ミニエイナへ
レダさんの家を借りるとギルドが少し遠い。
宿屋のときは、目と鼻の先だったから余計そう思うのだろうけど。
「今日は出来れば採取依頼を優先かな」
「そうすれば後は自由だもんね」
「ではその方向で依頼を探しましょう」
掲示板から採取依頼を探していると、『ソルジュ水晶の採掘』というのを見つけた。
ソルジュ水晶は、ソルジュプランテで多く採れる鉱石で魔導機の材料になる。ミニエイナの町にある鉱山の浅い階層で掘れるらしい。ミニエイナの町まで2日かかるが、依頼をこなしても往復で1週間はかからないだろう。
採取量は多いが、報酬も大銀貨4枚となっていてD級の中では破格の高さだ。
でもなぜ採掘依頼をミニエイナの町のギルドではなく、ガルディアの町で出しているのだろう?
納品先は、受注後1週間以内にガルディアの町のギルドへとなっているため誰が出した依頼かは分からない。
「様々なパターンがありますが依頼人が直接ミニエイナに向かえず、確実にたくさん欲しい場合とかでしょうか。時々ですがヴァレコリーナの方がガルディアまで来て依頼を出すこともありますね。ソルジュ水晶は他の水晶よりも魔導機の部品に向いているというのは知られていますから」
受付で話を聞いてみると、それほど変な話ではないらしい。
ギルドで依頼を受け付けた時点で怪しい依頼は弾かれるようだし、何か裏があるということは無さそうだ。
ガルディアで受けた場合、急いでも往復で4日ほどかかる上に重たい水晶を運ぶ必要があり、報酬がそれなりに良くても冒険者側としては避けられてしまいやすい依頼のようだ。
わたしたちはマジックバッグがあるので、その辺りは本当に楽である。
「これでいいかな?」
「うん、他の採取依頼は薬草ばっかりだね」
「代わり映えしませんものね」
薬草は家にいる間に結構採取しているし、そろそろ他の町にも行ってみたい。リルファナが加工してしまっているので依頼としてギルドへ納品は出来ないだろうけど。
家に帰る期限までは、あと2週間あるのでガルディアの町まで帰って来れるだろう。
「採掘道具はミニエイナのギルドでレンタルしておりますよ。あちらで詳しく聞くほうが良いかと思います」
依頼の受注処理をしてもらって町から出発することにした。
今まで使ってこなかったが、テントセットは常に使えるようにしているのだ。
◇
ミニエイナの町へは、ガルディアの町の東門を出てずっと街道を進めば良い。分かれ道も無いので迷う心配もない。
東の街道は前にフェルド村から北上して出た街道でもある。あの時はすぐに引き返したので森を抜けた先しか見ていないけどね。
「街道沿いは、所々に野営用の場所があるみたいだから、今日はそこまで移動だね」
「どの辺りにあるの?」
「町へは森の中を走る街道をずっと東へ行ってから北上するんだけど、北へ曲がる辺りが中間地点でその辺りにあるみたい」
「そうなんだ」
「早朝出て急げば1日でもぎりぎり到着出来るらしいけど、大変らしいね」
1日で移動するにはかなりの強行軍になると聞いている。
「馬車は出ていませんの?」
「北門から出ているみたいだけど、王都経由になるから冒険者は使わないみたい。乗り継ぎがすぐでも5日近くかかるんじゃないかな?」
「随分と遠回りになってしまいますのね」
移動手段として馬車もあるが、ガルディアからでは北の王都か西のアルジーネという町に行く以外には使い勝手が悪いようだった。現状では関係ないが隣国のヴァレコリーナへ行く馬車もあるが2週に1回程度だと言う。冒険者と商人以外では他国へ移動する人はかなり少ないらしい。
また意外と馬車というものは長時間走るのには向いておらず、数日程度なら歩いてもさほど変わらないようだった。
野営地までは鐘2つ分はかからないと思うので、お昼前ぐらいに町を出れば夕方頃には到着出来るだろう。
広場でお弁当、ギルドで少し良い保存食を買って少し時間を潰して町を出発する。一番安い保存食は悲しい気分になるので避けた。
東門も他の門と同じような造りで変わり無し。
◇
森の中の街道はのんびり歩くには丁度良い。昨日雨が降ったにも拘わらず道はすでに乾いていた。水捌けが良いのだろうか。
昼食も適当に済ませて、たまに鳥の鳴き声も響いてくる中を3人で歩いていた。
1つ目の橋を渡る。この川がフェルド村へと流れ込んでいる川の1つだ。
しばらく歩いていると見覚えのある場所に出た。
「この辺、蜘蛛が出たところだよ。お姉ちゃん」
「そうですわね、魔物避けの石柱もありますし見覚えがありますわ」
「ここを真っ直ぐ南に行けばフェルド村か」
「お父さんとお母さんは何してるかな?」
「この時間ですと夕食の準備中かもしれませんわね」
すこし休憩をして、再び歩き出す。さすがに悪魔蜘蛛が襲ってくることは無かった。
村へと流れる2つ目の川にかかった橋を渡ると徐々に森の木々が減ってきた。森を抜けたのだろうか?
もう少し東側へ行くと海だが、わたしたちは北上する道をとることになる。
「なんだか海の匂いがするよ」
「潮風だね」
森という風を防ぐものが無くなり、東から身体にまとわりつくようなねっとりした潮風が吹いているよう。北には山が見えていた。
ソルジュプランテ北部を東西に横たわる霧の山脈の東端、そこから更に南へ伸びた山脈の南端に位置する町がミニエイナだ。
少し進むと魔物避けの石柱の近くにしっかりと踏み固められた広場に、柱と屋根に奥側と片方の側面だけ壁がある建物が2つ建っている空き地があった。ここが聞いていたキャンプ地なのだろう。
まだ早い時間なのでこれから誰か来るかもしれないけど、今はわたしたちしかいないようだ。
野営地でのルールは『野外での生活 ~冒険者の心得~』に書いてあった。
きっちりとルールがあるわけではないが屋根がついた建物はテントが無い人や、緊急時に優先される場所で基本的には避けたほうが良い。到着したのが遅い時間で空いていたり、雨が酷いときは使っても問題は無いみたいなので、最終的には時と場合によるというやつだけど。
他の野営地の使用者とは、挨拶だけすればそれ以降は無理に干渉しない。ただし、困ったことがある場合は可能な範囲で助け合う。
煮炊きは問題無いが大きい音がするものや臭うものは禁止。焚き火の光が外に漏れないように注意することといった具合だ。いくつかは現地の暗黙の了解などもあるようだけどね。
屋根のある建物の近くにテントを張って、夕食の準備をする。
買っておいたパンと、お湯に入れて煮るだけで玉子スープになる保存食だ。
乾燥時はカチカチでインスタントスープみたいなものだった。ソルジュプランテの食料保存の技術は進んでいるようなので、その結果なのかもしれない。
少し早めの夕飯を食べていると巡回中であろう騎士さんが3人、馬を降りた。方角的にミニエイナから来たようだ。
騎士さんの2人は食事の用意を始めると1人がこちらに近付いてくる。
「こんばんは。今日はここで休む予定なのだがお嬢さんたちは3人だけだろうか?」
「はい、依頼でミニエイナの町に行くところですけど何か?」
「ふむ、冒険者だったか。それは失礼」
どうやら保護者とはぐれたか、待っていると思われたようだ。
リルファナは完全に子供に見える背丈だし、わたしもクレアもそれほど背が高いわけでもないので子供に見えるのだろうか。まあクレアは未成年だけど……。
夜間の見張りは騎士さんたちがしてくれると言ってくれた。
まだ野営に不慣れで練習にもなるので一応こちらも誰かが起きているつもりだとは伝えておく。
少し話したところ、騎士さんたちにとっては整備がしっかりされているかの確認のために野営地を使うのも仕事なのだそうだ。
兜は外しているが、板金鎧は着たままなので大変そうだ。
わたしたちが野営練習するときは、見張りが3時間交代で9時間休憩としていた。ぴったり時間が分かるわけではないので月の位置から大体となる。
最初と最後に3時間見張りする人は6時間睡眠、真ん中に3時間見張りする人は3時間ずつ寝ることになる。
真ん中の人はぶつ切りの睡眠時間になるのでちょっと大変かもしれないけど、3人だとこうするしかない。
分担はいくつか試したところ最初がわたし、真ん中がリルファナ、最後にクレアとすることになった。
決めるときにリルファナは短時間の睡眠に慣れていると言っていたので任せている。
わたしの見張り時間。この3時間が暇なのだ。
見張りとは言うがずっと気を張ってるわけではなく、疑わしいことがあったときに2人をすぐに起こせるように起きている程度ではある。
「リルファナ、交代の時間だよ」
「ん……、分かりましたわ」
特に何事もなく、月が頭上まで来たところでテント内のリルファナを起こす。もそもそと起きてくると、さきほどまでわたしの座っていた場所に座る。
リルファナは寝起きも良いので楽だ。
交代なのでわたしはテントに入って眠りについた。
◇
――翌朝。
「我々はガルディアに戻るのでな。道中で特に異変は無かったが気を付けてな」
「ありがとうございました」
朝食を済ませて騎士さんたちと別れる。相変わらずの潮風が吹く中、わたしたちはミニエイナを目指して歩き出した。