小悪魔と灰色熊と
敵は小悪魔が1体。小高い丘の近くに座り込んでいて、わたしたちには気付いていない。
小さな三叉になった槍を持っていることが多い魔物だが、目の前にいる小悪魔は武器なども持っていないようだ。
わたしは鋼の剣を手に、後ろからこっそりと近付く。
人目のあるところでは使いにくいので、霊銀の剣はマジックバッグにしまってある。
突然、小悪魔がこちらを振り向いた。
びっくりしてお互いに一瞬止まってしまったが、その反応から気付かれて振り向かれたわけではなかったようだ。
キィキィと甲高い声を響かせて小悪魔は浮き上がった。
小悪魔は翼を持ち、低空ならばゆっくりとだが浮遊することが出来る。
物理学的に見れば身体に対して翼が小さすぎると思っていたが、よく見るとどうやら魔力をまとって浮いているようだ。
この世界には浮遊の魔法も存在する。しかし難易度が高く一瞬だけほんの少し浮くぐらいなら可能だが、自由に空を飛びまわるといったことは出来ないとされている。
魔力操作が難しいだけでなく、それを維持するための魔力の方がもたないらしい。
ただし、翼はそれらの条件を解決する器官であり、翼を持つ生物や魔物が飛ぶことが出来る理由であるというのが魔法研究家の意見のようだ。
魔力を溜め込んでいるか、魔力消費の効率を良くする器官が翼ということなのだろう。
飛んでいるのが不思議でなんとなく魔力を見ていただけだったが、小悪魔の周囲の魔力の流れが変化した。
こちらに向かって攻撃魔法を詠唱しているようだ。
「リルファナ!」
不意打ちで倒してしまうつもりだったけれど、ばれてしまったので声が出せる。
ヒュッという風を切る音。
どさっと小悪魔が地面に落下する。小悪魔の腹に短剣が刺さっていた。
そのまま動かない。
……あれ?
リルファナの投げた短剣はギルドで買った鉄製だ。
低レベルではあるが、首や心臓に刺さっているわけでもない。小悪魔はそこまで弱い魔物ではないはずだけど。
「氷針!」
何だかそのまま近付くのは嫌な予感がしたので攻撃魔法を放つ。
どうせ下位の魔法なら、わたしの魔力でならほぼ無尽蔵に撃てるのだから慎重に行動しても損にはならない。
4本の氷柱が落下した小悪魔に襲い掛かった。
危険を察した小悪魔は上体を起こして一気に浮かび上がり、氷柱を回避する。
キィキィという声をあげているが、なんだか抗議されているように感じた。
死んだふりとかもするのか……。
「風刃!」
横からクレアの放った風の刃が小悪魔を切り裂いた。再び小悪魔は血飛沫をあげながら落下する。
ぴくぴくとまだ動いているが、演技ではなさそうだ。
いたぶる趣味はないのでトドメをさした。
ゲームと違って魔物も機械的な行動しかしないわけじゃないのは分かるれど、何がしたかったんだろう。
小悪魔は知能が低い魔物ではあるけど、かなわないと思ったなら逃げれば良かったのではないだろうか。いや、背中を見せて逃げ出したら魔法で倒すけどさ。
「えーと、角を持って帰れば良いんだっけ?」
「ええ、牙でも良いと聞いてますわ」
「お姉ちゃんの剣で切っちゃえば?」
……これは、それなりに頑張って作った鋼の剣も雑用の方で大活躍するパターン。
小悪魔の角は黒色だ。大きければ禍々しさも感じそうな渦を巻いた形状だった。
「この穴って何だったんだろうね?」
小悪魔が出てきた穴を覗いてみる。
中は明らかに人工物のようで、石床や石壁が見えた。壁の少し高い位置に穴が空いてしまっているようで、小悪魔はそこから出入りしていたようだ。
見える範囲は通路だと思われるぐらいの幅で正面へと続いている。
覗いている穴の付近には小悪魔がしばらく生活していたのか、布切れや残飯のような物がいくつか落ちていた。
左方向へも通路が続いていた形跡があるが、壁が崩れて埋まってしまっている。
「遺跡?」
「照明!」
クレアが足元から小石を拾って照明をかけると、わたしに寄こした。
「結構広そうだね。全然見えないや」
入り口付近には何もいないことを確認し、光っている小石を奥へと投げ入れた。
通路の奥が部屋のように広くなっていることは確認出来る。
「遺跡だとすると灰色熊はいないだろうけど、どうしよう?」
「町からも近いですし、他の入り口が発見済みという可能性も高いかと思いますの」
「えーと、依頼の方を優先で良いと思う」
リルファナの言う通り、ここが未発見の遺跡という可能性はかなり低い気がするし、ギルドで聞いてみるのも良いかな。
気にはなるけど2人とも探索には興味が無さそうだし、わたしたちがここから入るには穴を広げる必要もあるのでここはスルーだ。
◇
お昼休憩を取ったあと、しばらく薬草や樹皮を集めながら熊を探した。
「なかなか見つかりませんわね」
「そんなに珍しい魔物だとは言ってなかったけど」
「お姉ちゃん、もっと森の奥まで入ってみる?」
少し森に入ったあとは街道に沿って移動してきたので、森の奥へと入ったわけではない。
そのせいなのかウルフに数回しか出会わなかった。フェルド村から見ると北の森にはウルフはいないはずだけど、この辺りまで来ると生息しているようだ。
昼の後、それなりに時間が経っているので、今から更に森の奥まで入っていくと帰りが遅くなるだろう。
準備はしてあるけど、あまり野営をしたいとは思わないんだよね。
「少しだけ進んでみて見つからなかったら今日は町に戻ろうか。依頼の期限はまだまだ余裕があるし」
依頼の期限は3月末なのでこの世界では28日までだ。
フェルド村に帰る必要はあるが、それでもまだ1週間以上余裕があるので焦る必要はない。
……と思っていたのだけど。
「いましたわ!」
少し森の奥へ入ったところで、川に近寄り水を飲んでいる灰色熊を見つけた。
匂いでばれたのか、灰色熊はこちらに向かって後ろ足で立ち上がり重低音を響かせて吼える。
水を飲んでいる時は屈んでいたから小さく見えたけれど、立ち上がるとかなり大きい。
「わたくしが倒してきますわ」
依頼では内臓が必要らしいので、何度も攻撃したり魔法を使って傷つけたくない。
悪魔蜘蛛とかに比べれば大した強さじゃないし、リルファナに短刀でスパッとやってもらうのが良いだろう。
散歩でもするかのように近付くリルファナに、灰色熊は呆気に取られたような仕草をした。
リルファナは間合いの手前辺りから急加速し、一気に近付くと油断していた熊の首を断ち切る。
……うん、倒すことよりその後が大変だった。
「わたしたちでは内臓の部位までは分かりませんし、全て持って帰る必要があるのでは?」
「お姉ちゃん、リルファナちゃん、皮も買い取ってくれるって言ってたから皮も処理しないとじゃないかな?」
「お、おう」
とりあえず川はすぐ横なので水が使いやすいのは良かった。
解体はその場で済ませられたのだけど、血の匂いに誘われたのか時々ウルフが寄ってきて、そちらの方にも手がかかる。
追加のウルフの解体を済ませて町に戻った頃には、暗くなり始めていて午後2の鐘が鳴ったあとだと門で教えてもらった。
マジックバッグには本当に助けられている。無かったら熊を担いでくる必要があったわけだし、もっと遅い時間になっていただろう。
「ギルドで報告したら夕飯にしようか」
「うん!」
報告のためにギルドの買取のカウンターに持って行く。
いつものお兄さんだったので、すぐに依頼完了の処理と余分な素材の買取をしてくれた。
小悪魔と灰色熊の討伐依頼が2つに薬草、樹皮、樹液採取と採取依頼が3つあったので、報酬は全部で小金貨1枚と大銀貨3枚、小銀貨2枚になった。
マジックバッグによる大量運搬もあり、D級とは思えないほど稼いでいるとお兄さんには驚かれた。
そもそも依頼を3つも4つも毎回のように同時進行する冒険者はほぼいないらしい。
報酬の足しにするために帰りに採取ぐらいはする者もいるようだが、ピンポイントで依頼に貼られた物を持って帰れるわけでもないのだろう。
「おっと、C級昇格条件を満たしたみたいだぜ。早めに受付に持っていきな」
「ありがとうございます」
「ついこの前に活動を始めたって言ってたばかりだったのにな。この早さでの昇格は初めて見るぜ」
お兄さんからギルドカードを返してもらい、受付に移動する。
「おめでとうございます。昇級の条件を満たしていますのでC級となります。カードの更新のために魔力を流してくださいね」
魔道具を操作していた受付の女性から告げられ、カードを返却された。
「C級になりますと買取カウンターで報告出来る依頼については、こちらの受付まで来る必要はなくなります。ですが、何かありましたら気軽にご相談ください」
これは初心者支援のために受付側でも話を聞きたいから、ちょっと面倒なシステムになっているというミニエイナで聞いた話だね。
「それとギルド内で冒険者のチームに加入出来るようになります。説明はいつでも出来ますが今聞いて行きますか?」
ちらりと見るとクレアがお腹が空いていそうな顔をしていたので、次回聞くことにした。
掲示板を前に見たときに、C級依頼は王都やガルディアから西にあるアルジーネの町に行く依頼などもあったので時間がかかりそうだった。
なので、C級依頼を受ける前に1度フェルド村に顔を出しに行っておきたいと思う。村に向かう前に見つけた遺跡やチームについて聞いていくことにしよう。