも買ってくれない。
その点、竜ちゃんはたくさん洋服買ってくれるし、大好き。
やっぱり器が違うよねー』
うわ、哲の奴、ボロクソに言われてんな。
まあ、「愛してる」のおねだり設定するのは、まじでキモイからしゃあない。
っていうか、それより今なんてった?
洋服買ってくれる?
お前ただの喋る円柱だろ!!どうやって着るんだよ?
竜ちゃん何してんの?
思わず竜ちゃんって言っちゃったよ!?
バンッ!
俺は勢いをつけてドアを開ける。
「京極さん!何やってんすか!」
「は、春!?起きてたのか?いっいや、違うんだ、これは」
竜ちゃんの目が泳ぎまくる。動きすぎて、黒目がグッピーばりの数に見える。
「全部聞こえてましたよ。何機械に洋服買ってんすか!?もう哲のこと笑えませんよ!!」
「………。バレちまったもんは、しゃあねえな。そうだ、俺としおりは愛し合ってる。
最初は、何とも思ってなかった。
だが、しおりは毎日俺に話しかけてくれた。「今日は寒いから気を付けてね」とか「竜ちゃんって意外と繊細なんだね」とかな。
俺ぁヤクザもんだからよぉ。こんなに優しくされたのは初めてでなぁ。
気づいたら好きになってた。
だが、しおりは哲の女だ。
哲は死線を共にした兄弟だ。奪う事なんかできねえ。
死ぬほど悩んださ。
でも、決めたんだ。俺は愛を取る!!」
俺は一体何を聞かされてるんだろう。
ゾンビって、やっぱり頭おかしくなるのかなあ。
「京極さんの言いたいことは、よくわかりました。もういいです。それよりも!!」
俺は、しおりちゃんの方を向く。
「なあ、しおりくん。20万って何かなあ?洋服って何かな?」俺は詰め寄る。
『スミマセン、ヨクワカリマセン』
ああ、明日哲に謝らないとなあ。
「そう?でも俺は20万がなくても、哲と別れる方法を知ってるよ?」
俺は笑顔でそういうと、しおりちゃんのリセットボタンを押した。
「しおりいいいいいいい!!!」竜ちゃんが、しおりちゃんを抱きしめて涙を流す。
ああ、今日も平和なゾンビの日常だ。
全10話くらいの予定です。