森の幸
年も明けて1月も残り半分を切った。自然のことなので多少ずれることもあるが、この辺りから2月までの2週間ぐらいが寒さのピークになる。
フェルド村は冬でも肌寒いぐらいという地域ではあるけれど、このピークの時期だけは暖房が欲しいぐらいには温度が下がる。
あまり長い期間ではないので、かまどを暖炉代わりにする家が多い。
唯一、わたしがあまり外をふらふらしなくなる時期でもある、ことになった。
……こっちの世界に飛ばされてから、この寒さになったのは初めてだからね。
本来のミーナも、この時期はあまり外に出てなかったようだからあながち間違いでもない。
「お姉ちゃん、キノコ狩りに行こう!」
町で買った小説を布団をかぶってごろごろしながら読んでいたら、突然クレアが扉をバンッと開いて部屋に入ってきた。
「急にどうしたの? 寒いから扉は閉めてよ」
「お父さんに聞いた話なんだけど、この寒い時期だけ生えるキノコがあって、すごく美味しいんだって!」
「正確には普段から生えているけれど食べても不味いのだそうですわ。この時期だけ大きくなる物があり、味も美味しくなるとのことですの」
クレアに付いて来たリルファナが扉を閉めながら補足した。
「お姉ちゃん、食べられるものの判別得意でしょ? お願い!」
少し前に、食材を食べれるかどうかが直感で分かることに気付いたのだ。薬剤師のスキルを持っているリルファナが直感的に薬の内容が分かると言ってたので、これは調理スキルの影響だと思う。
一応、食べれるかどうかだけでなく焼いた方が美味しいとか、簡単な下処理の方法などもなんとなく分かる。味については下処理して丁寧に煮込んだ方が、焼くよりも美味しいということもあるので、サバイバルな概念下のみで有効程度だけど。
クレアが両手を組んで、キラキラした瞳でわたしを見つめている。
そんな目で頼られたらお姉ちゃんとしては行くしかないよね!
とりあえずキノコを集めるためのザルか何かを探そう。
マジックバッグにそのまま突っ込んでも良いのだが、数が多いものを適当にしまってしまうと1つ1つ出すのが意外と面倒なのである。どうなってるのか分からないけど、バッグをひっくり返しても一気に出てこないからね。
◇
村の周りの森は常緑樹なので1年を通して緑の葉っぱを茂らせている。
でも北の森と南の森の緑では、ぱっと見た印象では少し色が違う。なんとなく南の森の方が青みが強いかなと思うぐらいだけど。
蜘蛛騒動も完全に落ち着いて大丈夫だとは思うが、念のためしっかり武装して出てきた。
「どの木に生えるキノコかは分かるの?」
「え?」
どうやらクレアは、父さんにその辺りまでは聞いていなかったようだ。
「キノコは種類ごとに出来る木が大体決まってるから、木が分かってると早いんだけど」
「そうなんだ。北の森でたまに見かけるって聞いただけだよ」
うーん、父さんもそこまで知らないのかもしれない。
そもそもこちらのキノコも日本と同じか分からないか。魔力の影響でどかどか生えてくる場所があったりするかもしれない。
「あまり詳しくないけど、湿った場所に出来るイメージかな?」
「そうですわね。切り株や倒木などに生えることもありますから、探してみましょう」
「うん!」
しばらく村の川を遡るように進みながらキノコを探していった。
村の中では、魚を探そうとしても人影があるせいか逃げてしまうようだが、森の中では木陰になっているような場所を魚が泳いでいるのをちらほらと見かける。綺麗な川なので沢蟹などもいるかもしれない。
でも村の人はあまり魚食べないんだよね。頑張って探せば村の中でも獲ることは出来るし、全く食べないわけでもないけど。
探してみると色々なキノコがあるもので、しめじ、なめこ、しいたけなども見つかった。こちらの世界での名前は知らないが、食べられることは調理スキルが教えてくれる。
ついでに少し開けた場所の近くにマツタケもあった。焼いたら美味しいのではないだろうか。
クレアが探しているのはブリーナキノコと呼ばれるものらしい。
キノコの部分が日本語なのは、キノコっていう食材にもなる回復アイテムがセブクロにあったからだと思う。
ブリーナキノコを探していると青みがかった木の下に、不思議なキノコが生えていた。
この木は前に木剣を作ったときに父さんが言っていたハシュガーナの木だと思う。
その木の根元辺りに生えているのは、ぷよぷよと水風船のような感触のキノコだ。持っても割れたりはしないので水気が多いだけのようだ。煮物でいけそうな気がする。
調理スキルが反応しなければ食べようとも思わない見た目と感触だけど、食べられると判断したので集めた。意外とこういうのが美味しい可能性もある。
「あ、あった! 見た目は聞いた通りだから、これのはず」
それからしばらくして、クレアが見つけたのは白くて傘が大きいキノコだった。
大きな石が転がっている間に張った根に出来たようで、たくさん生えている。
目当てのブリーナキノコなのかは分からないが、食べられることは分かる。
そう教えると石の近くに腰を下ろしたクレアがせっせと集めはじめた。数が多いのでわたしとリルファナも集めるのを手伝う。
「何だか、この辺りは少し冷えますわね」
「大きめの岩が多くて他の場所よりも木が少ないから、風が吹いて冷えやすいのかも」
この寒い時期しか採れないみたいだし、何かしら温度が下がりやすい地形なのかもしれない。
風が強く吹くと、リルファナが寒さでぶるっと震えた。
そこまで厚い生地でもないメイド服だから冷えやすいのではないだろうか。冬はマフラーとか、上に羽織れるものとかあったほうが良さそうだ。
「半分ぐらい残しておくとまた増えるかもしれないよ」
「うん!」
クレアが全部採り尽くしそうな勢いで集めていたので念のため忠告しておく。折角見つけたのだし、全滅させてしまったらもったいない。
「来年、村にいれば採りにこれますわね」
食べてみて美味しければ、時期が合えば帰ってくるのもありだと思う。
場所も家の近くの川に沿ってくれば、すぐ見つかるだろう。
ちなみに、母さんや父さんに聞いたり、『野外での生活 ~冒険者の心得~』を読んだところパルフェキノコ、メドゥキノコ、ソレッジャキノコというらしい。ハシュガーナに生えてたのはそのままハシュガーナキノコだった。
滅多に採りに行かないキノコの名前を覚えられる気はしない。
しいたけは分からなかった。どうやら毒キノコに似たものが多いようで、あまり食べないらしく名前が知られていないようだ。美味しいのに。
その夜は、キノコ料理をたくさん作ってみることにした。キノコ尽くしだ。
石突きを落として煮物にしてみたり、バター醤油で焼いたり、鶏肉の団子と野菜を加えた鍋も作った。
しいたけはそれだけを焼いて醤油を垂らして食べるのも美味しい。
水気の多い不思議なキノコだったハシュガーナキノコも出汁を作って煮込んでみた。
よく煮込んだハシュガーナキノコは味がものすごく染み込んでいて、決して不味くはない。むしろ噛み続けても、ずっと出汁の味が広がるので美味しい気がしてきた。食べてるうちに癖になる感じかな。
「美味しいですわ!」
「お姉ちゃんって何でも料理出来るよね」
母さんは気にせず焼きしいたけも食べていたけれど、父さんはそれだけは食べなかった。
翌日の朝、腹は大丈夫かと全員に聞きまわっていたから似ている毒キノコに当たったことでもあるのかな?
◇
翌々日、キノコ狩りに出かけてしまって読めなかった小説をごろごろと読んでいたらクレアが部屋に入ってきた。
「お姉ちゃん、魚を獲りに行こう!」
おや、どこかで見た流れだぞ?
「シスターに聞いたらキノコ狩りに行ったときに見つけた川の魚が美味しいらしいんだよ!」
クレアが両手を組んで、キラキラした瞳でわたしを見つめている。
しょうがないにゃあ……。
釣具って何処にあったっけと聞くためにとりあえず父さんを探すことにした。
クレアから見れば、わたしはチョロい姉である。