探索 - 北の森
夕方になると父さんとレダさんが帰ってきた。夕飯は家で食べるらしい。
取ってきたウルフの肉と自警団が持って来てくれた殺人兎の肉も、それぞれ一品になっている。
「ジェッタさん、腕あげたねー」
「それを作ったのはミーナなのよ。最近、どこからかレシピを仕入れてきて」
「へぇ」
母さんは醤油で煮物を作ってみたらしい。肉無しの肉じゃがみたいな感じだ。しっかりと味が染みていて美味しい。
わたしたちが町から帰って来てから、母さんは毎食、一品は醤油を使った料理を作っている。醤油を気に入ったみたいだね。
「いやー、しかし殺人兎まで出てきたとなると調査しないわけにはいかないねえ」
「うむ。冒険者は呼ばないのか?」
「Bランク以上は丁度出払ってるさね。職員には誰か来たらこっちに回せと言っておいたから、そのうち誰か来るんじゃないかね? まあ、何日か調べてみるさ」
「あの、ギルドマスター直々に調査するんですか?」
「普段はギルドに篭もりきりなんだけど、流石に飽きてね。丁度来れる人員がいないから来ちゃった。てへ」
てへ。で済むのかな?
「まあ、うちの職員は有能だからどうにでも出来るさ。そんなことよりギルドマスターなんて余所余所しい呼び方じゃなくてレダで良いよ。あたしもミーナちゃんって呼ぶさね」
「は、はあ。分かりましたレダさん」
ガルディアの町のギルドマスターは思ったより気さくな人だ。どう見ても10歳未満の見た目なんだけれど、実際はいくつなんだろう? ドワーフっぽくもないんだよね。
「お義母様、このままでも美味しいですが、お肉も入れて煮込むともっと美味しいと思いますわ!」
「そうねえ、今度やってみましょうか」
肉好きのリルファナらしいな。まあ、肉じゃがになるから美味しいことに間違いは無い。
「……そこでなんだけどね。ミーナちゃんたちにも調査を手伝ってもらおうかと思うんだ」
「流石に危険じゃないか? 強さはともかくまだ登録しただけだぞ?」
「もちろん、そこまで森の奥には入ってもらわないさね。南の森から北の森へ魔物が逃げてるようだから、どんな魔物が移動しているかの調査もしたいのさ」
「北の森に移動した魔物の種類で、南の森の脅威度も推測出来るってことですね」
「正解! 今のところ森林熊より上、殺人兎も怪しいということしか分からないし、人手は欲しいさね」
「分かりました、3人で引き受けるんでいいかな?」
「うん!」
慎重に行動すれば、冒険者としての経験にもなるだろう。
「冒険者として依頼を受けるということは報酬はあるんですの?」
「リルファナちゃん?」
「村のためと言っても報酬は頂くべきですのよ? わたしたちに頼めば、なんでも無料でやってくれると思わるようになったらこちらが困りますわ」
「う、うーん……」
クレアは村のためならタダ働きでも構わないといったところだろう。わたしも身内ばかりの場所なので報酬という発想は無かったけれど、リルファナの言うことも正しい。父さんも頷いていた。
「ふふ、心構えは一人前さね。そうだねえ、何も無くても1日で1人当たり銀貨1枚、何か発見したらそれにあわせて上乗せでどうかね?」
「それならお受けしますわ」
リルファナとしては、少なくても良いから報酬を受け取る形にしたかったのだと思う。もしかしたら早くても5年後になるけれど、奴隷から解放されるための費用も稼ぎたいのかもしれない。
わたしは5年後にリルファナが解放されたいと言えば止める気はないし、依頼などの報酬も必要経費を除いて平等に分割するつもりでいる。
まだ1週間ぐらいの付き合いなのに、その日を想像するとなんだか寂しくも感じるけれど……。奴隷から解放されてからも、リルファナが了承すれば一緒に仕事をするのもありだろう。
「2人がいいなら、わたしもそれでいいよ」
「じゃあそれで頼むさね。少なくとも日帰りで帰ってこれる範囲で行動することと、無理に奥まで行かなくて良いからね」
「「「はい!」」」
明日からは北の森の探索だ。
◇
「北の森にはどんな魔物がいますの?」
夕飯を食べてお風呂に入った後、クレアとリルファナと簡単な打ち合わせをしておくことにした。
「んーと、元々はほとんどいないんだ。ずーっと北まで行くとガルディアの町から東北東方向へ伸びる森の中の街道にぶつかるんだけど、その辺りまでは普通の兎や鹿とかの動物が多くて、魔物はいない。街道より北へ行くと魔物がいるとは父さんから聞いたけど、この辺りより強いウルフがいるってぐらいしか聞いたことないかな」
「そうすると、何かがいた時点で普段とは違うと報告出来るわけですわね」
「そうなるね。南の森はウルフ、森林熊、少し奥に入ると蝙蝠や蜘蛛系の魔物も多いかな。かなり広いから森自体が完全に探索されてないとも聞いてるけど」
「お姉ちゃん、図鑑には載ってる?」
クレアが図鑑を開いて確認している。
「実際に見たことは無いんだけど、聞いた話では『大蝙蝠』『毒蜘蛛』辺りじゃないかなあ」
ぱらぱらとページをめくりながら確認していく。
セブクロではどちらもレベル15ぐらいの魔物なので強くはない。毒蜘蛛は名前の通り毒を持っているので少々危険だけど。
図鑑にレベル表記は無いが、耐性や弱点属性、特殊攻撃についてはざっと明記されているので思った以上に便利だ。
「クレアは治癒か解毒の回復魔法は使える?」
「解毒ならシスターに教えてもらったよ。まだ実際に毒のかかった人に使ったことはないけど」
「なら大丈夫かな」
「あまり毒性も強くないようですが、念のため解毒草ぐらいは用意しておきたいですわね。煎じるぐらいなら作れると思いますの」
リルファナが『野草の図鑑』を開いた。
「あ、この草なら北の森で見たことあるよ」
クレアが図鑑に描かれた薬草を指差した。
「じゃあ、薬草を集めながら探索しようか」
「この辺りで見たことある薬草を全部教えていただけます?」
「うん!」
わたしはその辺の雑草までは覚えていないのでクレアとリルファナに任せることにした。
◇
――翌朝。
父さんはレダさんと朝早くから南の森に出かけてしまったようだ。
ギルドマスターから依頼を受けたということで、今日の手伝いはしなくて良いと言われたが、父さんも忙しくて手が回らなそうなので畑の水撒きぐらいは終わらせてから出かけることにした。
その間に母さんがお昼用にお弁当を作ってくれていた。
「たしかこの辺りにいっぱい生えてたはず」
クレアが先導した場所は、わたしの秘密基地だった。
転移の魔法陣のある付近は日当たりが良く、たくさんの野草が茂っている。これらの中に薬草も含まれているらしい。
「どうやって見分けるの?」
2人でせっせと薬草を採りはじめたのを見て、何もしないのも居心地が悪く感じた。
「葉の先が尖っていて、裏側に短い白毛みたいなのがあるのがヨギナモという薬草ですわね。鍋などの料理に入れて食べることもあるようです」
「この桃色の花が咲いてる細長い葉っぱが、アロの葉だよ。お姉ちゃん」
「これ?」
「そう、それがアロの葉。絞ると少しねばねばしてるんだけど傷口に塗ったり、お茶に入れて飲んでも良いんだって」
引き抜いた葉を良く見てみると、薄い葉だけど長さや形、使い方はアロエに近いのかな? 名前も似てるし。
しばらく3人で薬草を集めたところ、種類ごとに小袋1つ分ぐらいになった。
わたしは言われた2つの葉っぱを集めたけれど、2人は別の薬草も採っていたみたいで4袋ほどある。
「これだけあれば十分でしょう。後ほど煎じてみますわ」
「うん、お願いね」
わたしにはやり方が分からないので手伝えそうなことがあったら手伝おう。
しかし、いつも昼寝してただけの場所にもこれだけの薬草が生えてたんだね。
「この辺りだけ色々な草が多く生えてるんだよ、リルファナちゃん」
「澄んだ魔力を感じるので、何かしらの加護があるのかもしれませんわね」
魔力の影響とかもあるらしい。確かにこの辺で昼寝するととても気持ちいい。快眠である。寝る子は育つ。そういうことだろう。
「多分違うと思うよ、お姉ちゃん」
クレアに思っていたことを読まれた。悔しい。
リルファナは、クレアの言っていることに首をかしげているので分からなかったようだ。それが普通だと思う。
◇
今日は時間があるし、母さんが作ったお昼も持参している。
3人で少し奥の方へ入ってみることにした。
もちろん日帰り出来る程度の距離だが、真っ直ぐ行けばガルディアの町の東の街道まで出られると思う。
特に目新しい物が無ければ、街道まで行って帰ってくるのもありかな。
真っ直ぐ北上することに決めて数時間。
村から少し離れると、森林熊と殺人兎と数回遭遇したが、リルファナが気配を読めるので簡単に討伐出来た。森林熊は攻撃性が非常に低い魔物なので向こうから襲ってこない限りは無視だ。
町で品薄になっていることを考えると毛皮を集めたい誘惑もあるけれど、熊は大きいので解体するのは大変という理由もあるのだ。殺人兎は解体して、残った不要な部分は埋めることで臭いを撒き散らさないようにしている。
木の間から見える太陽もほぼ真上で輝いており、お昼時だろう。
「そろそろ街道に出ると思うから、そこでお昼にしようか」
「うん」
「分かりましたわ」
木々や背丈の高い草花で死角の多い森の中よりも街道の方が安全だ。魔物避けの石柱があれば尚良し。
◇
お昼は、具材を挟んだコッペパンの詰め合わせだった。
葉物野菜を下敷きにした焼肉入りもあるのは、肉好きのリルファナ用に母さんが用意したのだろう、多分。
今まで母さんが作ったこと見たことないし……。