蜘蛛狩りの報酬
アルフォスさんは、しばらくジーナさんと引き取る素材を相談していたが決まったようだ。ミレルさんは2人にお任せなのか黙っている。
「ええと、こんな感じで。マルクの分も含めてミーナちゃんたち4人の取り分が大金貨92枚かな」
計算が合ってるか確認したが大丈夫そうだ。
「分かりました。父さんの分はわたしのカードに入れておいて貰えば良いのかな?」
父さんの分は任せるとしか聞かなかったけれど、現金で持ち帰る意味ってあまりないよね。大金過ぎるから全部は持ち歩きたくもないし。
「ああ、それならギルド預かりにしておくよ。マルクは町に来た時はカードの更新でギルドにも寄ってるしそのうち渡せるさね」
「ではそれでお願いします。父さんには伝えておきますね」
1人辺り大金貨23枚か。何年か町で遊んで暮らせるんじゃないかな?
冒険者になったら色々と入用になりそうだし、そんなことしないけど。
「あわわ」
大金過ぎてカードを持つクレアの手が震えている。分かる。
「ミーナ様、わたしはその……」
「今回は人数割ってことだからね。代わりに買い足す物のお金はそこから出すってことで」
「……分かりましたわ」
アルフォスさんたちは、珍しいなって顔だったが特に何も言わなかった。やはり奴隷の報酬は、主人の取り分にするのが普通っぽい。
正直なところ、今回のお金ってわたしにしてみたら完全に予定外の収入だし、クレアやリルファナが欲しかったものがあるなら、ぱーっと使っても文句は言わないよ。
その後、残りの蜘蛛の素材を買取場所へ持って行くことになった。前回町に来たときに聞いた通り、ギルドの隣の建物だ。
父さんの分もあるからと、レダさんもついて来た。
大きな獲物でも通りやすいように、入り口が大きく作られた建物だった。入ると買取カウンターが複数設置されている。
アルフォスさんたちと一緒に解体した毒蜘蛛と大蜘蛛の素材を、大きなカウンターにどさどさと出していく。担当の職員が「何匹狩ったんだ? 随分多いな」と仲間を呼びながら苦笑していたけど、すぐに換金してくれた。
目玉は3割ぐらいは薬にすることにして貰って村に置いてある。その分は別に計算する必要があったのだが、アルフォスさんたちは女王の素材に比べたら大した額じゃないし、面倒だからいいよと譲ってくれた。
1匹辺り小銀貨1、2枚になるらしく、全部で小金貨2枚以上になった。
また3人で倒したウルフと殺人兎の皮も、リルファナは使う予定がないそうなので売り払うことにした。まだ皮は不足気味のようで、少し色をつけてくれるようだ。ウルフなどの動物がいなかったのが森の影響だったとしたら、徐々に戻るだろう。
売却額は全部で大銀貨1枚と小銀貨8枚だそうなので、蜘蛛素材に比べると安く見えてしまうけれど、実際は結構良い稼ぎだよね。
3人分受け取ると小金貨1枚ちょっとになる。このお金はわたしが預かって、今日の宿泊や買い物に使うつもりだ。
◇
「よし、今日の宿はお礼も兼ねてギルドからのおごりさね。ついといで」
「やった」
ミレルさんが喜んでいることを見ると泊まった事があるのかもしれない。宿泊費は浮くようだ。
レダさんについていくと、東通りの中央広場に近い場所にある宿屋だった。
一見さんお断りというか、ドレスコードがあるんじゃないかと思われるような高級そうな宿屋で、黒を基調とした建築だった。床には赤い絨毯が敷かれている。
特に気にした風も無く、レダさんはさっさとフロントへ行ってしまった。
普段からギルドのお礼はこの宿を使うようにしているのか、レダさんは一言二言話しただけで、こちらを向いて手招きする。
「アルフォスのところは、1人部屋と2人部屋さね。ミーナちゃんのところはどうする?」
「3人部屋でお願いします」
わたしは1人部屋3つでも良いかと思ったけど、クレアが不安そうな顔してるし何か分からないものがあったときにリルファナに聞ける方が良いからね。
フロントの宿帳に記帳をしておいて、買い物から戻ってから鍵を受け取ることにした。
「少し遅くなったけど、お昼はここの食事処で食べるさね。もちろん昼代もギルドで出すよ」
白いテーブルクロスがかかったテーブルに、もふもふの布が張られた座り心地の良さそうな椅子が並んでいる食事処だった。
広いテーブルに7人で座ると、メニューを渡された。
昼ごはんに使う客はほとんどいないようで、がらんとしている。
メニューは文字だけでなく絵が入っているのは、前回来たときに泊まった宿屋と一緒のようだ。
内容は意外と普通の食堂のようなものが多かった。キノコのサラダ、ビーフシチュー、香草仕立てのムニエルなどのちょっとお高いのかなと思わせる料理だけでなく、ステーキ、グラタンやパスタなどもあるようだ。
一部になんたらスープとか、なにがし風なんちゃらとか、食材なのか料理法なのか何を指してるのかすら分からないものもある。説明はあるけど、その説明も専門用語でよくわからない。
尚、値段はどれも単品で小銀貨5枚ぐらいする。
「随分、色々な料理があるんですのね」
「ここはそこそこ稼いだ冒険者が使うこともあるから、メニューも雑多なのさ。書いてない物でも頼めば作ってくれることもあるし、多少なら騒いでもお咎めもないし気楽にするさね」
庶民のわたしには、御堅い料理ってよく分からないのでぴんと来るものを頼もうと思う。
「カレーが食べたい」
「流石に無いから諦めなさい」
「ミーナが、ここのシェフに教えればきっと……」
「レシピも財産になるのよ」
「うう」
ミレルさんがジーナさんに止められる。元々、冗談っぽい感じだったので口は挟まない。
わたしはカレーで商売したいわけじゃないから、本気で頼まれればカレーのレシピぐらい教えても良いとは思ってるけどね。
「飲みたければお酒も頼んでいいさね」
「ジュースで良いです。まだこれから買い物も行きたいですし」
この世界では、飲酒のルールはほとんど無いようだった。
あまり小さいうちに飲むと問題があることは分かっているようで、暗黙の了解として少なくとも12歳ぐらいまでは親や周囲の人間が飲ませないことが多い。
大体は見習いになる14歳前後から仕事の付き合いとして少しずつ飲むようになるようだ。
これは水よりもお酒の方が保存が利くのと、冒険者は水とは別にワインなども気付けとして持ち歩くことが多いからだと思う。
未成年の冒険者が、旅の途中で水が腐ってしまい、残っているのはワインだけという状況になると困るからだ。
地球でもドイツは同伴者がいれば14歳から飲酒可能だし、ヨーロッパには18歳未満で購入してはいけないが、飲酒自体には制限の無い国も多い。与えた側の責任が問われる体質の国なのだろう。
この付近の国では、聖王国だけが公の場で飲んで良いのは15歳の成人以上、冒険者ならば12歳以上と法律で決まっているらしい。冒険者は12歳以上じゃないとなれないので、冒険者ならば飲酒して良いということだ。
◇
メニューをざっと見て、 わたしはトマトソースのパスタを注文することに決めた。
クレアはグラタン、リルファナは案の定というべきかステーキを頼んだ。
アルフォスさんたちは料理はがっつり系にしたみたいで、お酒も頼んでいる。レダさんは昼が終わったら溜まっている書類仕事だとジュースを飲んでいた。
注文してしばらく待つと料理が運ばれてくる。
やっぱり高級レストランだけあって、素材も調理法も工夫しているようで繊細な味付けだ。
クレアもグラタンを一口食べると、想像していた普段の味と全く違ったのだろう驚いていた。
リルファナは綺麗にナイフとフォークでステーキを美味しそうに食べている。
レダさんは自分の食事が終わると、後でギルドからの支払いになるから好きに追加注文していいと言ってギルドに戻っていった。
そうそう、聞こうと思って忘れていた役割についてレダさんに尋ねたら、ギルドの講習を受ければ説明があるらしい。
アルフォスさんたちは、お酒を飲み始めてるし、講習のときに聞けば良いや。
3人は一仕事終わったこともあり、今日はゆっくりと飲んでいくようだ。
「おごりだから食べないともったいない」
「そうね!」
ミレルさんは、飲むよりも食べる派で、ジーナさんはお酒片手に食べまくってるので中間ぐらい。
アルフォスさんはゆっくり飲むのが好みのようだ。
「わたしたちは買い物に行くので、お先に失礼しますね」
「おう、お疲れ!」
「冒険者として活動し出したらまた一緒に依頼でも受けられるといいわね」
「また」
夕飯や明日の朝食のタイミング次第ではまた会うことになるかもしれないけど、アルフォスさんたちとはここで別れることになった。アルフォスさんたちは普段は王都を中心に活動しているので明日、王都に戻るらしい。
とりあえずリルファナの短刀がないと困るので、聖王国のアンテナショップへ行こう。