魔法付与
クレアは早速買ってきた緑茶を入れてみたようだ。
「クレア様、急須にいれたお湯は全部出しきってしまわないと、次に注いだときに渋味が出ますわ」
「ふむふむ」
リルファナがお茶の入れ方を教えていた。
口に含むと緑茶のやや独特な渋みが広がった。
原材料は紅茶と変わらないし、無糖で飲むことも多いので母さんもクレアも特に気にならないようだ。
「聖王国の飲み物だったか。何度か飲んだな」
父さんは元々知っているようだった。
「父さん、アルフォスさんたちに聞いてテントを買ってきたから、今度テントの張り方を教えて欲しいんだけど」
「分かった。クレアがいるときにまとめて教えよう」
◇
――翌日。
午前中は父さんの畑の仕事を手伝った。
クレアとリルファナは母さんの裁縫を手伝いに行った。
蜘蛛騒動のせいで畑の世話がしばらく何も出来なかったので、少し荒れ気味だ。せっせと雑草を引っこ抜いていった。単純作業は無心が大事。
土の魔力の加護があるせいか、雑草も生えるのが早いんだよね。
午後は、お風呂への水を汲んでから剣の素振り。クレアは教会へ行ったようだ。
父さんも随分長く隣で振っていた。衰えた体力をつけなおしたいそうだ。またぎっくり腰にならない程度にやって欲しい。
さて、魔法付与を試してみよう。お試し用に、もう使わないという母さんのエプロンを1枚持って来た。
尚、魔法付与のために使う魔術を付与魔術と言う。分かりにくいし、覚えておく必要もないけどね。
アクセサリーなどなら媒体になる宝石をそのまま付けてしまえば良いけど、衣服ではそういうわけにもいかない。
一応、服の裏地に縫い込むなりしても良いが、貴金属がついてる場所に触れてしまうと違和感がありそうだ。
そこで一手間必要となる。
媒体、ここでは町で買ったクズ宝石に魔力を流し込んで、こぼれないように皿の上で粉砕する。
宝石の粉を衣服にふりかけながら付与魔術を使うと、あら不思議、粉が対象に吸い込まれて定着するのだ。もちろん洗って落ちるようなこともない。
ただし、この方法で魔法付与したものは後で解除することが出来なくなる。
また、粉を混ぜることで効果が弱くなる代わりに複数の効果をつけることも出来る。
今回はエプロンなので、使うかもしれないことを考えると火耐性や耐久値上昇などを付与すると良いだろう。
けれど、媒体によって付与効果は変わることは覚えているが、どの宝石でどの効果が付与されるかまで覚えていない……。
使うことが多かった宝石、例えばダイヤモンドは全耐性とかは覚えているのだけど。
セブクロのときとは違って宝石以外、その辺の石とか動物の骨とかも媒体に出来そうな気がするんだよね。
ゲームでは役に立たないような生活面の補佐をするような付与効果も増えていそうだと思うと少しわくわくする。
分からないことを考えても仕方ないので適当に宝石を2つ混ぜて付与してみよう。
……付与には成功した。
けれど何が付与されたか確認出来ないね。分かりやすいようにウィンドウとか開けばいいのに。
「ミーナ様、何してますの?」
母さんの手伝いをしていたリルファナが戻ってきた。
「魔法付与してみたんだけど、何が付与されてるか分からなくて困ってる」
「え?」
何言ってんだこいつみたいな顔をされた。ついにリルファナにまで!
「セブクロみたいにプレビューとか出ないし、結果のウィンドウも出ないから……」
「そうですわね……。えっと、少々お待ちください」
リルファナ用にしたリュックサック型のマジックバッグをごそごそと漁っている。
クレアと取り替えた方が良いんじゃないかなと思ったけれど、結局のところリュックサック型のマジックバッグはリルファナがそのまま使っていた。
リルファナは目当ての物が見つかったようで何かを取り出して戻ってきた。
「お金も入ったので鑑定用のルーペを買っておきましたの。ポーションで実験してみようかと買ったのですけど、すぐ使うことになるとは思いませんでしたわ」
前にミレルさんが使ってたやつだ。そんなものもあったなと今思い出した。
「早速、鑑定してみますの」
リルファナがルーペを覗き込む。
魔力を流した途端、ルーペの縁が一瞬輝いた。
「防刃耐性(極小)、粉塵耐性(極小)ですわね。粉塵耐性なんて記憶にありませんが、素材は何を入れたんですの?」
「ガーネットっぽい赤い石と、翡翠みたいな緑の石だったんだけど、違う石だったみたい。適当に売ってたクズ石だから実際は何だったか分からないや……」
リルファナが、わたしの買った石を確認したが、やはり小さすぎて何の石かは分からないようだ。
クズとして売られている小指の先ぐらいのサイズの石なので加工前の混ざり物かもしれないんだよね。含有量の比率でも付与に影響するとしたら検証するのは難しいだろう。
鑑定のルーペも、篭もっている魔力からマジックアイテムに付与されている効果を鑑定するものなのでアイテム自体を鑑定するものではないし。
粉塵耐性もどういう効果なのか分からないな。
単純に砂などの汚れ防止なのか、有毒な粉塵の吸い込みを制限してくれるのかのどちらかだと思うのだけど。
「防具につけようかと思ったんだけど、何でも良いって感じじゃないとこの石じゃ微妙だったね」
「でも、町で買いなおせる装備なら運任せで付けてみるのも手かもしれませんわね。何も無いよりは良いですし」
……付与ガチャかな?
ギルドで買った装備と、鎧の下に着る衣服にはランダムでつけておいても良いかな。
クレアの分は本人に聞いてからにすることにして、自分の装備にいくつか付与してみることにした。鑑定のルーペはリルファナから借りておく。
……そういえば、クレアにプレゼントした髪飾りには防御力アップをつけたつもりだったんだけど、あれもクズ宝石を使ったので違う効果がついているかもしれない。
「わたくしは本格的にポーションを作ってみますわ」
クレアの机にいくつかの瓶と調合に使う道具を置いている。町で買っていたのは製薬用の道具みたいだ。
すり潰すための小さめの薬研。混ぜるための乳鉢と乳棒。あとはわたしにはよく分からない道具、箱みたいなものと3つに分かれるトングのようなものを置いていた。
◇
ランダムなので、微小を2つずつ付けるかと適当に魔法付与していった。
どんな効果が付くのが試して、分かる範囲で記録しておくのが良いだろう。
鎧には耐久力上昇と風耐性。ブーツには魔力上昇と転倒軽減。衣服には殺菌効果、燃焼耐性などが付与された。
ステータスや耐性、装備の耐久力が上がるものは分かるけれど、転倒軽減って何だろう。歩いているときに転びにくくなるのかな?
適当に付与している割には完全に的外れなものがつかないようなので、対象に応じた自動補正みたいなものがありそうだ。
微小では効果の方が実感できるかも分からないので、お守り代わりぐらいの気持ちで良さそうな気もする。
魔力付与されている装備が珍しいぐらいだしね。
アルフォスさんから貰った鉄の剣の1本に、切れ味増加と攻撃力上昇が付いた。
これはなかなか良い結果になったと、もう1本の剣にも付加したところ、魔法剣耐性が付いた。
もしかしたら、魔法剣を使っても壊れにくくなるかもしれない。
使った宝石は色や光り方の特徴をメモっている。似たようなものがあったら試していこう。
「ただいまー」
クレアが教会から帰ってきた。
それなりに魔法を使えるようになったと思うんだけど、何を勉強してるんだろう?
「今は麻痺治療を習ってるところだよ」
こっちの世界だとセブクロよりも治療魔法の種類が多いようだ。
教会のシスターはほとんどの回復魔法を使えるらしく、クレアが冒険者になる前に色々教えようと頑張ってくれているらしい。
シスターも随分と優秀そうだけどなんで村に派遣されたんだろう?
ちなみに、ゲームだと解毒、睡眠治療、ほとんどの状態異常が治る治癒ぐらいしか無かった。
正確には、サービス開始時にはあったらしいんだけど滅多に使われないものが全て治癒に統合された。その際に、まだデータ上でしか無かった高レベル帯の治癒系魔法も統合したと発表されていた気がする。
よってセブクロだと、治癒を習得してしまえば、わざわざ個別にかける必要性が無くなったのだ。
もちろん別の職業が使う、同効果の別スキルはあったので治癒系魔法が3つしか無いわけじゃないけどね。聖職者と同じ回復職である巫女の使う巫術が似ているものが多かった。
「リルファナちゃん、薬は作れそう?」
「ええ、しばらく机を道具で占有してしまうかもしれませんが」
「いいよいいよ。私はあまりお姉ちゃんみたいに書き物しないし。ふふ」
クレアがわたしの方を見て急に噴き出した。
もしかして、わたしのメモ帳の中身を全て自作のポエムだと思ってない……?