最初の依頼
翌朝、朝食をすませてお弁当を買ってからギルドに向かった。
朝だと依頼を探している人も多いようで、掲示板の前に冒険者が集まっている。
受注出来る依頼は自分のランクまでとなっているので、わたしたちが受けるのはほぼ確実に常在依頼から選ぶ。急ぐ必要は無いし、集まっている人数が多いと言ってもパーティで相談しながら決めているようなので少し待てば空くだろう。
3人でテーブル席で様子を見ながら待っていると、昨日の講習に1人で来ていた少女がいた。見知らぬ3人と一緒にいるようだ。
話している内容は分からないが、他の3人は手馴れている様子で昨日の少女に説明しているようなので、元々パーティを組む予定の相手だったのかもしれない。
「さて、どうしようか?」
掲示板の前も空いてきたので改めて今日受ける依頼を決めることになった。
「薬草採取やウルフ討伐なら東門を抜けて森に出ればすぐ出来そうですわ。村のときと代わり映えしませんけども」
「リルファナちゃん、この『綿の採取』はどうかな?」
綿は、たんぽぽのようにふわふわとした白い繊維状の花が咲く綿草から取れる素材だ。綿草はこの世界特有の植物で、川や池など水の近くに生えていることが多い。わたしが知っている地球の綿花と似ているが綿の出来る位置と、降雪するような寒い地域でも育つという違いがある。採取した綿自体に違いはない。
「えーと、西門から出たところですわね」
「それならこっちの『足長蟹の討伐』も同じ方向だね」
わたしが見ていた依頼書も西門の方向だ。
足長蟹、わたしの膝から腰ぐらいの大きさの蟹で、足が非常に長いのが特徴だ。近寄らなければ人を襲うことはあまりないが、食べると美味しいので食材としての討伐依頼だろう。
E級なのでそんな難しい内容でもなさそうだ。おおよその場所もしっかりと書かれている。
報酬は成果次第で変わるようで、最低保障額しか載っていない。保障額は小銀貨1枚ほどだ。
上手くやれば討伐依頼と採取依頼の両方の昇級条件が満たせるし、片方見つからなくてもどっちかは達成出来るだろう。
どちらも常在依頼のようだから、このまま西門へ向かえば良さそうだ。
「この2つを狙ってみようか」
「うん!」
◇
西門は、窓口が少ないぐらいで南門と同じような造りだった。
門から外に出ると、街道の周りには大きな畑が広がり、ちらほらと家も見える。害獣避けと区画分けのために畑は簡易的な柵で囲われている。
「西門側は農家が広がってるんだね」
「ギルドで買った地図にはそこまで書いてませんでしたわ」
ギルドで取り扱っている地図は、ガルディア周辺の村や森、川などのおおよその位置が書かれただけの簡易的なものだった。それでも、この辺りで依頼を受けるには十分そうではある。
「お姉ちゃん、大きな道に沿った畑なだけでも村と違って見えるね」
「そうだね、それに村と違って同じ野菜や果物を植えている範囲が広いみたい」
好きなものを家ごとに適当に植えている村とは違って、しっかりと育てるものごとに区画整理されているようだった。
町の外で生活する人々がいるためか魔物避けの石柱も数が多く設置されている。
体感で1時間ほど歩くと石橋がかかった広い川に出くわした。旅人向けなのか、橋の近くに小さな飲食店がぽつんと一軒建っている。
川から水を引いているのか、畑は橋の向こうにもまだ続いているようだ。
この川は北の霧の山脈から、ずっと南下していき隣国のヴァレコリーナの方まで流れている。村から来るときも左手に見えていた川で、ここから少し南へ行ったあと1度東へ折れるのだろう。
「ここを川沿いに北へ行けば綿草の群生地があるみたい。足長蟹の生息地もこの川の周辺だね」
「お姉ちゃん、服屋さんがクロコダイルを狩ってきたって言ってたのもこの辺りなのかな?」
「クロコダイルはそこそこ強い魔物だから、別の場所かもっと北か南に行ったんじゃないかと思う。そこまで危険ならE級の依頼書に場所を書かないだろうし」
「そっか。じゃあ大丈夫かな?」
「一応注意はしておいたほうがいいと思うけどね」
「分かった!」
石橋は渡らずに北へ向かって歩き出す。
道から逸れるので、ここからは魔物の気配の分かるリルファナが先導する形だ。
「向こう側に見つけても渡れそうにないね、お姉ちゃん」
川幅が30メートル以上はありそうだし流れもそこそこ速いので、クレアが言う通り反対側に渡るのは難しそうだ。
「どっち側にあるか分からないから仕方ないね」
景色は一面に広がっていた畑がなくなり、なだらかな草原へと変化していく。
右手の草原と左手の川岸を交互に眺めながら歩いていたが、綿草も蟹も見つからないまま太陽の位置が真上に差し掛かりそうだ。そろそろお昼だろうか。
「依頼書には川沿いとしか書いていませんでしたが、まだ見つかりませんわね」
「町を出てから大体4時間……じゃなくて鐘1つ分と少しだからね。E級の依頼は日帰り出来るぐらいって聞いてるしそろそろ何かしらあるんじゃないかな?」
「お腹も空いたしお昼にしようよ、お姉ちゃん」
考えてみるとクレアの腹時計は毎回ほぼ合ってる気がする。地下でも分かるし便利だな。
平らそうな草地を探して座ると、今回も各自の好きな弁当を食べながら休憩する。
「のどかだねえ……」
石が転がっていない草の絨毯は意外と座り心地が良かった。
軽い満腹感と穏やかな風も心地よい。寝転がりたい気分だが、流石に魔物が出るかもしれない場所でそんなことするわけにもいかないか。
◇
「あ、ありましたわ!」
川が浅瀬のようになった場所に出た。ここからなら反対側にも渡れそうになっている。
そして目当ての綿草が広い範囲に群生していた。
「あれ、蟹じゃない?」
浅瀬の砂利の上、岩の陰になるようなところに足がすごい長い蟹が立ち止まっているのを見つけた。実際に見るとアンバランスさにびっくりする長さだ。
足長蟹は足が長いため、浅瀬や岩場などの足場の悪いところを好んで生息するらしい。
辺りを観察すると、他の岩陰にも座り込んでいる足長蟹が何匹か見えた。
「とりあえず蟹から倒そうか。逃げられるかもしれないし」
「どう倒しますの?」
「食材目当ての依頼だろうから焼いたり、ぼこぼこにしない方が良いかな。剣か氷針、風刃辺りで倒そうか」
セブクロでは初期の方で相手にする魔物である。倒すだけなら簡単なのだが品質を考えるとちょっと面倒だ。
「そうすると、わたくしは魔法を使ってはいけませんわね」
リルファナはトリックスターの能力である『聖者と悪魔』により魔法を使う場合は必ず反属性とセットで撃たなければならない。セブクロでは水と火、風と土、光と闇となる。
現実になってしまうと、こういうデメリットも増えるのか。
「クレア、氷針の練習しようか」
「えっ! ……うん、まあいいけど」
「倒しきれなかったら、わたしも撃つよ」
「分かった。やってみる」
わたしが補助することを伝えると急に話を振られたクレアの緊張が和らいだ。
クレアは両手杖を構えて、魔力を集める。
最近、何となく魔力の流れのようなものが分かるようになってはきたけど、何をしているのかまでは魔法の行使が感覚派のわたしにはよく分からない。
「氷針!」
クレアが作り出した3つの氷柱が、真っ直ぐに足長蟹へと吸い込まれた。
蟹は足を広げて伏せたような体勢になっている。しばらく見ていたが動く気配がない。
「動きませんわね?」
「倒せたかな?」
リルファナが岩場の蟹へと近寄って、拾った木の棒で突いたが動かない。
「倒したようですわね」
「やった!」
うーん。蟹のレベルって随分低かった記憶はあるけれど、正直なところクレアの魔法の一撃で倒せるとは思っていなかった。急所に入ったのかもしれないけど。
「E級の依頼は1匹でも持ち帰れば良いみたいだけど、もうちょっと倒していこうか」
解体してマジックバッグに入れて持って行くとしても3匹ぐらいで十分だろう。植物もそうだが、魔物を狩りすぎるのも環境にはよくないはずだ。魔物に危険性があるなら人里近くで見かけたら倒してしまうけれどね。
続くもう1匹もクレアが一撃で倒せたが、3匹目は倒せなかったのでわたしが氷針でトドメをさした。
3匹の蟹を解体してマジックバッグにしまう。
蟹はもういいだろうと、綿草から綿を採取することにした。
綿草の葉は横に広がるように伸びていき、その中央に綿が出来るため背丈はほとんど無い。綿の部分だけを摘むように採取すれば、時間が経つとまた綿が出来るようだ。
依頼書に書かれた綿の採取量は、開いて合わせた両手に乗るぐらいの量となっていた。
レダさんいわく、冒険者としてやる気があるかの練習らしいのでこんなものでもいいのかもしれないが、それを考慮してもアバウト過ぎないだろうか。
リルファナは綿を集めるのが随分速い。わたしとクレアは同じぐらいだけど、リルファナだけ倍近く集まっていた。
「なんだか随分集まっちゃったね」
「リルファナがどんどん集めてたからね」
「なんだか採るコツみたいなことを自然に出来てしまうような気がしますわ」
慣れてるとかそういうレベルじゃなさそうなので裁縫スキルの影響っぽい。わたしも食材の調理法が分かるし、採取にまで効果があるのだろう。
布団が作れそうなぐらい集まった綿をマジックバッグに詰めて立ち上がる。
採取で長く屈んでいたから、伸びをすると気持ちが良い。
「じゃあ帰ろうか。午後2の鐘ぐらいまでには帰れそうかな」
「はーい」
「わかりましたわ」
マジックバッグもあるおかげか随分と楽だ。E級の常在依頼の報酬は採取量で変わるとなっていたけど、いくらぐらいになるんだろう?