講習後
レダさんの話を聞いたあと、食券を貰ってから1階へ。
講習自体はあまり長くなかったので、そろそろ午後1の鐘が鳴るぐらいだろうか。
「せっかくだから依頼のボードを見ていこうか」
「うん、どんな依頼があるんだろう?」
「楽しみですわね」
受付近くの壁に大きな掲示板が4つほど並んでいる。受付側から3つの掲示板に低ランクの依頼、高ランクの依頼があり、最後の1つはパーティやチームメンバーの募集とギルドからのお知らせが貼られた掲示板が並んでいるようだ。
レダさんは受付に座っている。ギルドマスターの仕事はしてるのかな?
「おいおい、嬢ちゃんたち。そこは高ランク向け依頼のボードだぜ!」
適当に眺めていたら、後ろから声をかけられた。
声をかけてきたのは、いかにもどこかの下っ端感があるスキンヘッドのひょろっとした男。短剣を腰の左右に1本ずつ吊っている。
……お約束かな?
「あわわ」
クレアが男の外見にびっくりして声が出せないでいる。
「こら! あんたは犯罪者級に柄が悪いんだから女性にいきなり声かけちゃダメよ。びっくりしてるでしょ」
後ろからローブ姿の女性が駆け寄ってきて、持っている杖を思いっきり振り下ろした。ガツンというかゴツンというか変な音がしたけれど、下っ端男はあまり気にしていないようだ。
「ああ、すまんすまん。見たところ嬢ちゃんたちは駆け出しだろ? 低ランク向けの依頼はそっちだぜ!」
びしっと受付側のボードを指差した。単に教えてくれただけのようだった。
その顔で親切キャラなのはダメでしょ。どう考えてもやられ役でしょ。
……いや、喧嘩したいわけじゃないから別にいいけど。
「ごめんね。こいつも悪いやつじゃないんだけど見た目がね……。でも、中身は本当にいいやつなのよ!」
途中から顔が赤くなりつつ弁解していた女性に、受付の方へと引きずられていった。
見た目は下っ端でもモテる男のようだ。
◇
改めて依頼を見ていると、E級の依頼書は四隅が留めてあるものが非常に多い。言い方は無いみたいだけど、常に受け付けているのだから常在依頼とでも呼べばいいか。
内容はウルフ討伐、ラージラット討伐、薪の採取、薬草の採取といった具合。
個別の依頼は掃除手伝い、犬の散歩の代行、腰が悪いので教会へ押していってくれだのといった感じ。
連れてくんじゃなくて押していいのだろうか?
話し相手をして欲しいというものまである。ほとんど雑用ばっかりだが他のE級依頼と比べると報酬が良い。D級上がりたてぐらいまでならまだしも、受ける人がいないのだろうな……。
「村でやってたことばっかりだね、リルファナちゃん」
「D級にはすぐ上がれそうですわね」
2人も同じように思ったらしい。
「やはり冒険の最初はネズミ退治ですわよね」
「そうなの?」
リルファナはクラシックRPGもやるのかと思いながら、わたし的にはやっぱり最初はゴブリン退治じゃないかなと探しているとD級の依頼だった。
そもそもわたしの選択肢では最初の冒険には選べなかった。
告知用の掲示板を見てみると、複数パーティが必要な依頼の合同受注の募集や、パーティメンバーを募集している人が連絡先を貼っているようだ。
また、チームの募集要綱がいくつか貼られている。内容からよくあるギルドシステムに似ているように思う。セブクロでもプレイヤー同士で作るコミュニティはギルドと呼ばれるシステムだった。
ギルドと言ってしまうと冒険者ギルドや商業ギルドと紛らわしくなるのでチームと呼んでいるようだ。
複数のメンバーが集まって協力するのはパーティと一緒だが、チームは常に一緒にいるわけではない。ゲームではチャット機能での交流などがあったが、現実になった今は必要な時に助け合う互助会のようなものなのだろう。チームには必ず拠点があるようでそれも記載されていた。
また全てのチームがC級以上の冒険者を募集しているようだし、講習でも割愛したのでそういう決まりでもあるのかもしれない。
チームについてはC級になってから受付に聞けば良いだろう。
告知の中に『東の森の混乱により不足していた毛皮は現在では通常通り流通しています。収集にご協力ありがとうございました』と書いてあった。
他には、どこそこにドレイクが目撃されたとか、鉱石掘るならミニエイナとか、今年の薬草はここ10年で最高の出来ですとか、表記はともかく内容は有用そうなお知らせも多い。
お店の広告とかも入ってたりもしたけど、たまに確認するようにしたほうが良さそうだ。
3人で掲示板を眺めていたら午後1の鐘が鳴った。
情報が多いのでしっかり読んでると時間がかかる。だからさっきの下っ端男は下級ランクは向こうだとわざわざ教えてくれたのかもしれない。
「まだ時間あるけど、どうしようか。依頼で町の外に出るには微妙な時間だと思うけど」
「それなら町の周辺地図が欲しいですわね」
「本屋さんに行ってみる?」
周辺地図ぐらいならギルドで取り扱ってないかな?
「レダさんに聞いてこうか」
まだ受付で座っているレダさんに聞いてみることにした。
「地図? 雑貨屋で取り扱ってるけど、本屋の詳細な地図には負けるさね。しばらくこの辺りで仕事する程度なら雑貨屋の地図で良いんじゃないかね?」
地図自体はどっちでも取り扱っているようだ。
「お姉ちゃん、レダさんに家のことも聞いておけば良いんじゃないかな?」
「家? あたしの家は北東区にあるよ、滅多に帰らないけどね」
「あ、そうじゃなくて。お姉ちゃんとリルファナちゃんとどこかに部屋か家を借りるのはどうかなって話してたんです」
「ということは、しばらく町で活動するのかい?」
「はい、お父さんとの約束もあるのでそのつもりです」
「そうかい! ミーナちゃんたちの実力なら、すぐ王都の方に行ってしまうかと思ってたんだが、それは助かるよ」
レダさんが嬉しそうにしていた。やっぱり実力があると依頼もたくさんある大きな町に移動してしまう冒険者が多いようだ。
「借家なら商業ギルドで手続きが必要になるさね。値段は1ヶ月で大通りに近い場所で小金貨1枚からってとこかね。滅多に帰らないからあたしの家を貸しても良いっちゃ良いんだが、さすがに貴族街の近くだと嫌かね……」
1ヶ月で小金貨1枚なら宿代よりは随分安い、食費もかかるから宿代の半分ぐらいってところかな。
いずれは町を出ることを考えるとレダさんの家を借りるのも悪くはないと思うけど。普通に家を借りた方が気楽ではありそうだ。
「まだちゃんと決めてないので、少し話し合ってみますね」
「ああ、そうしとくれ。あたしの家で良ければ家賃はいらないと言いたいところだけど、それだと遠慮されそうだから大銀貨2枚ぐらいでいいよ。その代わり、時々でいいから掃除して欲しいのと、あたしが帰ったときにタイミングがあえばご飯を作って欲しいさね」
条件はあるものの、随分安そうだ。
蜘蛛騒動の件が随分評価されてるのは分かるけど、父さんと知り合いというのもあるのかな?
家の大きさとレダさんの帰宅頻度を聞いて、前向きに検討しても良い気がしてきた。
◇
レダさんと別れてギルドの雑貨屋で地図を購入する。
本当に町の周辺をざっくり書いただけの地図だった。後でちゃんと見ておこう。
どっちみち時間もあるし、行きたい場所もないのでエルフの店員さんのいる服屋に行ってみることにした。後輩冒険者として活動をはじめたと挨拶もしておきたい。
「いらっしゃいませー。あ! 待ってましたよー」
「こんにちは。冒険者として活動を始めたので挨拶がてら寄ってみました」
「そうなんですかー。いずれ服の素材を頼みましょうかねー」
相変わらずのんびりした店員さんだ。この姿だけ見ていたら冒険者とは思えない。
そのままクロコダイルの革で作ったという最新のベルトを見せてもらったり、最近の流行の服というのを聞いたりした。裁縫スキル持ちなので気になるのかリルファナが熱心に話を聞いていた。
店員さんは、リルファナが改造したメイド服が気になるようで色々と話し合っていた。
また最初に買ったメイド服は、防具にしちゃったから着心地が悪いんじゃないかと思うので普段の作業着用に追加で買っておこう。本人が言うには改造してあっても着心地は変わらないらしいけど、どっちにしろ予備はあった方が良いだろう。
どうせなら防具用の予備も欲しいと言うので改造用と作業着用にメイド服を2着ほど購入した。冬用のものは寒くなってから考えることにする。
特に細かい作業とかをしない日はメイド服以外も着てることもあるし、メイド服じゃなくても良いんじゃないかと思うけど、思った以上に本人が気に入ってるみたいだからいいのかな。
もちろん、買ったのは普通のメイド服である!
◇
服屋で取り留めの無いおしゃべりをしたり、売り物の服を見ていたら午後2の鐘が響いた。
お昼が少し早かったせいかクレアがお腹が空いたと言い出したので、どこかお店に入って夕飯にしよう。
宿の手前にある食堂『がるでぃあ食堂』に行ってみることにした。前にラーメンを食べた、中華風のメニューが多いドワーフの夫婦だか親子だかがやっているお店だ。
「いらっしゃいませー」
前回、頼まなかったガンベの辛味和えを食べてみることに決めた。わたしはガンベが海老か豆腐だと睨んでいる。
クレアは酢豚を頼むようだ。リルファナは焼飯と、みんなで食べようと肉の包み焼きを頼んでいた。
「お待たせしました、ガンベの辛味和えです」
ドワーフの女将が持って来た料理を見たところ。ガンベは海老、ガンベの辛味和えはエビチリだと分かった。
肉の包み焼きは肉まん、餃子、シュウマイ、小龍包辺りのどれかかなと思っていたら、丸くて小さい肉まんみたいな形だけど味は餃子だった。皮が厚めなのかな?
『がるでぃあ食堂』の料理は本格的な中華ではないが、家の手料理を食べるような安心する味だ。
食後は宿屋に戻って入浴後、少しだらだらとしたあとに就寝。
「『洗浄』『洗浄』『洗浄』」
クレアが魔力上げを狙って、辺りに『洗浄』を連打している。
魔力は、起きていても自然と回復していくがリラックス状態の方が早く回復する。
きっちりとは出来ないのでクレアに頼みながらふわっと検証した結果、魔力を空っぽにした状態ですぐに寝ると6時間ほどで全快する。起きている場合は半日で半分まで戻らなかったので1日以上かかると思う。
教えてからしばらくは半信半疑だったようだが、そんな実験に付き合わせたおかげか今年に入ってから実際に魔力が上がり始めたのが実感出来るほどになったようだ。最近は寝る前に生活魔法や癒しを連打している。
癒しは、怪我とかをしていない状態でかけられるとなんとなく暖かいだけなんだよね。冬の就寝時には最適でした。
さて、明日から本格的に依頼を受けていこう!
ブクマ、評価、誤字報告などありがとうございます。おかげさまで楽しく書かせていただいてます。
活動報告にガルディアの町周辺の地図を投稿しております。
本作には、もう少し話が進んでから正式なものを投稿しようと思っていますが、気になる方は是非見てみてください。