貸し家
朝起きて窓の外を見るとどんよりと曇っていた。
「雨が降りそうですわね」
リルファナが言う通り、これは雨になりそうだ。
「今日はレダさんのところに行くだけにしておこうか」
「そういえばスティーブくんに聞いたんだけど、前泊まった宿屋にあったようなボードゲームを売っている店があるらしいよ」
「なら降ってなかったら帰りに寄ってみたいな」
ギルドに行くと受付にレダさんが座っていた。
宿を遅めに出てきたので、冒険者たちもほとんど残っておらず暇そうにしている。
「やあやあ、随分頑張ってるようじゃないか」
「おかげさまで。今日はレダさんに相談がありまして」
「ん、どうした?」
「この前の条件で良ければ部屋を借りたいなと」
「そうしてくれると、あたしとしても助かるよ! 詳しくは部屋で話そうか」
レダさんの背丈に対しては、少し高めになっている椅子から飛び降りるとギルドマスターの部屋へと歩き出した。
ギルドマスターの部屋に入ると、この前山積みだった書類が片付いている。相当な量があったけれど1日2日で片付くものなのだろうか。
レダさんに促された通り椅子に座るとレダさんから話を切り出した。
「あたしの家の部屋を貸すのは良いんで、条件だけ先に出させてもらうさね。家賃は前に言った通り、一月で大銀貨2枚。時々、この前の依頼と同じ程度の掃除、あたしが帰ったときにタイミングが合えばご飯の用意。以上だ」
「出来れば、作業用のスペースも欲しいので2部屋、あと庭の一角も貸してもらえると助かります」
「ああ、あたしが使ってるのは寝室と倉庫に1部屋使ってるだけだから、後は近所迷惑にならない程度に自由にして貰って構わないよ。部屋を出るときにちゃんと片付けてくれれば家具とかも勝手に移動するなりして良いさね」
あの家って10部屋以上あったんだけど自由にしていいらしい。
家具もしっかり揃っていたのに、使っていないならどうしてあんな大きな家に住んでるのだろう。
「冒険者ギルドのギルドマスターを引き受けたときに、どうせ使わないって言ったんだけど領主様から無理やり押し付けられたさね」
レダさんの性格だと、家が無かったら面倒だからってギルドに住みそうだもんなあ。家があってもそうなってるけど。
好条件で貸してくれるようなので断る理由も無い。
宿屋が今日までの支払いなので、明日からお世話になることにした。
鍵は明日スペアを貸してくれるようだ。遠出で2泊以上の外泊をするときはギルドの受付に鍵を預けておくようにだけ言われた。そうすれば家に戻らなくてもわたしたちがいないと分かるからだろう。
「明日から来るなら布団を干さないとだから早めに来た方が良いさね」
わたしたちが掃除するまで家中が埃まみれだったもんね。
今日は雨が降りそうな天気だけど、明日は晴れることを祈ろう。
明日の朝、ギルドに顔を出せば案内してくれるということだ。家の場所は分かっているけど、ついでに地下の崩れた壁の修理もどうなったか見に行くことにしたらしい。
どうやら庭の手入れや補修といった最低限のメンテナンスは領主様の方に丸投げしているようだった。
◇
おもちゃを扱っている店は南東区にあった。
南通りから入ったところで、地元の人じゃないと気付きにくそうな場所だ。
眺めていると絶対これ転生者が作ったやつだろうというゲームも多かった。というか予想以上の数が出ている。
あまり大きな店ではないが、ところせましと棚に並べられたボードゲームの種類は50を超えるだろう。
島の開拓を競うゲームとか、害虫を押し付けあうカードゲームとか、マップ上に建物を建てたり改築したりする陣取りゲームなどたくさんある。
細かいルールは覚えていなかったのだろう、わたしの記憶とはちょっと違うものもある気がする。
リバーシや将棋、チェス、トランプなどの日本では一般的なゲームも置いてあった。
値段は小銀貨2枚ぐらいからとなっている。この世界では通常のボードゲームよりもカードゲームの方が印刷技術の問題から価格が高いようだ。
非公開情報で使うカードは、全く同じ形の厚紙や木の板に全く同じ印刷をしなければならない。
単純な印刷機は魔導機で存在しているが、全く同じ形に印刷するという緻密なレベルになると古代の秘宝級の印刷機を使う必要がある。そのためコストが高くなるらしい。
コスト削減のためか、単純に他の人から見えなければ問題ないゲームの場合は、目隠し用のボードの内側に置いておくようにするものも多かった。
「すごい数がありますわね……」
「うん……」
「みんなで1つずつ気になるものを買ってみて遊ぼうか」
初心者向けにはカードゲームなどの単純なルールで短時間で繰り返し遊べる軽いゲームが良いと言うけれど、2人が選ばなかったら1つぐらいは少し時間のかかるものを買っても良いだろう。俗に重量級や重ゲーとも呼ばれるタイプだ。
数が多いので選ぶのに少し時間がかかったけれどそれぞれゲームを購入した。
「あ、降ってきた!」
宿屋が見えたところで、ついに雨が降り出した。3人で急いで宿屋に駆け込む。
午後は3人で宿屋に缶詰になりそうだ。
1階の食事処で昼食を済ませて、早速ゲームで遊ぶことになった。
この部屋だと、大きなテーブルに広げられるので良いね。
クレアは見た目が可愛い絵柄のカードゲーム。出したカードの強さを競っていくゲームだが、逆転要素が多めで白熱した試合になりやすい。
「このカードなら勝てますわ!」
「じゃあこれ!」
「クレアの引きが良すぎる……」
クレアの圧勝で終わった。
リルファナは頭を使う陣取りタイプのゲームを選んだ。ファンタジー風の絵柄の箱に入っている。
勝利方法がいくつかあり、最初に選んだキャラクターによって能力が違うので陣を拡張するか、自陣を強化するかなど狙っていく方向性が少し変わるようだ。意外と戦略が多くて難しい。
「クレア、こっちの資源と交換しよう」
「うん、いいよ」
「お2人ともずるいですわよ!」
「長所と短所が完全に逆で噛み合ってるからね。これも戦略だよ」
上手くリルファナを出し抜いてクレアとわたしのワンツーフィニッシュ。
その後、キャラクターを変えて遊んだところリルファナが1位を独走して終わった。
わたしが買ったのは農場を経営して点数を稼ぐゲーム。1ゲームにそこそこ時間のかかるタイプ。
「ミーナ様強すぎますわ」
「人によって出来上がった農場が違うから、それを見るのも楽しいね」
……うん、オリジナルを兄さんたちと遊んでいたことあるから完勝だった。この手のゲームは何度も遊ばないと戦略が分からないのが難点だね。
夕飯とお風呂の時以外は寝るまで遊んでいた。ボードゲームは2人にも好評だったようで安心だ。
◇
見事な青空になった翌朝、宿屋で朝ご飯を食べたあと部屋を引き払ってギルドに顔を出す。
受付ではなく自由に使えるテーブル席でレダさんが待っていた。
「おはようさん。早速行こうか」
この前と同じ道でレダさんの家に向かう。
「そいえばフェルド村に手紙って出せるんですか?」
父さんが帰れないときは手紙を出せと言っていたけど、どうやって送るんだろうと疑問に思いレダさんに聞いてみる。
「マルクが月に1回か2回は来てるはずだから取りに来るまで待つか、急ぎなら冒険者に依頼として小銀貨2枚ぐらいで頼むかかね。フェルド村だと他の町への通り道じゃないからすぐ受けてくれる冒険者を見つけるのは難しいかもしれないさね」
たまに町と往復していた父さんは手紙の配達をしていたようだ。
まあ、外から重要な手紙が来るのは、ほとんど父さんか村長さんぐらいらしい。わたしはあまり気にしてなかったけど、他の村から嫁いできた人に手紙がきたりすることもあるらしい。
ということは月末に帰り忘れてたら父さんが町まで確認に来るのかな?
話しながら歩いているとレダさんの家に到着した。
「とりあえずあたしが使ってる部屋を教えるから、ミーナちゃんたちがメインで使う部屋を選んで教えておいてほしいさね」
レダさんが使っているのはホールの左にある階段を上がった正面の部屋。それと、その左の部屋は倉庫にしているとのこと。残っているのは右側2部屋と、両端の部屋の正面にある1部屋ずつだ。
地下にも使用人が使うための部屋が4部屋に、倉庫が3部屋あるけれど窓が無いので2階の方が良いだろう。
「それと1階の部屋は、客室として空けておいておくれ。マルクが来たときには泊まってもらっても良いさね」
わたしの部屋が右奥、隣がリルファナ、反対側をクレアが借りることにした。
またレダさんの倉庫の正面も倉庫として使わせてもらうかもしれないと伝えておく。実際は生産スキルを使った作業場にする予定。
広いので寝室は3人で1部屋でも大丈夫なぐらいだけど、レダさんが一応決めておけというので使わせてもらうことにした。
そのあと地下を確認しに行くと崩れた場所は綺麗に塞がっていた。ここが食料倉庫らしいので、あとで少し食材を買っておこう。
レダさんはわたしにスペアの鍵を寄こすと仕事に戻ると帰っていった。それと父さんにレダさんの家に部屋を借りたことを連絡しておいてくれるらしい。レダさんは気が利く人だと思う。
「とりあえず布団だけは干しちゃおうか」
「うん!」
「分かりましたわ」
2階の全ての部屋にタンス、ベッド、書き物机、テーブル、チェストなどの生活するのに必要な家具一式が揃っていた。
布団を干したあと、食材や必要な食器や歯ブラシといった小物の買い物に行く。リルファナが花の種を買っていたので花壇に撒くつもりかな。
お昼は前に寄ったお店のミートサンドだ。違うソースも追加したと醤油を使った和風のものが追加されていた。
部屋の片付けなどをしている間にあっという間に時間は過ぎていく。
夕食は久しぶりに料理をすることにして、キッチンの使い方を覚えながら簡単なものを作る。外食だとあまり食べないので野菜中心にした。
「やっぱりお姉ちゃんの手料理は美味しいね」
「ええ、わたくしも少しぐらいは作れるようになりたいですの」
2人とも簡単なものぐらいなら作れるんだけどね。褒められて悪い気はしない。
初日だからレダさんが帰ってくるかと念のため食事は多めに用意したが、帰ってこないようだった。
クレアがルールを覚えているうちにもう少し遊びたいと言うので、ボードゲームで少し遊んでから各自の部屋で寝ることになった。
――その夜。
部屋に1人で寝るのは日本での1人暮らしぶりだなとベッドに入った。
うーん、なんだか落ち着かないと思っていると扉がノックされて、クレアが枕を持ってやってきた。
「お姉ちゃん、一緒に寝てもいい?」
クレアは今まで1度も1人で寝ることがなかったので寝付けなかったのだろう。
「はいはい」
「えへへ、お姉ちゃんありがとう!」
少し場所を空けてぽんぽんと叩くとクレアが嬉しそうに入ってきた。
リルファナが来てから村では3日に1回は一緒に寝てたはずなのだけど、なんだか随分しばらくぶりに感じてしまった。
「ミーナ様とクレア様だけずるいですわ!」
翌朝になって、わたしを起こしに来たリルファナが何故か怒っていた。
結局、今後はわたしの部屋にベッドを運んで来て一緒の部屋で寝ることになるのである。




