ハチミツトースト
午後2の鐘が鳴る前には、ガルディアの町に戻って来ることができた。
依頼の報告はギルド横の素材の買い取り場所で出来るので、そちらに持ち込む。
「おう、いらっしゃい。依頼報告か? 買取のみかな?」
筋肉質でがたいの良いお兄さんが受付をしていた。まだ春先なのに暑いのか、半袖シャツに作業用のポケットの多いズボンという格好だ。
「E級の依頼報告です」
「あいよ。ギルドカードと、持って来たもんをここに出してくんな」
E級と言ったので常在依頼だと思ったのだろう、紙束を出して依頼内容を確認しているようだ。
わたしたちは、ギルドカードとマジックバッグから蟹と綿草をカウンターへ置いていく。
「おや、マジックバッグ持ちなのにE級依頼とは珍しいな」
「先輩冒険者にかなり安く譲ってもらったんです」
「なるほどな」
親が冒険者や商人などで譲り受けることもあるだろうし、持っていることが珍しくても明らかに何か怪しいということはないのだろう。
「うん、足長蟹も状態が良いし、綿も潰れてないし綺麗だ。これなら全部で大銀貨1枚と大銅貨5枚ってところだな。依頼の報酬は受付で渡すことになってるから、ギルドカードを持って行ってくれ」
受付のお兄さんが、ギルドカードを後ろにある箱状の魔道具に入れて、なにやら操作している。
「お、初めての依頼にしては上等な物を集めてきたな。……って、そうか去年の事件の協力者だったか」
あの魔道具を使うと色々と記録されていることが分かるようだ。
蜘蛛の女王については受注ランクが高すぎて結局のところ依頼扱いにしていない。レダさんが追加した裏書に気付いたようだけど、どうやらギルド内では周知の事実になっているみたいだ。
「これでよし。『綿の採取』と『足長蟹の討伐』の完了だ。受付にはいつ持って行っても良いけどカードをなくして再発行した場合は、報酬については受け取れないことがあるから注意してくれよな」
預金はギルドカードを無くしても再発行すれば平気と聞いたけど、カードへの保存の仕方が違うんだろうか?
◇
報酬を貰いに、ギルドの受付に戻ってきた。このシステムはちょっと面倒だね。
「すいません、依頼の報酬を受け取りたいのですけど」
3人でカードを提出する。
「はい、カードの確認をしますね」
こちらでも箱状の魔道具に入れて、確認している。この世界のコンピュータみたいなものなのだろう。ネットワークで管理されているわけだから随分高性能だと思う。
「報酬は、カードに入れることも出来ますがどうしますか?」
「現金でお願いします」
わたしたちの懐事情を考えるとそこまで大した額でもない。初依頼のお祝いに今日のご飯代にでもしよう。
綿はかなりの量を持って来たのにわたしたちの宿代にもならないことを考えると、E級の依頼で今の生活を続けるのは難しそうだ。
マジックバッグを持たない冒険者だと、切り詰めた安宿暮らしならぎりぎり生活出来るかどうかといったところだろう。体調不良だろうが大雨だろうが、毎日依頼に出かける必要があることを考えると現実的ではないかな。
「依頼で何か困ったことなどはありましたか?」
「いえ、特には」
クレアとリルファナの方を向いたが、2人とも頷いただけだった。
「ふむ、そうですか……。では依頼報告も完了です。お疲れ様でした」
何か相談した方が良かったんだろうか……。
行って回収して帰ってくるだけの依頼では困ったことなんて言われても何も無いよね。
ギルドから出ると午後2の鐘がなった。夕飯にも丁度良さそうな時間だ。
「この報酬で今日の夕飯は軽くお祝いしようか」
「え、いいの?」
「せっかくの最初の依頼達成だしね」
「何処のお店にしますの?」
「特に決めてないけど、希望はある?」
「あ、さっき通ったところの店で気になるところがあったよ、お姉ちゃん」
どうやらクレアは西通りの店で気になっている場所があるらしい。リルファナはどこでも良いとのことでその店に行ってみることにした。
◇
クレアが先導して着いたのは、一目でファミリーレストランを思い浮かべるような店だった。親しみやすい木造の建物で、店の中は観葉植物などで席が区切られているように見える。
「ここだよ!」
入り口にメニューの看板が出ているが、内容もハンバーグやパスタ、グラタンといった洋風メニューが多い。お値段も普通。うん、ファミレスだ。
「甘味もあるんだって」
「まあ!」
クレアが嬉しそうにしているので、デザート目当てか。リルファナも興味がありそうだ。
パフェとかケーキがあるのかな。
村ではわたしが作らないとほぼ野菜メイン、たまに肉だった。リルファナが来てからは半々ぐらいになった気もするけど……。
今日はお祝いだしお腹に入るなら何個か食べても良いだろう。
「甘味もあるから食事は少なめにしようかなあ」
「そうですわね、でも食べたいものが多いですの」
「そうなんだよね」
窓際の席についてメニューを開きながらうんうんとクレアとリルファナが考え込んでいる。
わたしもメニューを開いて確認した。ここも絵と説明付きのメニューだ。
わたしはパスタ系でいいかなと、メインはそこそこにデザートの方を眺める。わたしだってたまには甘いものも食べたくなるよ。
メニューの一覧にはパフェ、ホットケーキ、ハチミツトーストなどが並んでいる。
絵を見て気付いた。
ハチミツトーストはやばいやつだと。
ハチミツトーストは、ハチミツを浸した食パン一斤の上から更にハチミツやクリームを大量にかける。そこに旬のフルーツが乗っているデザートだ。いや、すでにサイズ的にデザートじゃないと思う。
似たようなものを友達と行った日本の店で見たことがあるが、そのときは2人だったので途中で撃沈した。美味しいけど、あの甘さであの量を食べるのは無理だった。
昔の転生者が残した遺産だろうか。メニューに残っているぐらいだから美味しいことは美味しいのだろう。
「ハチミツトーストはこの店のオリジナルらしいよ、リルファナちゃん」
「随分大きいのですわね。みんなで分けて食べるのでしょうか」
あ、気付かれた。
まあ1回ぐらいは経験してみるのも良いだろう。1個だけ様子見で頼むことにしようと言う以外は黙っていよう。
給仕さんに食事とハチミツトーストを注文して窓の外を見ていると、講習会にいたガキ大将っぽい少年が西通りを歩いていた。
怪我などは無さそうだし、装備もしっかり身につけているが、ちょっと気落ちしたような顔だったので依頼が上手くいかなかったか、報酬が最低額しか貰えなかったのだろうか。
少年の方は店にいるこちらには気付かずに去っていった。
◇
しばらく待つと頼んだ食事とお茶やジュースが運ばれてきた。
わたしは卵とクリームのパスタ。クレアとリルファナはステーキ定食みたいなものを頼んでいた。
2人ともボスがいるのに結構がっつり系を選んだなあ。
「ミーナ様、お祝いなら乾杯しましょう」
「ん、じゃあ。……初めての依頼成功とこれからに乾杯!」
「「かんぱい!」」
デザートは後にして貰ったのでゆっくりと食事を楽しむことにした。
食事が終わり、ハチミツトーストが運ばれてくる。
日本で見たものとほぼ同じだが、ちょっと食パンが小さめかな?
「甘い」
「甘いね」
「甘いですわ」
一口食べた感想は一緒だった。これは残るかなと心配していたのだが。
驚くべきことにクレアが頑張って食べきっていた。1人で半分ぐらい食べたんじゃないだろうか……。
「甘くて美味しかった!」
「ええ、大きさはもう少し控えめですと良かったですの」
「わたしは、しばらくハチミツはいいかなって気分」
クレアが頑張ってるときにメニューを見ていたらミニもあった。小さく書いてあったから気付かなかったよ。
食事も済んだので、今日は宿に帰ったらお風呂に入って寝るだけである。
ちなみに寝る前にはクレアだけでなく、わたしやリルファナもよく生活魔法や無害な魔法を連打している。
わたしの場合は下位の魔法だと魔力が尽きないようなので適当なタイミングでやめるんだけどね。セブクロの魔法戦士は、魔力の自然回復量が上がるスキルがあったので、消費を上回っているのだろう。
今日は防御値強化にした。
加速はうっかりすると布団を蹴っ飛ばして、どっかに飛んでいったりするので面倒なのだ。
◇
――翌朝。
昨日と同じようにギルドに来て依頼の貼られた掲示板を眺める。
討伐と採取は昨日まとめて終わらせたので、レダさんが言うには、護衛かその他枠というのを受ければD級に昇格するはずだ。
当たり前でもあるが、駆け出し冒険者に護衛を頼む人はいないので基本的にはその他枠の雑用になることが多いようだ。
掲示板で面白そうな依頼を探していると、昨日貼ってなかったE級向けの依頼があった。
「部屋の掃除……ですの?」
「うん、依頼者がレダさんなんだよね」
「ギルドの部屋を掃除するのかな?」
「職員が掃除していそうですわよね」
「どうせ雑用系をやらないとだからこれを聞いてみようか?」
受付にレダさんは見当たらなかった。
講習を担当していたアゼイリアさんがいたので、掲示板の依頼書を剥がしてレダさんの依頼について聞いてみると、ギルドマスターの部屋にいるからそっちで聞いてくれと言われた。
さて、どんな仕事なんだろう?