二週間後
この村で一生をのんびりと生活していける、そう思っていた時期がわたしにもありました。
「ひ、ひまだ……」
海凪とミーナの記憶が定着してから2週間。
最初は満喫していたフェルド村のスローライフに飽きた。
午前中に水汲みや家事を手伝ってしまえば、午後には全くやることが無いのである。
水汲みのときに気付いたのだけど、川に映ったわたしの姿は『セブクロ』のキャラクターそっくりだった。
少し青みがかった銀髪、透き通ったエメラルド色の瞳というやつだ。体型や顔立ちは14歳だからか少し幼くみえた。
剣術で鍛えた引き締まった体付きながら胸は海凪よりあるような気……流れる川に映る姿ではよく分からないことにしておこう。
この件に深く関わると心が折れる、そんな気がする。
この国では15歳で成人として扱われ、正式に仕事につくのも成人からと決められている。
村では成人の2年前ぐらいから手伝いとして家の仕事を覚え、そのまま後を継ぐのが一般的だ。町ならもう少し自由に職が選べるらしい。
最近はクレアも母さんの仕事を手伝っていることが多い気がする。
わたしは掃除ぐらいは出来るけど、裁縫は母さんに危ないからと針を取り上げられるぐらい不器用だった。母さんは主婦なので、よっぽど忙しくなければクレアがいれば十分なのである。多分。
わたしが元気になった翌日に帰ってきた父さんは、残っていた収穫を済ませると秋に向けて野菜の種を植えていた。
わたしも少し手伝ったけど、すぐ終わってしまった。
この辺りでは1年中植えられるコメの種も植えた。この世界のお米は稲ではない、大きな実の中に出来るので畑でつくられている。
……本当に全然違う世界なんだなって思った。
父さんも母さんもクレアばかり頼りにしていて、なぜかわたしにはあまり仕事を手伝わせないんだよね。
多少は不器用ではあるものの細かい作業だって出来ないわけでもないし、それは知っているはずなのに。たまには頼って欲しいと思うのは子供心なのだろうか。
というわけで、午後はわたしにとって型に沿った剣術の稽古ぐらいしかやることがなかった。
家から見える川の近くで木剣を振っていると、たまに父さんがやってきて隣で一緒に剣を振っていた。
読み書きや計算はミーナと海凪の記憶で十分だ。
父さんはあれ以来、頻繁に町と村を往復している。
何か色々とやることがあるそうだけど、家族にも伝えちゃいけないようで、どうせ近いうちに分かると濁していた。
言葉の端々から成功率が低いから、下手に話を広げて村人に期待を持たせたくないような印象だった。
なんだかんだと時間厳守の現代社会、小学生だって学校へ行けば分刻みで授業という項目がスケジューリングされてるのだ。
それが突然無くなるということは、こういうことなのかと身に染みた。
特に最低限の生活は保証され、思いつきで村から出て行けるような歳でもないから余計そうなのかもしれない。
必要に迫られてとはいえ、いきなり別世界でお金を稼いだりするラノベの主人公はすごいんだな、なんて思いつつ、今日はどこで時間を潰そうかと村の中をふらふらしていた。
何やら村の入り口に新しい家を建てているようで、たまの大仕事に大工さんたちが張り切っているのが見えた。
そんな大規模な工事にわたしが手伝えるようなことはなく、踵を返した。
しかし、たった2週間でこれである。
村から出ようにも冒険者になるしか思いつかないし困ったものだ。わたしが成人するまでのあと半年は村にいる必要があるし、そのうち何か考えよう。
……将来と今の暇つぶし方法を。
この2週間で村の中もほとんど回りきってしまった。
そろそろ成人ということで、幼なじみの子たちも仕事を覚えるのに忙しいみたい。ミーナは能天気だな、なんて言われちゃったよ。
もしこのまま村で生活するなら父さんの畑を継ぐことになって、いずれは歳の近い村の男の子と結婚することになるだろう。
……うーん、そんな生活を全く想像できない。
そもそも最近、同い年ぐらいの男の子からは避けられてるような気がするんだよね。
もっと小さい子には男女問わずそこそこ人気があると思っている。暇潰しでたまに一緒に遊んでるからかな。
考え事をしながら歩いていると家の近くまで戻ってきてしまった。
……そうだ、わたしが目覚めた遺跡に行ってみようかな。
ミーナの記憶によると数年前にミーナが見つけた場所で、時おり隠れて昼寝していたようだ。
秘密基地ってやつだ。
魔物も近寄ろうとしない不思議な場所。神の力が強く働きかける土地にそういう特徴が出ることもあるらしい。
森に入り、秘密基地に向かって歩く、空気は澄んでいて森の木が日差し避けに丁度良い。
散歩気分で何事もなく、秘密基地に着いた。
「わたしが目覚めた場所なんだから、何かあるのが王道ってやつじゃないのー?」
なんて、ぶつぶつ言いながらラノベ知識を活用して辺りを調べてみた。探し物をしているときって声に出る人多いよね。
レンガ状の石を組み合わせた床で、わたしの膝ぐらいまでの高さに組まれている。
正面、右、左には階段と思われる段差があった。石床からわたしの足で十歩ほど離れたところを囲うように、石柱が立っていたと見るのが良さそうだ。
時の流れで風化しあちこち崩れていて、わたしが目覚めた場所のように、石床と崩れた石柱の隙間が絶好の隠れ場になっているところも数箇所ある。
誰かが持ち去ったり、朽ちてなくなった可能性もあるけど天井だったと思われるものは見つからない。
すぐ近くに開けた土地があるのに、わざわざ森の中にこんなものを作ったのだとしたら、祭事用の祭壇とかがあったのかもしれないかなと思う。
「何かあるなら柱よりは床の方だよね」
好物は後回し派のわたしは石柱を先に見て回ったが、絡まった草木を剥がしたりしてみたけどこれといって何も見つからない。
模様のように、溝が縦に刻まれた石柱ということしか分からなかった。
分かりやすく魔法陣とか、古代文明の絵とかが彫刻されたりしていれば面白い発見だったのに。
わたしは末っ子だったが、一般的に言われているのとは逆で、好物は後回し派だ。
兄さんたちは、歳の離れた妹であるわたしから奪うような真似はしなかったことが主な理由だと思う。
……それは、どうでもいいか。
階段を上り石床に手をついて調べる。
専門知識もないから汚れを払って、よく見るぐらいしか出来ないけど、暇つぶしの一環なので何も見つからなくても問題は無い。
そんな簡単に何かが見つかるとも思っていないからね。
長く野ざらしになっていたこともあり、床は土汚れが酷くてこびりついている、水とブラシでもないと綺麗になりそうにないな。
「あ、そうだ」
母さんに教えてもらった洗浄の魔法で何とかなるかもと思いついた。
けれど、わたしがこちらに来てから魔法を使ったことが無い。
魔法とは魔力を使い超常現象を起こすことである。
魔力は至るところに存在するが、体内から引き出して使うのが一般的だ。
優れた魔術師は周辺の魔力を利用することもあるらしいけど、高度な技術の割に身体への負担が大きい上に失敗しやすいらしい。
魔法は超常現象と言っても魔法学を勉強している人には理論的に解説が可能だそうだ。
この辺りは父さんも母さんもあまり詳しくないらしく説明はしてくれなかった。逆に言えば知らなくても問題無いということだ。
魔法なんて理屈がよく分からなくても、イメージする力があれば使えるのだというのがミーナの意見。
それを聞いた母さんは目を丸くして驚いた。本当は理屈が大事らしい。
……普通そうだよね。
母さんの小難しい話がさっぱり分からなくて魔法が使えなかったミーナは、もう適当に使えばいいやと開き直った結果、はじめて魔法を使えたのだ。
天才なのか馬鹿なのか。
しかし、この身体はミーナのものだ。
きっと妄想力でいけるに違いない!
石床の中央に座り込み、手をつく。
どこからか降り積もった葉やこびりついた土が水で流されるイメージで魔力を流す。
ミーナの記憶か、わたしの妄想力のおかげか身体を巡る魔力自体は簡単に認識出来た。
身体の中を血流のように動き回っているほのかに暖かい何か。肩へ、腕へ、手のひらへと流し込み、押し出すイメージで……。
「『洗浄』!」
わたしを中心に一瞬強い風が起きた。風によって土やゴミが外へ向かって吹き飛ぶ。跳ね飛ばされた土がまわりに飛び散って付近の石柱が汚れた。
綺麗になったことに満足して立ち上がると、石床全体が輝き出した。よく見るとゴミが無くなり石床に魔法陣のような溝が出来ている。
……これ真ん中に立ってるわたしがやばいやつじゃ?
そう思った瞬間、わたしは全く別の場所に立っていた。