後始末
クレアもわたしの近くまで来て、わたしに寄り掛かるように座った。
「疲れたよ」
魔法の使用を順番に説明すると、まず最初に魔力を溜めて、使用する魔法の形に変化させて魔法を発動させる。
魔法をすぐ撃てるようにするということは、魔力を溜め続けておくことと同義であり、集中力がいるので疲れるそうだ。
放つ魔法が決まっている場合は、変化させた状態の発動手前で保留していくことも出来る。こちらの方が形が決まっているせいなのか維持しておくのは若干楽らしいが、放つ魔法を変更するときは、魔力を溜めるところからやりなおしとなる。
これらの手順を意識せずに出来るようになると、やっと魔術師としては見習いが取れるぐらいらしい。セブクロで言えば基本職から上級職へ上がったということかと思う。
こういう説明を聞いてもわたしの魔法は、妄想力なのでイマイチぴんとこないんだけどね。
「お疲れ。あたしはアルフォスたちを呼んでくるさね」
討伐に成功したからか嬉しそうな顔のレダさんは、木の陰へと消えていった。
蜘蛛の女王との戦いで、クレアの魔法の重要性が分かった。とりあえず他の攻撃魔法を早めに覚えてもらったほうが良いだろう。
わたしの火力の問題もどうにかしたい。
現実となったこの世界ならばゲームでのシステム制限を越えていけるのだということが分かったのだからどうにかなるかもしれない。
◇
多少は疲れも取れたので立ち上がり、卵だと思われる蜘蛛の糸の塊を燃やすことにした。
少し開けた地形で足元は石造りだ。火属性の魔法を使っても問題無いだろう。
疲れたと言っていたが、クレアの魔力自体はまだ余裕があるということで、爆発で吹き飛ばしてもらおうか考えたのだけど、どうせなら火球の練習をしておけば良いのではないかと思いついた。
「火球!」
中級の爆発を使いこなせるクレアはすぐに習得し、元気に糸の塊を燃やしはじめた。
今日は随分と魔法を連発しているのに、まだまだ余裕そうである。
クレアの魔力って随分高いのではないだろうか。
最近は生活魔法のスキル上げで魔力量を上げているみたいだけど、それを考えても異常な上昇量だよね。
町の教会で光の女神、テレネータ様に出会った影響なのかな?
火球が撃てるようになったのなら、わたしも手伝うべきだろうと、2人でどんどん燃やしていく。
リルファナは『聖者と悪魔』の固有特技の影響で、氷針も詠唱する必要があり、刺さった氷柱が熱で溶けると水浸しになる。周囲の残った糸が燃えにくくなるかもしれないので止めておいた。
トリックスターはこういう1属性だけ必要な細かい作業には向かないね。
リルファナは手伝えることは無さそうだと、使った太矢を回収しようと探していたようだけど、さすがに爆発でひしゃげていた。回収は諦めて、最初に倒した悪魔蜘蛛を解体しはじめたようだ。
「お待たせー」
レダさんが、アルフォスさんたちを連れて戻ってきた。
「すまん、数が多かったから解体に時間がかかった」
「ん……100で数えるのやめた」
わたしたちが戦っている間、ずっと解体していたようだ。山積みになってたもんね毒蜘蛛。
それに、100を超えていたということは、アルフォスさんたちが戦った数はわたしたちよりかなり多かったみたいだね。
わたしたちが倒したのは多くても50ぐらいだったと思う。
「レダが言ってた悪魔蜘蛛と女王はこれね」
ジーナさんが、倒れている蜘蛛の躯を調べている。「どうやれば、こんなになるの」と一緒に見ていたミレルさんが小さく呟いていた。
「本当に倒しちまったんだな……」
父さんも、唖然としていた。
「まだ女王に成りきれていなかったし、レダさんがいたからね」
「あたしは、そっちの1匹と遊んでいただけでほとんど何もしてないさね」
レダさんは、引きとめていた悪魔蜘蛛の死骸を指差した。
アルフォスさんたちは、なんだか自分達の力不足を突きつけられたように感じて少し落ち込んでいるような印象だ。
実際、わたしたちがアルフォスさんたちと本気で戦ったら、すぐ負けると思う。わたしたちが有利なのはセブクロのあやふやな知識だけだし、冒険者としての知識も、対人戦の実戦経験も全く無いからだ。
下調べと準備ありで魔物狩りで勝負するなら、良い勝負するかもしれないけれどね。
「なに、あんた達はまだまだ若いんだ。自分の限界を決めつけなければ、まだまだこれからだよ。あたし自身もさね!」
レダさんが、アルフォスさんの腰をばしばしと叩いていた。
「そうだね、頑張ろう」
「ええ、そうね」
「ん」
いつも優しそうなアルフォスさんたちの目が密かに燃えているように見えた。
A級になってから忙しいとは聞いていたけど、同ランクのライバルも減るだろうし、あまり壁にぶつかるようなことは無かったのかもしれないね。
◇
素材の回収、残った死骸の処理をする。
途中で偵察に出ていたと思われる大蜘蛛が何匹か戻ってきたりもしたが、アルフォスさんたちにあっさりと倒されていた。
今回の討伐にはギルドマスターであるレダさんが参加しているので、面倒な討伐証明などの確認は必要ないらしい。
魔物も全て解体済みだ。加工さえ出来れば女王の甲殻はなかなか良い防具になるのではないだろうか。
時間も随分経っていて、お昼はとっくに過ぎているだろう。
「お姉ちゃん、お腹すいた……」
戦闘の緊張が途切れて、腹の虫が主張しはじめたようだ。
「村からそんなに距離は無いし、戻ってから飯にするさね」
「う、うん」
レダさんにそう言われ、全員で村へと戻った。
「あら、早かったわね」
「ミーナちゃんたちのおかげで思っていたより、すんなりいったさね。お昼がまだだからここで食べさせてもらうよ」
「じゃあ、お茶をいれてくるわ」
丁度、母さんが外に置いたテーブルや椅子を拭き掃除していたようだ。
レダさんは、報告に行ってくるから先に食べていて、と言って宿の方へと走っていった。
遅い昼食にしたわたしたちは、母さんの作ったお弁当を開く。
アルフォスさんたちの分も母さんが作っていたようで、父さんがマジックバッグから出したバスケットには、いつもの具を挟んだコッペパンがたくさん詰まっていた。
卵サンドを見ないので今度作ってみるかなあと思いつつ、適当に1つ取ってかぶりつく。
トマトとキャレアに近いシャキシャキした食感のある野菜と、柑橘類と思われる癖のある酸っぱさのあるソースがかかったパンだった。
横に座ったクレアも随分お腹が空いていたようで、中身を確認せずに取ったようだ。
リルファナはちゃっかり焼肉パンを頬張っている。
レダさんもすぐに戻ってきてお昼の席に加わり、軽い祝勝会のようになった。
まだ蜘蛛が残っている可能性も高く、明日も見回るとのことでお酒は無しだ。
パンを食べ終わってお茶を飲んでいると、リルファナが短刀を持って来た。
「ミーナ様、困ったことになりましたわ」
「欠けちゃってるね」
置かれた短刀を横からクレアが取り鞘から抜いて確認すると、刃の一部が大きく欠けてしまっていた。
このまま使って、欠けた場所に引っ掛けると刀身が折れそうである。
「町で買いなおすしかないかな」
「打直しって出来ないんですの?」
「打直す場合は、鉄まで戻す必要があるから職人に頼むと逆に高くつくと思う。型に流し込む剣と違って、刀は職人が一本ずつ作るからね」
「そうなんですのね。今回の報酬で買いなおせると良いのですが」
リルファナがアタッカーだから、どうしても武器の消耗は激しいことになる。予備も買っておいた方が良いかもしれないね。
「名工の打った一級品ってわけじゃないさね? まあ、それでも余裕で買いなおせるさ」
「ん、通常の武器なら100本でも買える」
「女王討伐の報酬に、蜘蛛の素材もあるのよね。羨ましいわね」
レダさんの言葉に、ミレルさんとジーナさんが同意した。
悪魔蜘蛛と女王はわたしたちが倒したから、その分の報酬は受け取らないつもりっぽいかな?
面倒だし、解体は全部任せたから等分でいいと思うんだけど。
「報酬がいくらになるか分からないけど、人数割ですよね?」
「僕たちは解体していただけだから、流石に悪いよ」
「そういうの面倒だから、ルールは人数割だって言ってましたよね」
前の遺跡探索のときにそう言ってたはずだ。
わたしたちの分の装備品や消耗品の準備もしてくれたのに、わたしたちだけが総取りというのも気が引けるので建前に使わせて貰おう。
困ったようにアルフォスさんたちは顔を見合わせた。
「どっちみち、わたしたちは蜘蛛の素材を貰っても目玉以外は使い道もないし、加工を頼む伝手もないので売るしかないので。それならA級の依頼で危険な場所に行くことが多いアルフォスさんたちが使ってくれた方が良いと思うんです」
「そうですわね。あと目玉も全部は使い切れませんわよ、ミーナ様」
クレアも家から持って来た焼き菓子を食べながら頷いている。夕飯食べれなくなるよ?
「……分かった。今回はミーナちゃんたちに甘えることにするよ。少しやりたいことも出来たからね」
「代わりというわけではないけど、昨日渡したマジックバッグと残った中身は全部あげるわ」
リュックサック型のマジックバックか。容量は小とのことだ。
貰ったマジックバッグはクレアに渡して、クレアが今使っているポーチ型を前衛のリルファナに渡すと良いかな?
「査定やらは町のギルドに戻ったらさ。一番危険な女王は排除出来たけれど、3日ぐらいはこれで大丈夫かどうか森の確認をしてからさね」
まだ悪魔蜘蛛とかいるかもしれないもんね。
リルファナには短剣で頑張ってもらうしかないけれど。
父さんは、スタミナ的にきついと明日は休むことにしたみたい。
アルフォスさんたちとレダさんの4人の班とわたしたち3人の班に分かれることになった。
翌日、残党だと思われる蜘蛛が出たものの、大きな問題も無く森の確認が終わった。
リルファナは長めの短剣を使っている。ちなみに、またお昼に焼肉パンを食べていた。飽きないのかな?
夕方、家に帰って来てから目玉を薬にするために加工していたようだった。数日なら大丈夫らしいけれど、甲殻とかと違い腐っちゃうよね。
2日目からは領主様から騎士のグループが派遣されてきたので、わたしたちは北の森を確認に行くことになった。
父さんがアルフォスさんの班に復帰した。騎士さんたちは兜のせいで誰が誰だか判別が出来ない。
3日目には北の森では森林熊がほとんど確認出来なくなり、南の森へ戻り始めたのが確認されたようだった。
もう大丈夫だろうという結論が出たので本日で調査は終了となる。
その夜は、お酒が解禁となり、村総出でお祭り騒ぎとなった。
どうやら騎士のグループが派遣されたことで大事件だったことが村長さんに伝わり、そこから村に広がったらしい。
村長さんは騎士さんたちも参加して欲しかったようだが、報告があるのでと名残惜しそうに町へ帰っていった。
それでは土産だけでもと村の人たちが無理やり採りたての野菜を大量に渡していたので、帰ったら町で食べるだろう。
独り身の騎士さんは頑張って調理して欲しい……。