『セブンス・クロニクル』
『セブンス・クロニクル』、略称は『セブクロ』。
現在では複数のワールドに分かれているこのゲームは、サンドボックス型MMORPGと銘打たれていた。
MMORPGとは、同じ世界を大人数で共有して遊ぶゲームである。
サーバーとも呼ばれるワールドは、それぞれが個別の世界を持っているようなものだと思えば良い。
別のワールドに移動することは出来ないが、それぞれのワールドにキャラクターを作って1から遊ぶことは出来る。
『セブクロ』は、どのワールドも最初は全く同じ状態から始まった。
しかし、ワールドでのプレイヤーの活動内容によって世界がどんどん変化していくのだ。
わたしの遊んでいた2年の間でも、ワールドごとの違いは明白となった。
VRMMOがそろそろ出るのではないかという時代に、『セブクロ』はマウスとキーボード、またはコントローラーで遊ぶ3Dのゲームだった。
サンドボックス型というところで、VRでの開発は技術的にまだ無理だったのだろう。
新作ゲームに関心が強いゲーマーが、サービス開始時から集まって、大手チームが建国した大国が集ったワールド。
小国が乱立し、小競り合いの多いワールド。金銭的に大がかりな戦争ができない国が多く、交渉で解決することが多いのが特徴となった。
わたしがメインに遊んでいたのが、このワールドでもある。
比較的ライトゲーマーが多く、ゆるく楽しく遊ぼうというプレイヤーが多く集まったワールドもある。
お祭りやファッションショーのようなプレイヤーイベントなども多かった。わたしもサブキャラクターを作って参加しにいったこともある。
他のワールドはサービス開始から随分経ってから実装されたことと、目立った話も聞かなかったのでよく知らない。
今までの情報から、ワールドの変化についてアレコレと検証していた人たちがいたのは、プレイヤーには有名な話だった。
曰く、全く同じ行動しているはずでもクエストの結果が変わることがあるとか。単純な内容でも必ずしも再現出来るものではないとか。
プレイヤーたちの些細な行動ですら世界に干渉し続けることで、未来が変わるのではないかと言われていた。
世界の変動システムで有名なのは、とある町の犬の散歩のクエストと、別の町の飲食店のバイトのクエストをほぼ同時期にクリアすると、隣国のお姫さまが暗殺されたという話。
このように、どうしてこうなったとしか思えない内容まであるのだ。調べた人もすごいよね。
好きに遊ぶことが出来るこのゲームでは国に仕えて騎士として出世する、店を出して職人として生活する、ギルドで出世してギルド長になる、謀略をめぐらせて国を奪う、何も無い草原に一から国を作り出す、気に入ったNPCと仲良くなって恋人になったり結婚するなどなど、ゲーマーが考えるようなことは大体プレイできた。
更に、こうしたいという要望を送ると、運営会社が取り入れて徐々に追加されていくこともあった。
これらがサンドボックス型と言われる所以だ。
一般向けゲームだったので反社会的な活動は難易度が高かったり、決められた一定の水準までしかできないという制限はあったけれど。
魔法や技術もプレイヤーが干渉することで、既存の物を発展させたり、全く新しい概念を作り出すことも出来た。
文明を発展させるような大規模な物になると、大金と専門知識かありあまるプレイ時間があればという前提が出てくるけどね。
わたしのいたワールドでは、馬車が一般的な世界だというのに、個人で動かせるクルマのような物も存在する。
黒曜石や魔石を湯水のごとく使うそのクルマは、材料や燃料が高価過ぎて一部の裕福な冒険者しか使っていなかった。
ある日、とあるNPCの王族がこっそり所有していることが、その国の騎士としてプレイしていたプレイヤーから漏れ、ゲームのニュースサイトで話題になったこともある。
NPCがまるで本当に生きているかのように、プレイヤーに対して接してくるということにプレイヤーたちは大いに沸いた。
生活に役立つような製品を町の店で販売すればNPCが購入しにくることもあるのだ。
これには生産系プレイヤーが喜び、一時的に各町にはプレイヤーの工房とお店が並び立つことに。
元々ゲーム内にもあった石鹸を改良した「あわ立ちの良い石鹸」や「安価な石鹸」がそれらの代表である。
またワールドによってはプレイヤーイベントに参加し優勝を掻っ攫っていくNPCがいたり、御忍びで王族が見物に来ていたりといったこともあったらしい。
◇
そういうわけで、この世界が私の知らない『セブクロ』のワールドという可能性はある。
特に気になるのは仕組みや中身と全く関係無いはずの『電池』という呼び名だ。プレイヤーが開発したものである可能性が高いと思う。
「ゲームの世界かあ」
異世界モノのライトノベルの中ならありふれた話だ。
世界を救ったり、魔王を倒したり、村を大きくしたり、ハーレム作ったり、悪役令嬢になったり、復讐したり、貴族から平民になったり、平和に生きようと頑張ったりするのだ。
そして大抵セットになるのが神様から貰ったり、いつの間にか手に入っていたりするチート能力だ。
……わたしは貰ってないけど。
それにわたしにはこの世界でやりたい目標も無い。
ここが自分にとって過酷な世界だったら、どうにかして元の世界に戻りたかっただろう。
けれど、ミーナの記憶を見てもこちらの家族と暮らすだけなら大きな問題は無いと思っている。
正直なところ、見つかるかも分からないもののために自ら危険な場所に飛び込む勇気なんて持ち合わせていない。
もちろん日本の生活に未練が無いわけじゃないし、帰れるなら帰りたいよ。
退屈かもしれないけど、この村で生活していくだけならのんびりとした一生を過ごせるだろう。
……まあ、町ぐらいは行ってみたいかな。
「世界名は『ヴィルトアーリ』だったっけ。どこかで調べられないかな」
ワールドごとに違う発展をするといっても、いくつかの共通要素がある。
世界名『ヴィルトアーリ』もそのうちの一つだ。教会や図書館などで聖典や歴史書を読めば分かるかもしれないかな。
「まだ確定ではないけど『セブクロ』の世界かもしれないというのは覚えといた方が良さそうだね」
そういえば『セブンス・クロニクル』というタイトルの理由もよく分かっていないゲームだった。
単純に考えれば7つの伝承や7番目の物語といった意味だ。
検証好きなプレイヤーが色々推測していたけど、結局結論は出なかったみたい。
最初の説では、ワールドが7つあって、それぞれの物語だからではないかという話が上がったのだが、追加実装されたワールド数が7を越えた時点で消えた。
そもそも、サービス初期はワールドが2つしかなかったのでこの説はちょっと無理があったんだよね。
ゲーム世界ならば、ステータスとか出せたりするのでは? ふと気付いてがばっと起き上がる。
……出なかったら間抜けだけど、誰も見ていないうちに実験ぐらいはしてみても良いよね。
「ステータス!」
「何言ってるの、お姉ちゃん?」
クレアが畑から戻って来て、汚れた服を着替えていたようで怪訝な顔でわたしを見ていた。
色々考えてるうちにお昼になっていて、クレアが部屋に入ってきたことに全然気付いていなかった。
もちろんステータス画面とか出るわけもなかった。
真っ赤になったわたしは布団に潜った。