掃除依頼
ギルドマスターの部屋の扉をノックする。
「入っていいよ!」
レダさんの声が返って来たので「失礼します」と部屋に入ると、山積みの書類と格闘中のレダさんがいた。
「ミーナちゃんたちかい、どうした?」
「部屋の掃除の依頼が貼ってあったので話を聞きにきました」
「昨日の夜、久しぶりに家に帰ったらほこりだらけでギルドに帰って来るはめになったんだよ。隅々までは必要ないけどざっと掃除して欲しいさね」
……本当に掃除なんだ。ギルド内じゃなくてレダさんの家の方なんだね。
「キリの良いところまで片付いたら案内するから、座って待ってておくれ」
レダさんは書類に目を落とすと、何かを書き付け始めた。
大人しく3人で座って待っていると、レダさんはキリの良いところまで片付いたようで席を立って伸びをする。
「お待たせ。行こうか!」
◇
レダさんに連れられてやってきたのは、東通りから北東区の環状になった道へ入って進んだ先。貴族の家が立ち並ぶ少し手前側の辺りで、爵位は持たないがギルドや商家などのそれなりの立場の人たちが住んでいるそうだ。
貴族や豪商の家というだけあって、敷地はしっかりとした鉄柵に囲まれているし建物も見上げるほどに大きい。
レダさんは、その中のひとつに立ち止まると門を開けて中へ入っていく。
馬車も入れるようになっている大きな門から玄関までは石畳になっていて、その間の前庭はいくつかの木が立っている以外は芝のままだった。家の窓の下には花を植えられる花壇もあるが、こちらも手をつけていないようで土だけとなっていた。
家の向きなどから、方角を考えるとここがメインの庭にもなる造りだと思うが、随分と殺風景な印象である。
「あまり帰ってこないし、管理も面倒だからほとんど何も植えてないさね」
これだけでも手入れを頼むのにお金がかかると言いながらレダさんは、すたすたと玄関へ向かっていく。家は左右対称になっていて18世紀初期のカントリーハウス風だ。
「大きい家だね」
「ギルドマスターになるとこれぐらいの家に住めるんだねえ」
クレアとこそこそと話しながら鍵を開けたレダさんに付いて家に入った。
「ホールと廊下はまだ良いんだけど、部屋がねえ」
ホールに入ると左右に部屋があるようで扉がある。正面にも扉があり部屋になっているようだ。正面の部屋の手前は左右へ廊下が伸びている。また2階への階段がある。
レダさんはホールを抜けて目の前の部屋に入ると絨毯のせいなのか、確かに埃が酷い。少し歩くと埃が舞って目が痛くなる。
よく見ると廊下も隅の方は綺麗とは言えない気がする。
「2階から地下まで、テーブルや床の埃をざっと払ってくれれば良いから頼むよ。全部やると時間がかかるだろうから細かい部分はやらなくてもいいからね」
「分かりました」
まず窓を開けて換気し、2階から始める。
掃除の方法は、本を読んで習得した生活魔法を使っていくことにした。3人での簡単な連携練習として部屋の掃除にも使っていたのである。
敷かれている絨毯は毛の短いもので洗濯可能とレダさんに確認した。
「それではいきますわよ」
リルファナが開始の合図を出す。
「『清掃』」
「『洗浄』」
「『乾燥』」
リルファナが『清掃』で溜まったゴミを外に掃きだす。普段使っていないと言う通り、辺りに紙などの簡単に飛んでしまうようなものが無いので家の掃除より楽だ。
クレアが『洗浄』で床やテーブルを一気に洗い流したところを、わたしの『乾燥』で乾かしていく。
「ミーナちゃんたちはすごいさね。生活魔法をこれだけ上手く使っているのは、長年生きているあたしでも見たことないよ。貴族の家の掃除屋でも生活していけるんじゃないかね? あれこれと器用で羨ましいさね」
レダさんが目を丸くして驚いている。
……魔力上げの賜物だろうね。
生活魔法も魔法であることに変わりはないのでスキルレベルがあるようなのだ。体感的にだがスキルレベルが上がると細かい操作がしやすくなるという効果だと思う。
しかし、長年生きてるって見た目通りの歳じゃないとは思ってるけど、随分落ち着いてるしレダさんは何歳なんだろう?
「ミーナちゃんたちなら、あたしがずっとついている必要は無さそうだし先にギルドに戻るよ。午後1の鐘がなったら確認に来るから、それまでに出来る範囲でやっておいてくれれば良いからね」
レダさんがギルドに帰ったあとも、3人で協力して1部屋ずつ掃除していった。
このペースなら昼前に終わるんじゃないかな?
「次は地下ですわね」
2階は寝室やプライベートルームが多く、全部で6部屋。1階はホールの左右が客用の寝室と食堂。ホール奥が大きな応接室とお風呂や台所となっていた。
レダさんに聞いておいたところでは、地下は使用人部屋や貯蔵室になっていると言っていたかな。もちろん使ってはいないらしいけど。
階段横にあった魔導機の灯りのスイッチを入れる。
「ここは廊下も随分埃が積もってるよ、お姉ちゃん」
「全然使ってないって言ってたしね、ここは廊下もやろうか」
「うん!」
上の階と同じように生活魔法で掃除しようと、廊下の奥まで進む。角の部屋まで来たところでリルファナが不思議そうな顔をした。
「ミーナ様、この部屋に何かいますわ。使ってないはずですわよね?」
「人?」
「いえ、そこまで大きくは無いと思いますの。猫か何かでしょうか……」
リルファナの気配感知も何がいるか特定までは出来ない。
入り口の扉は閉まっているし、地下なので開けた窓から入ってくることもないと思うのだけど。
「どっかから出てくると困るし先に調べておこう」
「分かりましたわ」
リルファナは短刀を抜いて扉前についた。クレアは杖を構えて魔力を集め出した。
わたしは廊下では片手剣が振るえないので予備にしている短剣を取り出す。
リルファナが目線で合図を寄こしたので、クレアと頷く。
扉を開ける。灯りのスイッチは扉の左右にあることが多い、リルファナが壁を向いていては危ないので、わたしが後ろからスイッチを探し灯りをつけた。
空の棚が多く置いてあり酒か食料の貯蔵室だと思われる部屋だった。
「ネズミですの?」
部屋の端の方に、灰色に黒いまだらのある大きなネズミがいた。
下水や洞窟に住み着くウェイストラットという動物で魔物ではない。と言っても下水を荒らして詰まらせることがある害獣の一種だったはず。駆除してしまっても問題は無い。
セブクロでは下水を探索するようなサブクエストなどで名前や姿はたびたび登場するが、ゲームに風情を出すような存在で魔物として戦える相手ではなかった。
魔物としてデータが無かったためか、リルファナも覚えていないようだ。この辺りはあちこちと散歩していたわたしの方が知識を持っているのだろう。色々と調べまわる学者みたいなことをしていたフレンドもいたから余計にね。
「ウェイストラットだね。害獣の一種だよ」
「倒してしまっても良いのですの?」
良いけど、そのセリフは負けフラグじゃないかな?
……ただちょっと大きいだけのネズミが、リルファナに勝てるわけもなく一刀で駆除された。床を汚さないように峰打ちである。
「もう気配はありませんけれど、どこから入ったのでしょう?」
「調べてみようか。一応扉は閉めておいて」
「分かった!」
どこからか入ってきて部屋から出てしまっては困るので扉は閉めておくようにクレアに指示する。
部屋を一回りしてみると、もう1匹隠れていたがクレアの杖に叩かれて沈黙したようだ。ウェイストラットがいた原因はすぐに見つかった。
部屋の一部の石積みが崩れていて、そのまま地下水へと繋がっているようだ。あまり大きなサイズではないが、屈めば大人でも抜けられそうな穴になっている。
ガルディアの町って下水完備してたんだね……。そう思ってよく考えたら宿屋のトイレも水洗だった。
「とりあえず板か何かで塞いでおいて後でレダさんに報告しようか」
「お姉ちゃん、ここの棚で塞いでおけばいいんじゃないかな」
「そうしようか」
空になっている棚のうち、動かせそうなものを探して塞いでおくことにした。
どの棚か分かるように紙に「裏の壁に穴あり」と書いて貼っておく。
「よし、掃除を進めようか」
「はーい」
他にはトラブルも無く順調に掃除が進んだ。
一通り掃除が終わったが、まだ午前4の鐘がそろそろ鳴るかというところかと思う。
「うーん、どうしようか?」
「細かいところも掃除しておく? もしかしたらこの家を借りるかもしれないんだよね?」
「そうですわね。本当に全然使っていないようなのでもったいない気もしますの」
「じゃあ少し休憩してからそうしようか」
お昼はどうしようかと思っていると、ギルドの制服を着た女性がやってきた。受付にいたのを見たことがあるかもしれない。
「ミーナさんですか? レダさんから昼食の配達を頼まれたのですが」
受付の女性は持っていた袋を見せる。中にお弁当が入っているようだ。コップも入っている。
「ギルドで作っているお弁当です。水は家の水道を使ってくれだそうです」
お弁当とコップの入った袋をわたしが受け取ると、女性はギルドの方へと戻っていく。配達する代わりにお昼がレダさんのおごりになったと喜んでいた。
依頼書にお弁当支給とは書いてなかったので、午後までやれと言ってしまったからレダさんが急ぎで手配してくれたのかもしれない。
水道もしばらく使っていないせいか、出し始めは濁った水だったので、そのまま出しっぱなしにしていたら濁りも無くなり飲めるようになった。
お弁当は、甘酸っぱいたれのかかった肉団子がメインのようだ。添え物に蒸かした野菜なども入っていた。ご飯が良かったが入っていたのはコメではなくパン。
コメは暑いと悪くなりやすいので、いつ食べられるか分からない冒険者の弁当には向かないのかもしれない。
作物の出来方は違うけど、日本で食べる米と性質はほとんど変わらないみたいなんだよね。
味はやっぱり常に研究して新しいものを作っている日本の物の方が良いけど。
おかずの種類は少ないが量が多めでがっつり系、まさに力仕事の多い冒険者向けという感じの昼食だった。
午後は、吊り下がっている灯りとか、家具類を重点的に掃除した。
◇
「お疲れさん。この短時間で随分と綺麗になったさね」
午後1の鐘が鳴ってからギルドを出てきたのだろう。レダさんがやってきた。
「レダさん、地下の壁が崩れたみたいで穴が空いて、下水につながっちゃってましたよ」
「おお……」
確認したレダさんがどうしたものかと悩んでいた。
ネズミの方はギルドに持ち帰ってみて、歯や爪がサイズ次第では使えるかもぐらいらしい。お金になるかは微妙だそうだ。
「ここは後で修理を頼んでおくことにする。依頼の掃除の方は終わってるからギルドに戻るさね」
レダさんと窓や玄関の鍵を閉めたのを確認してから一緒にギルドに戻った。
ネズミも買取してもらったけれど、査定は2匹で小銅貨5枚。
「依頼書には小銀貨2枚となっているけど、ネズミ退治と思っていた以上に綺麗にしてくれたからボーナスをつけて小銀貨3枚にしておくさね」
「ありがとうございます」
うーん、町の中の仕事はかなり安いな。やはり昨日は結構稼げた方なのだろう。
「E級の報酬は、成人前の見習いの賃料と同じぐらいになってるんだ。D級に上がればミーナちゃんたちならそこそこ稼げると思うさね」
顔に出ていたのだろうか、レダさんが苦笑しながら教えてくれた。バイト代ぐらいって感覚なのかな。
レダさんから依頼完了の証明書を貰って受付に持って行くと、昨日の職員だった。
「依頼の完了報告をお願いします」
証明書とギルドカードを渡す。
「はい、確認しますね。」
昨日と同じように、受付の女性がギルドカードを入れて魔法具を操作している。
「おめでとうございます。お三方とも昇級の条件を満たしましたのでD級となります。登録時と同じようにカードに魔力を流すか、血を1滴垂らすと更新されます」
お礼を言ってカードを受け取り魔力を流してみると、Eとなっていた場所がDへと変化した。魔力によって出来る模様も少し形が変わったが、色の変化は無かった。
クレアは薄い金色が少しだけ濃くなったように見える。リルファナは魔力操作しているようで一切変化が無い。
お金の方は、また夕飯代にすることにして現金で受け取った。E級の間は必要経費と割り切ってはいるが、宿代分が丸々赤字だ。
夕飯にはちょっと早いからどうしようかと、3人で相談しようとギルドの席に座る。
「なあ、ちょっといいか」
声をかけられたので振り返ると、講習のときにいたガキ大将っぽい少年がいた。