生活魔法
その後、レリオの報告を受けてやってきた自警団員も含めて殺人兎のいた場所を報告した。
「そんなに近くにいるのか、しばらく南の森への道は封鎖になるかもしれん。村長と騎士団にも連絡だ」
「了解!」
後から来た1人が村長の家に報告へ走っていった。
「この殺人兎は借りても良いか? 村長に見せてから返すよ」
「いいけど、解体してから返して欲しいかも。面倒だし……」
「はは、分かった。そうしよう。ついでにマルクさんにも報告しておいてくれないか?」
「町から帰ってたら言っておくよ」
南の森には入れなくなりそうだ。
殺人兎ぐらいなら気をつけていればクレアがいても大丈夫だと思うけれど、安全を考えると仕方ないかな。
◇
家に帰ると、父さんが町から戻っていた。
「あ、父さん。お帰り」
「お帰り、お父さん」
「お帰りなさいませ、お義父様」
「おう、ただいま。南の森に行ってたんだって?」
「うん、珍しい魔物がいたから自警団に引き渡してきたよ」
殺人兎の話をすると、「あいつかー」と懐かしそうな顔をしていた。村の付近じゃ見ないから冒険者時代に見たのだろう。
「あれが倒せるなら、とりあえずの実力としては十分。……というよりお前ら、自警団より強いんじゃないか?」
「私は見てるだけだったけどね。リルファナちゃんが牽制してお姉ちゃんがさっさと倒しちゃったんだけど、もしかして私が思っているより強い魔物だったのかな?」
「……お、おう。……2人で瞬殺か、そうか……」
またミーナだしな、みたいな諦めの入った視線が!
「ふふふ、やっぱりマルクの子は面白いねえ」
父さんの陰に隠れていて見えなかったけれど、お客さんがいたらしい。
ぴょこっと顔を出すと、冒険者ギルドの受付にいた少女だった。
「やっほー。久しぶり」
「お久しぶりです。受付の方が村の様子を見に来たのですか?」
「うんうん、ギルドも色々忙しくて手が回らなくてね」
受付の少女は、活動の邪魔にならないように桃色の髪を後ろで1つに束ねていた。
「お前、まだ受付ごっこなんてしてるのか……」
「ごっこじゃないさ、それも仕事さね」
「そうかもしれないが、依頼を済ませて帰ったらギルドマスターがしれっとそんなことしてると驚くやつもいるだろう」
え、この子がギルドマスターなの?
「ああ、勝手にネタバレしちゃダメだよ。もう。新人ぐらいしか驚いてくれなくなっちゃったんだから」
「……そうか、まだ知らなかったのか」
3人で唖然としていたら父さんがため息をついた。少女は「もう、もう」と頬を膨らませて怒ってますよアピールをしている。
「まあ、そんなわけでガルディアの町の冒険者ギルドマスター、レダだ。本日は森の調査に来たんだけど、ミーナちゃんたちがやってくれたようなもんかな?」
「そうだな。とりあえず殺人兎を見に行こう」
「はいはい。昔からマルクは働き者だねえ」
「ふん、レダが働かないだけだろ」
「受付は楽しいんだけどねえ……」
そんなことを言いながら父さんとギルドマスターであるレダさんが家を出て行った。レダさんは表情がころころ変わる面白い人だった。
父さんが呼び捨てにしているってことは古くからの知り合いなのかな?
「なるほど、ギルドマスターなら実力は高いはずですわね」
感知能力が高いからなのか、リルファナは相手の実力をある程度、読み取る能力があるのかもしれない。
冒険者ギルドのマスターは、荒事の多い冒険者に対応出来るようにするためにB級以上で引退した冒険者が就任することが多いそうだ。
さすがに、ラノベの登場人物のように、極端になんでもかんでも喧嘩を売るような冒険者は滅多にいない。そのような人に依頼を受けさせて、問題があれば冒険者ギルドの名に傷が付くからだ。それでも冒険者同士のいざこざを治めるためには、一定の強さを求められるのがギルドマスターという役職である。
取ってきたウルフの肉は食べるとしても、毛皮とかはどうしようかな?
父さんが町に行くときにでも換金して来てもらおうかと思っていたんだけど、しばらく忙しそうだね。
まだ午後の早い時間だ。
町なら午後1の鐘がなるかどうかぐらいだろう。
北の森に行っても良かったのだけれど、クレアは自分の机で魔術書を、リルファナはわたしのベッドに座って『野草の図鑑』を読み始めていた。
自分で購入した図鑑は一通り読み終わってしまったので、クレアの買った魔術本でも読んでみようと、適当に1冊取ったところ『生活魔法から始める魔法入門』だった。わたしのベッドにはリルファナがいるので、クレアのベッドに寝転がって本を開く。
お堅い本って椅子に座って読むと疲れるんだよ。
すでに使える『発火』、『洗浄』も載っているが、他にも『水精製』、『沸騰』、『虫除け』、『休養』、職人が作業中に使う専用の生活魔法などもあるらしい。
専用というのは、不器用な裁縫師が作った糸通しの魔法とか、ものぐさなパン屋が生地を捏ねるために作った魔法があるのだとか。魔法によっては魔力不足で使えない人の方が多かったり、魔力操作の方が難しかったりと、普通なら使わないらしいけれど、何も言うまい。
生活魔法は、決まった詠唱も発声も必要なく、必要魔力も少ないのでほぼ誰でも使える。その代わりに、自分以外の生物や魔力を帯びた物質には全く効果がない。弱すぎる魔力を当てても、生物や道具が元々持っている魔力に弾かれてしまうからと本には書いてある。
また、普段の生活で必要となって親や教師などから教えられることも多いため、しっかりと体系立てられているものでもないようだ。
そのため、同じ効果でも名前が違ったり、同名でも効果が違うことがあるということまで最初に記載されていた。
例えば、母さんに教えてもらった『発火』は、この本には『着火』という名前で載っているし、『洗浄』についても風で吹き払う効果なので、この本では『清掃』の効果に近いようだ。たしかに『洗浄』という名前なのに洗ってないよなとは思っていたけれど。
『水精製』、『沸騰』、『虫除け』は、そのままイメージ通りの魔法だ。『沸騰』は魔力を調整することで、温めのお湯にすることも可能のようである。『加熱』と言った方が正しいのかもしれない。
『休養』はリラクゼーション効果を与える魔法で、眠りにくいときに使うらしい。強制的に対象を眠らせる『睡眠』の魔法の劣化版といったところかな。
魔力操作のコツも載っているのだけれど、「だんだん強く」とか「情熱的に」とか楽譜の間違いじゃないのか、これ?
わたしは妄想力でどうにかなるからいいけどね……。
『水精製』というのをやってみようと、台所から木製のコップを1つ持って来た。わたしは水属性だから得意なはずだ。机の上に置いて早速。
「『水精製』」
手のひらから水が出るとかいうのではなく、意識した場所に水の塊が出来るようだ。空気の成分から抽出してるようなイメージかな?
バシャッ!
イメージが固まった瞬間、さきほどまではちょろちょろとしか増えなかった水が、一気に膨れ上がって飛び散った。
「あちゃー。雑巾、雑巾……」
机の上に何も置いておかなくて良かったよ。
「お姉ちゃん、どうやったの?」
「ん?」
「私がやってもそんなに水は出ないよ」
クレアは窓からコップの水を捨てて、実際に魔法を使った。数滴の水がぽたぽたとコップに溜まるぐらいだった。
「ね?」
「うーん、わたしはイメージだけで使ってるから上手く言えないけど、空気中にもすごく小さな水があると思って、それを集めるイメージで使うみたいな?」
「空気の中に水は無いでしょ? 溺れちゃうもん」
「あー、……そっか」
科学的な知識なんて無いもんね。どうしたもんかな。わたしも別に化学専攻じゃないし、詳しくない。
まあ、間違えててもイメージがつけば問題無いかな?
わたしはコップに水を作り、『沸騰』を使ってお湯にした。
「コップのお湯とか火にかけた鍋のお湯は放っておいても徐々に減るでしょ? これは、湯気になって空気に混じっていくんだよ。寒い日の朝、窓に水をかけたわけでもないのに水滴がついているのは、空気に混じっている水が冷えてくっ付くからなんだよ」
実際は、窓に水滴がつくのは外部との温度差とかの影響なんだけど、空気に水分が含まれているとクレアが分かれば問題無い。
「うーん? 溺れないのは何で?」
「お風呂で湯気の中に顔を突っ込んでも別に苦しくはないのと一緒かな。空気の中の水の量が少ないからだね」
酸素を取り込めるからと言ってしまうと、酸素とはなんぞやという説明が必要になるから省くけど。こう考えると授業で習った簡単なことを、何も知らない人に説明するのは意外と難しいな……。
流石に簡単には納得出来ないらしくクレアは首をかたむけている。
「分かったような、分からないような。とりあえずやってみるよ。『水精製』」
クレアにコップを返すと、『水精製』の魔法を使った。
コップ一杯分入れるのはまだまだ時間がかかりそうだが、先ほどのぽたぽたという速度よりも、明らかにコップに溜まるのが速い。
科学的な知識は魔法にも有効なようだ。漠然と水が出ろと思っているよりは、なんとなくでもイメージが出来れば差が出るのかもしれない。
「すごいよ、お姉ちゃん!」
クレアは水が作れるのが面白いのか『水精製』を止めたり、使ったりと繰り返している。
『水精製』は魔力を注ぎ続けている間、ずっと使い続けるタイプの魔法だ。
ゲームであればボタンを押しっぱなしにしていると、ボタンを離すか魔力が尽きるまで使い続けるタイプのスキルとなる。チャネリングスキルとも言われているタイプのスキルで、セブクロでチャネリングスキルのレベルは使用した累計時間で上がるタイプだったはず。
最初は15分ぐらいとかだったはずだけど、ゲーム内の時間とリアル時間の経過は別なので、どちらに準拠しているかは分からないな。
「ミーナ様はどこでそのような知識を習ったんですの?」
「昔、教えてもらった人がいるんだよ」
「そうなんですの? 物知りな方もいるのですね」
話を聞いていたリルファナが、何とも言えない不思議な顔でこちらを見ている。
化学知識なんて貴族でも習わないよなあ……。