鍛冶 - 準備
翌朝、宿屋で作ってもらったサンドイッチで朝食を済ませる。
宿を出るときにもサンドイッチを受け取った。
ミニエイナでは弁当などを売っていないそうなので、多めに宿泊費を支払い昼の分のサンドイッチも作ってもらっておいたのだ。中身は朝とは違うものにしてくれたらしい。
クレアが加護を貰ったようなので、試すことも兼ねて野営をせずにガルディアまで戻る予定とした。順調にいけば午後3の鐘辺りには戻れると思う。
途中で無理そうなら適当なところで野営するつもり。
「よし、ガルディアに帰ろう!」
「はーい」
ミニエイナからだと森を抜けてフェルド村に帰る方がガルディアよりも少しだけ近い気がする。
今回は依頼報告もあるのでガルディアに帰るが、フェルド村を経由するのもありかもしれない。その場合は日が暮れると暗い森の中を歩くことになるのが難点かな。明るいうちから川沿いを歩くようにすれば迷わないと思うけどね。
休憩を取りつつ、特に問題も無くガルディアまで戻ってくることが出来た。
東門に入るころには随分と空も暗くなりはじめていたが、町の通りには街灯があるので明るく感じる。
家の鍵を取りにギルドに行かないといけないので、ついでに報告もしてしまうことにした。
「今日は遅い帰りだな。お、ミニエイナまで行ってきたのか」
今日も買取のカウンターには、いつものお兄さんがいた。
依頼分のソルジュ水晶を渡して依頼完了の登録をしてもらう。
「おう、お疲れ!」
その後は依頼受付で報酬の大銀貨4枚と、家の鍵を受け取った。
「夕飯もこの辺りで食べてこうか」
「ええ、帰ってから作るのも大変ですものね」
「もう遅いし、あそこにしようか」
西通りを見ると『がるでぃあ亭』の明かりがついていたので、そこで夕飯にする。
少し遅い時間の方が混雑しているようで、ほとんどの席が埋まっているようだ。一杯やっている鎧姿の人たちも多かった。ギルドも近いし冒険者も多く利用しているのだろう。
今日はずっと歩いてきて疲れたので家に帰ったら寝ることにして、明日は鍛冶を試す予定だ。
◇
目が覚めると太陽が随分高かった。
遅い時間まで眠ってしまっていたようだ。寝るのが少し遅かったし、1日歩き通しで疲れていたのかもしれない。
クレアとリルファナがベッドをわたしの部屋に運んできたりしたのも、寝るのが遅くなった原因の1つだ。
当の2人はもう起きているようで、横に並んだベッドはもぬけの殻だ。
「お姉ちゃん、おはよう」
寝巻きから着替えていると、クレアが部屋に入ってきた。
「レダさんが来たよ」
「ん? なんだろう」
鍛冶の道具を地下で使わせてもらうために相談に行くつもりだったけど、向こうから来るとは思わなかった。
1階に降りていくとレダさんが、リルファナの入れたお茶を飲んでいた。
「昨日遅くに帰ってきたって受付で聞いたから、顔を見に来たさね」
特に用事があったわけではないようだ。
リルファナが朝食に目玉焼きを作ってくれたので、食べながらミニエイナの話をした。
普通に考えれば何の備えも無い地下で鍛冶が出来るわけないので、道具については話しておく必要があるだろう。
「神様に呼ばれたか。あたしも昔に1回会ったことがあるさね」
レダさんを呼んだのは中位に属する旅の神様だったらしい。
昔は旅がらすだったレダさんを気に入った神様が、気まぐれに会いに来たそうだ。中位の神様ぐらいだとこちらの世界に直接来ることも意外と多いのだとか。
尚、上位に位置する神は教会にも祀られている光、闇、火、水、土、風の6属性の神様たちだ。
光と闇の神、テレネータ様とイケメンは更に上位の扱いで主神と言われることもある。
続いて中位に位置づけられるのは生活に根付いた神のうち、信仰者が多い神様だ。
政治の神、商売の神、旅の神、酒の神、恋の神などほぼ全ての事柄に神様は関わっているとされている。
下位の神様は信仰者が少ない神だ。
盗みの神などの反社会的な神や、歓喜の神といった具体性に欠ける神も多く位置する。
ちなみにこの世界では神様を『柱』と数えるのは教会関係者に多く、ほとんどの人は『人』と数える。
これらの内容はセブクロでも同様に設定されていた。
教会関係者や信心深い人は、神様を世界を支える『柱』と認識しているが、一般人はあくまでも生活を見守ってくれる人であると考えているからというイメージだそうだ。
「へえ、神が自ら使っていた道具まで下賜されたってのは聞いたことないね。試すのは良いけれど、家を燃やさないでおくれよ?」
「その辺りは温度が外に漏れないらしいので、大丈夫だと思います」
「どうせすぐ試すんだろ? あたしもちょっと見ていこうかね」
レダさんの好奇心が刺激されたらしい。珍しいものだし仕方ないか。
前に壁が崩れていた地下食糧庫の正面の部屋。その部屋の家具を他の部屋へと退かし、そこを鍛冶用の部屋とすることにした。
「とりあえず倉庫に全部放り込んでおけばいいさね」
とレダさんが言うので、別室の倉庫に移動した。適当に置いただけなので後で片付けるようだろう。
家具が退かされてさっぱりした部屋で、まずキューブ状の携帯炉を展開する。
魔力を篭めると展開先の指定が必要だと感覚で分かるようだ。端の方に設置するように意識したところ、キューブが手から離れて徐々に中身が展開していく。
「本格的な道具さね」
炉はレンガのようなもので造られていて、金属を溶かし製鉄する場所と金属を叩く前に熱するための火床の2つに分かれていた。刀身を冷やす焼き入れのための水槽もついている。
また製鉄側の炉にはいくつかのダイヤルがついていた。
明らかに手のひらサイズのキューブに納まるような形状ではない。
炉は魔力かなにかで勝手に発熱しているようだが、熱さはほとんど感じなかった。また水槽の水も自動で汲まれる仕組みのようだ。
神様の使っていた炉だけに不思議なことも多いのだろう。気にしても仕方ない。
回収してきた金床や金槌、やすりなどを使いやすそうな位置に置いていく。
あらかた準備が出来たので試しにプチキャノンの鉄くずを溶かしてみることにした。
鉄くずを炉に投入するとしゅーしゅーと言う音とともに一瞬で溶ける。近くにいても熱くないのは携帯炉の効果だろう。
しばらくすると鉄は延べ棒状になり下に開いた穴から出てくる。余分な部分はどこにいったんだろうと思っていたら、その後からばらばらと小さな粒がたくさん排出された。このまま捨ててしまえば良いのだろうか。
鉄と一口に言っても、不純物や炭素の割合で性質は変わるのだが、出てきたこれは何になるんだろう?
まあ、簡単に延べ棒に出来るだけでも便利過ぎると分かる一品だ。
「これは便利だが、外には言わない方がいいさね……」
インゴットを手に取ったレダさんが呟いた。
レダさんによると古代の秘宝レベルの魔道具だそうだ。
広まってしまうと間違いなく国などに持っていかれてしまう可能性も高いだろうと。
「あら、この炉を使えるのはカルファブロ様から認められた者だけみたいですわよ?」
リルファナが言いながら書棚にあった説明書を片手に炉のダイヤルを回している。
「ミーナ様、これでまたキャノンの鉄くずを入れてみてくださいまし」
先ほどと同じように鉄くずを入れる。しばらく待つと先ほどよりも少し灰色がかった輝きの強い鉄板のような塊が出来た。
「これが鋼だと思いますわ」
鋼は鉄に含まれる炭素を少なくしたものだったかな?
成分や造り方は詳しく知らないけれど刃物を作るのに適していることは知っている。
レダさんが面白がってキャノンの鉄くずを入れてみたところ、溶けた後に分離などが起こらずそのままの塊が排出されてきた。
「使用する権利が無いと溶かして固めることしか出来ないということさね」
「多分、わたくしかミーナ様がいないとキューブ状からの展開も出来ないと思いますわ」
「なるほど、それなら大丈夫そうかね」
しばらくわたしたちの作業を眺めていたレダさんは、自分が参加出来ないことで飽きたのか、仕事に戻らないと不味い時間なのか途中でギルドに帰っていった。
とりあえずは使い方は何となく分かったので昼食にする。
午後はこの鉄で武器を作ってみることにしよう。わたしかリルファナが使えるように片手剣か短刀が良いだろう。