ガルディアの町 - 買い物
短刀を買いに聖王国のアンテナショップに入る。
相変わらず店の周囲には醤油煎餅の良い匂いが漂っていた。
「では見てきますわね」
「お金も入ったし1本だけじゃなくて予備も買っておくと良いかも」
「そうですわね、そうしましょう」
リルファナが武器の置いてある方へ行くのを見送って、わたしは食品のコーナーへ足を向ける。
醤油と酢を買わねばならない。
クレアはお土産の棚を見ていた。木彫りの熊とか気になるよね。
「いらっしゃいませ。醤油なら飲食店に出してる大瓶タイプの物もあるのでそっちにします? たくさん買って頂く方にはそちらを出しても良いと店長からも許可を貰いましたので」
醤油の瓶をたくさん運ぼうとしていたら、気付いた女性の店員さんが提案してくれた。前回購入したときにいた店員さんだと思う。
容量が2倍入っていて値段も少し安いようなので、大瓶を5本ほど買うことにした。
飲食店にも卸してるなら使ってる和食を扱う店もあるのかなと思い、店員さんに聞いてみたけどガルディアの町には聖王国料理の専門店は無いらしい。残念。
マヨネーズ以外にも、お試しで酢飯でも作ってみようと酢を2本購入した。村では生魚を食べないので、ちらし寿司みたいなのを作ろうかと思う。
「この2本にしましたわ」
リルファナが予備も含めて短刀を2本持って来た。欠けてしまった短刀と似たバランスの物を選んだようだ。
「お姉ちゃん、このお茶気になるから買ってみていい?」
クレアが持って来た気になるお茶というのは緑茶のようだった。この世界では、お茶と言うと紅茶かハーブティーを指す。もしかしたら聖王国だと緑茶を意味するかもしれないが……。
緑茶はペットボトルで飲むぐらいだったが嫌いではない。クレアが渋みを苦手でもわたしが貰って飲もう。
せっかくなので、緑茶に合う急須と湯のみも5つ買った。
◇
戦闘用の消耗品があるか確認したいというリルファナの提案に乗り冒険者ギルドの店に行くことにした。
投げナイフ代わりにもしている短剣と太矢の補充と忍具とかがあれば欲しいみたい。
和風イメージしかなくなった聖王国のアンテナショップにも無かったので、忍具は無さそうな気もする。
冒険者ギルドに入ると、服屋のエルフの店員さんがいた。
リングメイルと言われる小さな金属の輪を革鎧に編みこんだ鎧を着ている。腰に細剣と矢筒、背には長弓を背負っていた。
「あらー、珍しいところでお会いしましたねー」
「こんにちは。冒険者だったんですね」
「欲しいものがあっても依頼だけだとなかなか受けてもらえないこともあるので副業ですけどねー」
「何か採ってきたんですか?」
「ええー、綿の素材になる植物を採るついでにクロコダイルを狩ってきましたー」
……普通、逆じゃないの?
クロコダイルは、名前のまま普通のワニである。
正面に立たなければさほど怖い相手ではないが、レベルは25ぐらいあったはずだ。クロコダイルを倒せる実力ならランクも高いのだろう。
「これでベルトが作れますよ!」
目を輝かせて嬉しそうに宣言した。ベルトを作るために狩りに行ってきたらしい。
「帰ったら、早速作り始めるのですー。お店は明日から開くので、また来てくださいねー。お客さんが来ると、新しいアイデアがたくさん湧くので大歓迎ですよー」
「今回はすぐ村に戻るので、町に来る機会があったら寄りますね」
「はいー、待ってますからねー」
店員さんは、ベルトの製作に取り掛かりたいようで挨拶もそこそこにギルドを出て行った。
趣味と仕事が完全に一致してる人、……エルフなんだろうなあ。
とりあえず3人で2階の消耗品や雑貨の扱ってる店を見ることにした。
「やはり忍具はないですわ」
「ゲームではどうしてたの?」
「錬金か木工の出来るフレンドに作ってもらうか、バザーで購入してましたの。ほとんどの忍術には忍具が必要になるのが痛いですわ」
「王都か聖王国の店を探せばあるかな?」
「聖王国なら見つかりそうですが、王都は行ってみないと分かりませんわね」
忍具は『火遁』『水遁』などの属性攻撃や煙玉、鉤縄といった補助に使う道具を指す。
わたしは使わないので、セブクロでもアイテムアイコンを見たぐらいだけど、前者は札状のアイテムだったのは覚えている。
見つからなかったらいっそのこと、錬金や木工をやってみるのも手かもしれない。
リルファナにはしばらく短刀と弩で頑張ってもらうしかないけれど火力は十分あるから大丈夫かな。
クレアが鑑定紙を何枚か買っていた。
強敵と戦ったからレベルが上がってるかもしれないと教えたので気になったのだろう。
その後は、3階でリルファナの短剣と太矢を買い、西通りの本屋や通りがかった気になる店を回った。
生産系の本を探してみたけれど、基礎的な物しかなかったので特に買うものもなかった。
雑貨屋にクズ宝石が売っていたのでいくつか買っておいた。
何もないよりはマシなのでみんなの装備に魔法付与しよう。
セブクロでは耐久値は数値で見られたし、小まめに修理すれば良かったので、ほとんど意味もなかった耐久性アップとかも使えるんじゃないかなと思う。
リルファナとクレアはちょこちょこと何か買っていたみたい。
◇
午後2の鐘が鳴ったので、宿屋に戻ることにした。
フロントで鍵を受け取って、部屋に行く前に1階で夕飯にすることにした。また降りてくるの面倒だしね。
昼と違って、やや暗めにした店内。
テーブルの上には燭台風のランプが置いてあり、お酒を嗜む洒落た雰囲気を作っていた。
フランス料理のように一品ずつ出てくるコース料理と、普通に好きなものを頼むコースがあるらしい。
レダさんが言うには、この宿屋はマナーにうるさくはないらしいけれど普通でいいと思う。
「コース料理は食べた気がしないですわ」
一応はマナーを習って慣れてるはずのリルファナでもこう言っているので、普通に頼むことにした。
メニューを開くとフランス料理が多めな印象だ。
「ロティって何? リルファナちゃん」
「ローストしたお肉のことですわ」
「コンフィは?」
「オイルで低温のまま煮たお肉のことですわ」
「ポワレ……」
「蒸し焼きにしたお肉のことですわ」
「うーん……」
……調理法なので、お肉限定ではない。
「そうだよね。お肉しかないわけないよね」
そう教えたら、クレアがほっとしていた。
フランス料理というと鴨や羊も使うイメージがあるけれど、この辺りでは手に入らないのか牛や鶏を使っているようだ。
食べたことも無い料理ばかりで、よく分からないので鶏肉のコンフィというのを頼んでみた。
鶏肉を油に漬けておき、低温で煮た料理らしい。思ったよりも脂っこさは無く、香ばしい鶏肉だった。
高級宿らしく、何を頼んでも美味しいことに変わりは無いだろう。
デザートにみんなでプルアのタルトを食べて、部屋に行くことにした。
アルフォスさんたちには出会わなかった。お昼に随分食べてたから、もっと遅い時間に食べに来るのかもしれない。
◇
フロントで指定された部屋は4階だった。
日本では4階を客室にするのを避けることもあるようだけど、この世界では、普通に部屋にするようだ。
階段しか無いから5階にまわされるより良いけどね。
部屋に入ると、びっくりするほど広かった。左手の壁にドアが2つある。
入り口で部屋を照らすランプの魔導機のスイッチを入れて室内へ。
書き物が出来るような机と椅子、透明度が高い厚いガラスを使ったテーブルと革張りのソファの応接セット。
自由に飲んでいいようにティーセットと、ポットだと思われる魔導機が置いてある。
黒い木のタンスとサイドテーブル。こちらではどう言うのか分からないけど、黒檀っぽい感じだ。
ベッドも1つあれば3人で寝られそうなほど大きい。
毎日干しているのかのように布団もふかふかである。
どれも一目で高級品と分かる家具が室内で調和がとれている。全体的に黒や暗い色で統一しているようだ。
もちろん値段だけでなく実用性も兼ねた製品である。
「お姉ちゃん、お風呂も広いよ」
横にあったドアはトイレとお風呂だったようだ。クレアとリルファナが覗いていた。
お風呂は脱衣所とも分かれていて、浴槽は3人でも余裕で入れそうな広さだ。
一般的なお風呂は、水捌けを良くした部屋に大きな木桶を置いてるだけであるが、ここはしっかり壁と床に埋め込まれた設計になっている。
「1泊するのに小金貨1枚はしそうですわね」
小金貨1枚は、節約すれば1ヶ月は暮らせる額である。ミレルさんが喜んだわけだ。
「これなら3人で入れるね!」
3人でも入れそうとは思ったけど、本当に3人で入るの?